第5話 ゴーレム核

「まずはアンタの名前、歳と出身。

 それとどうやって、なんだってアタシの家にやって来たのか、そこら辺のことを話して貰おうじゃないか」


 ギィギィと揺り椅子を揺らしながらそう言う老女にシンは頷いて、老女の問いの答えを返していく。


「ボクの名前はシン・リューベックです。今年で十歳で、出身はこの近くのハンザという街です。

 どうやってここに来たのかは―――」



 そこからシンは母が亡くなってからの出来事の全てを老女に話していく。


 優しかった母のこと、継母のこと、家出をしたこと、母の形見のこと、ドルロのこと。


 どうやってここまで来たかと問われればそれはドルロに導かれたからであり、そのドルロとどうやって出会ったかと問われればそれは宝石を落としたからであり……そしてその宝石は母から託されたものであり……ここに来たという結果に繋がっている全ての出来事を、隠すことなく余すことなく。



「―――そんな風にドルロの後を追いかけていたらこのお家に辿り着きました。

 ……それで、その、さっきお婆さんに頂いた宝石……お婆さんに言われた通りにしないで、ボクの我儘に使ってしまって申し訳ありませんでした」


 話しを終え、そして謝罪をしたシンに対し、老女はなんともおざなりな態度で枯れ枝のような手を振り、そんなことはもうどうでも良いことだと、謝罪なんか必要ないとシンに伝えてくる。


 そうしてから瞑目し、口元を引き締め、少しの間何かを考えるようにして唸り……それから老女は片目だけを開けて、その片目でじっとシンを見つめながら声をかけてくる。


「それで……アンタはこれからどうしたいんだい?」


「……えっ? ボクですか?

 ど、どうって言われても……」


「継母達に復讐したいとか、母親に会いたいとか、父親に会いたいとか……そうは思わないのかい?」


「……あの人達に復讐したいとかは無いです、もう関わりたくないですから……。

 父さんと母さんにもう二度と会えないんだってことは……ちゃんと分かってますから、そっちも……大丈夫です。

 ……これからどうしたいかって言われて今思い付くのはー……ドルロと一緒に居たいなって、遊びたいなって、それくらいで……後のことはまだよくわかりません」


「……そのゴーレムと遊ぶ、ねぇ。

 いやはやまったく、よくもまぁこんなけったいなゴーレムを拵えたモンだよ。

 これまでの長い人生で、こんなゴーレムは初めて見たよ」


 そんな老女の言葉に、ドルロがゴーレムであるという言葉にシンは驚き、慌てて木籠の中で楽しそうに腕を振り回しているドルロへと視線を移す。

 

 そうしてじぃっとドルロのことを見つめて、本で何度か読んだ、話で何度か耳にしたゴーレムという魔物の姿を……歩く岩、人型の岩、怪力大柄の魔物の姿を頭の中に思い浮かべて……ドルロのどこら辺がゴーレムなのだろうかとシンは首を傾げる。


 そんなシンの様子を見て、開けていた片目を細めた老女は淡々とした静かな声でシンに語りかけてくる。


「ソイツは間違いなくゴーレムだよ。

 アンタが宝石と呼んでいるあの石はね、宝石なんかじゃぁなくて、ある石とある金属を魔力でもって練り上げた物に、大量の魔力を込めて作り上げたゴーレム核と呼ばれる代物なんだよ。

 ゴーレム核さえあれば、それが砂だろうが、泥だろうが、枯れ木だろうがゴーレムになっちまうからね。

 泥製のゴーレム自体はそう珍しい物でもないんだが……それをまったくアンタって子は……」


 そう言って老女は一旦言葉を切り……そしてその声を好奇の色に満ちた声に変えてから、言葉を続けてくる。


「さっきの話じゃアンタ、一緒に居てくれだとか、一人にしないでくれだとか、そんなふざけた事をゴーレム核に命じたそうだね。

 普通の核であればそんな不明瞭で曖昧な命令は受け付けないはずなんだが……どういう訳だかコイツのゴーレム核はそれを受け付けちまったようだねぇ。

 ……で、コイツの核はアンタの命令に応えようとして『心』なんてゴーレムに本来無いモンを、必要無いモンを作り出しちまったんだよ。

 おかげで核の魔力は枯れちまって、体を作る魔力すら満足に用意できなくてあのザマだ。

 そもそもどうしてその命令で心を作ろうなんてことになったのか……どうやって心を作り出すことに成功したのか……他にも色々と説明のつかないことや謎は残っているけどね、それでもそいつに心があるのは間違いないことだよ。

