第6話 アヴィアナとの日々


 アヴィアナが杖を振り上げ、呪文を唱えて……そうしてシンの目の前に現れたのは輝く光の渦だった。


 白金を思わせる色で、バチバチしていて、力強くて、美しくて。


 そんな光の渦は激しくうねりながらアヴィアナの家の中を駆け巡り始めて、そうして木棚に置かれていた糸巻きを持ち上げる。


 光が波打ち、糸巻きを跳ね上げ、糸巻きから糸が解放されて、そうして糸が部屋の中を舞って……その糸をよく見ようと、その糸を追いかけようとシンが椅子から立ち上がると、舞っていた糸がシンの体へとふんわりと巻き付いてくる。


 糸を纏う腕を上げながら、糸を纏う腰を捻りながら、一体何が起きているのかとシンが困惑していると、糸が重なり合い、光の針によって紡がれていって……白いローブを作り出していく。


 そのローブはアヴィアナのそれによく似た造りをしていたが、色は対象的と言えるくらいに真っ白で、部屋の中を駆け巡る光を吸収したせいか眩しいくらいに光り輝いていた。


「よし、これで見てくれだけはどうにか魔法使いらしくなったね。

 それじゃぁお次は中身の方だ。

 このアヴィアナ様が手ずから教えてやるんだ、しっかりと一つも余すこと無く、その頭の中に刻み込むんだよ」


 そう言ってアヴィアナは揺り椅子から立ち上がり、シンにこの世界の理を、魔法の理を語り聞かせ始める。


 


 そうして始まったアヴィアナとの日々は、とても刺激的でなんとも言えない温かさに満ち溢れていた。


 アヴィアナという厳しい先生の下、料理をすることで生命の理を学び、布を植物の汁で染め上げることで自然の理を学び、様々な薬草を調合することで世界の理を学ぶ。


 水を凍らせ、水を蒸発させ、火を起こし、火を束ね、風を起こし、風を纏い、土を起こし、岩を作り出す。


 そうして精霊の理を学び、魔法の基礎を学び……魔法を放ち、魔法を制御する。


 ドルロが傍らで応援してくれて、支えてくれる中、そうやってシンは様々なことを学んでいって……そして次第にアヴィアナという人物を理解していくようになる。


 厳しくて、近寄りがたくて、一度怒り出してしまうと手が付けられない程に恐ろしくて……だが決して暴力は振るわず、絶対にシンを見下すようなことをしないアヴィアナ。


 一人の人間としてシンを尊重し、しっかりと真っ直ぐに正面から向き合い……シンを個として認めるからこそ、一切の手加減をしてくれないアヴィアナ。


 その姿は傍目にはとても恐ろしく、魔女と呼ぶに相応しい姿だったが……その根っこにある心はとても優しく温かく感じられて、シンはいつしかアヴィアナのことを慕うようになり、祖母に寄り添う孫であるかのように接するようになり……そうして二年という月日が流れた。



 残念ながらシンには魔法使いとしての才能は無く、アヴィアナのような立派な魔法使いにはなれなかったが……それでもアヴィアナが、


「ま、基礎はそれなりになったようだね」


 と、そんな褒め言葉をかけてくれる位の魔法使いとなっていた。


 ちょっとした炎を起こし、水をある程度自在に操り、風を纏ってすばやく動き、土を組み上げ岩のような何かを作れるような……そんな魔法使いに。


 そうしてシンがアヴィアナと暮らすようになって丁度二年目となる今日。

 朝食を終えたアヴィアナが何の前置きもなしにシンに、


「……アンタ、今日中にここを出ていきな」


 と、それだけの短い言葉をかけてくる。

 そんなアヴィアナを真っすぐに見つめたシンは出来るだけ動揺しないようにしながら、


「はい、支度を整えます」


 と、それだけの短い言葉を返す。


 そしてついにこの日が来たかと深呼吸し、何日も前から覚悟していたことだろう? と自らの心を鎮めようとするシン。


 アヴィアナによるドルロの研究と探求はもう何日も前に終わってしまっている。

 才能の無いシンはこれ以上アヴィアナから学びを得ることが出来ない。


 二年前のあの時、アヴィアナが口にしたシンとアヴィアナの協力関係はとっくのとうに終わってしまっていたのだ。


 ドルロを成長させる為に必要なゴーレム核についても、アヴィアナはあの時の二つ以外に持っていないそうで……またこの家で、この森で材料を手に入れることは不可能とのことだ。


 ならば、この家を出て、ゴーレム核を、ゴーレム核の材料を探す旅に出なければならないということは……もうずっと前から、それこそ二年前のあの日に分かっていたことなのだ。


 それでもシンがそのことを言い出さずに、今日までの日々をアヴィアナと共に過ごしていたのは……ただただ未練の為のことだった。


 ……そんな未練を断ち切る為の言葉を、アヴィアナがシンに向けて、シンの為に口にするだろうということも、シンはよく理解していて……理解した上でシンはそんなアヴィアナに甘えてしまっていたのだ。



 何日か前に用意しておいた真新しい服に着替え、よく慣らした革靴を履き、アヴィアナに作って貰った白いローブをその上から羽織り、薬草と保存食の詰まった背負鞄を背負って……アヴィアナと共に作った樫の杖をしっかりと握る。


 そうしてドルロをしっかりと抱きかかえて「ミー! ミー!」と声を上げてシンを慰めようとするドルロを抱きかかえて……支度は済んだと、揺り椅子を揺らすアヴィアナの下へと向かうシン。


 そしてアヴィアナを見つめて……何故かシンに背を向け、壁を見つめるアヴィアナを見つめてシンは、


「今までありがとうございました。

 先生に教わったこと決して忘れません」


 と、声をかける。


 そんなシンに対しアヴィアナは、壁を見つめたまま声を返してくる。

 

「……ああ。

 ま、あれだね、たくさんゴーレム核を手に入れて、それでソイツを成長させたなら、その時には顔を見せにおいで。

 そのゴーレムがこの先どうなっていくのか、どう成長するのかは私にも予測が付かないからね」


「……はい、分かりました」


「……分かったならグズグズしてるんじゃないよ。

 さっさと出ておいき。

 ここに居たってアンタもソイツも、もう何も得る物が無いんだからね」


 そんなアヴィアナの言葉にシンはドルロをぎゅぅと抱きしめて、一筋の涙を流して……踵を返し嗚咽を上げて……そうしてアヴィアナの家を後にする。


 シンが去ってしまって一人家の中に残ったアヴィアナは、


「あーあー、全く。

 いくつになっても情けない子だね、五月蝿いったらないよ」


 なんてことを言いながら、ギィギィと揺り椅子を揺らし、家の外から聞こえてくるシンの嗚咽をかき消そうとする。


 そんなアヴィアナの手には、いくつもの青い宝石が握られていて……アヴィアナはその宝石を……ゴーレム核を、


「折角用意したのに無駄になっちまったね」


 と、そんな言葉を漏らしながら、部屋の隅にあるゴミ箱へと投げ入れるのだった。

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