 わざわざ道具を使ってまでして調べたからねぇ……まったく心を持ったゴーレムとは驚かされたよ」


 と、そう言って老女は、黒いローブの中から小さな望遠鏡のようなものを取り出し、それをシンに見せてからローブの中にしまいこむ。


 その望遠鏡がどんな道具なのかシンには分からなかったが、どうやらその望遠鏡のような物でドルロの中に心があるかどうか確認したと、そういうことであるらしい。


 そして老女はシンにあれこれとドルロのことを、ゴーレムのことを教えてくれる。


 先程シンが老女から手渡されたゴーレム核を使って良い友達になってと命じ、ドルロが声を手に入れた件についても、普通ではあり得ないことなんだそうだ。


 そもそも友達とは一体何なのか、具体的にどうして欲しいのかが提示されていないので、そんな命令ゴーレム核が受け付けるはずがないのだ。


 しかしドルロは、ゴーレム核はその命令を受け付けてしまって……そうしてドルロは声を手に入れた。


 果たして声を手に入れることが友達になってとの命令とどう繋がるというのか……?


 あるいは魔力がもっとあれば声だけでなく、言葉を手に入れて会話まで出来ていたかもしれないね、と老女。


 友達であればコミュニケーションが取れるのは当然のことで、コミュニケーションを取るためには言葉で会話するのが手っ取り早く、なので言葉を手に入れようとしたが魔力が足りず、声を手に入れるのが精一杯だったのではないか。


「何もかもあり得ない話ばかりだが、そもそも心を作ったってのがまずあり得ない話しだからね。コイツに関して魔法の理だとか、魔法の常識だとかは通用しないんだろうね。

 ……それで、シンとか言ったかね、改めて聞くよ。アンタこれからどうしたい? 

 このドルロと遊びたいとかそんなことを言っていたが……アンタ、このドルロをもっと成長させてみたいとは思わないのかい?

 あるいは、もっとたくさんのゴーレム核があればこのドルロは、アンタの友達に相応しい、アンタと常に一緒に居てくれる、そんな存在になってくれるかもしれないんだよ?」


 クワリと両目を見開き、恐ろしいような、悪魔のようなそんな笑顔になりながら、そんなことを言ってくる老女。


 シンはそんな老女の目を恐れることなく真っ直ぐ見つめて、ドルロの目を真っ直ぐ見つめて……老女とドルロの目を何度か交互に見つめて……そんなシンを見てドルロが頷きながら、


「ミー!」


 と声を上げたことでシンは決断する。


「……はい。

 ボクはドルロをもっともっと成長させてみたいです。

 でもそれはドルロの為に、ドルロの心の為にそうしてあげたいと思ったからで―――」


 と、シンがそこまで言った所で、老女は「分かったよ!」と大声を上げてシンの言葉を遮ってしまう。


「それなら、この私が一肌脱いでやろうじゃないか。

 なぁに、礼はいらないよ、アタシもこのゴーレムのことは徹底的に、念入りに調べ上げたいと思っていた所なんだ。

 ……心がある以上、無理に取り上げては心が壊れてしまうかもしれないからねぇ。ここは持ちつ持たれつ、お互い協力することにしようじゃないか。

 この東の魔女、西の魔女と恐れられたアヴィアナ。

 こと魔法とゴーレムに関しちゃぁ大陸一と言っても過言じゃないからねぇ。

 アンタに必要な知識の全てを、魔法の全てを叩き込んであげるよ!」


 シンの声を遮って、シンに有無を言わせないまま、そんなことを宣言したアヴィアナと名乗った老女は「早速始めようか」とそう言ってローブから樫の杖を取り出し……それを思いっきりに振り上げて、何やら怪しげな呪文を唱え始めてしまうのだった。


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