第3話 その日少年は老女に出会った


 ドルロと名付けた動く泥の塊に導かれて、森の中に足を踏み入れた少年シンは、ヨタヨタと歩くドルロの後を追う形で森の奥へ奥へと足を進めていた。


 ドルロは一体何者なんだろう、とか。

 面白くて、良いヤツみたいだけど、一体ボクを何処に連れていこうとしているんだろうか、とか。

 ドルロはどうしてあの宝石を食べちゃったのかな、とか。


 足を進めながら、ドルロだけを見つめながらそんなことを考えるシン。


 そんなことばかり考えていたせいなのか―――


 月明かりも届かぬ程の深い森の中だというのに、光源なども無いというのに、不自然に明るく、足元や数歩先が見通せること。


 木々がかなりの密度で生い茂っているというのに、地面が何かで均されたかのように平坦で、木の根などでうねってもいないし、落ち葉で覆われてもいないこと。


 これ程の森だというのに、虫の声も鳥の声も、獣の声も魔物の声も聞こえてこないこと。


 ―――などといったいくつかの不思議な、不自然なことに気付かないままシンは森の奥へ奥へと進んで行って……そうしてドルロとシンは、木々が突然少なくなり、開けた広場のようになっている空間へと……そこに建つ一軒の家へと辿り着く。


 大きな煙突を構えたレンガ作りのその家はひどく苔むしていて、一目見るだけでとても古い家なのだということが分かる。

 

 その家を見て、


(こんな森の奥の……こんなに古い、掃除のされていない家に人が住んでいるはずもないし……もう何年も誰も住んでいない廃屋なんだろうなぁ。

 ……きっと中はとっても汚くて、食べ物も薪もベッドも無いんだろうけど、それでもそこらで泥をベッドに眠るよりは、ずっと良いはずだよね)


 と、そんなことを胸中で呟くシン。


 そうしてシンが、その家の入口と思われる赤い木のドアに手を伸ばそうとすると……そんなシンの前に立ったドルロが、シンがドアを開けるよりも早く、ノックのつもりなのかその手でドチャリドチャリとドアを叩く。


 しかし家の中からは何の反応も無く……再びドチャリドチャリとノックするドルロ。


 それでもやはり反応が無く……何度も何度もノックするドルロを見て、


「そうだよね。

 どんな家が相手でも、まずはノックをするのがマナーだよね」


 と、小さく笑いながら呟いたシンは、ドルロに習ってそのドアをコンコンとノックする。


 するとその直後に、家の中からガタリと何かがぶつかったような物音が聞こえてくる。


 まさかこんな家に人が住んでいるとは思ってもいなかったシンは、その音を聞いてひどく驚いてしまって……驚きのあまりにビクリと身体を跳ねさせてしまって、そして、どうしようどうしようと困惑し、混乱し始める。


 こんな森の奥の、こんな家に住んでいるなんてどう考えても普通ではない。


 もしかしたら盗賊かもしれないし……あるいは人ですらない魔物が住んでいるのかもしれない。


 そんなことを考えて、シンが恐怖し、困惑し、混乱し、この場から逃げ出そうとしていると、ギギギという音と共にドアが開け放たれてしまう。


 そうして開かれたドアの向こうから明るい、温かな光が漏れ出して来て……その光の中に立つ一人の老女が、シンとドルロのことをじっと睨むようにして見つめてくる。


 先の折れ曲がった黒いとんがり帽子を被り、その全身を黒いローブで包み、その手には古びた樫の杖。

 首後ろで縛った長い白髪に、皺だらけの顔に、鋭い目に大きな鷲鼻。


 一体この老女はなんだってこんな格好をしているのだろうか。


 そのあまりの異様さに、恐ろしさに、シンは何も言えなくなってしまう。


 そんな何も言えずにいるシンに対し、老女もまた何も言わないままじっと睨んできて、シンとドルロのことをじっと見つめてきて……そうしてからその目の鋭さを僅かにだが和らげた老女は、


「すぐ戻るからそのままそこで待ってな」


 と、そんな一言だけを残して、ドアを開けたまま家の中へと戻っていってしまう。


 そんな老女の背中を何も言わずに見送ったシンは、この隙に逃げ出そうとした……のだが、しかしドルロはドアの前から一歩も動こうとせず……無理に動かそうとすると、宝石を取ろうとした時のようにイヤイヤとひどく嫌がってしまって……シンとドルロがそうこうしているうちに老女が戻って来てしまう。


「……ほれ、こいつを受け取りな」


 手を差し出しながらそんなことを言ってくる老女。


 そんな老女の手のひらには、二つの青い宝石が……母親の形見によく似た小さな宝石が置かれていて……その宝石を見たシンは、訳が分からず首を傾げてしまう。


 すると老女は、


「グズグズするんじゃないよ! さっさと受け取りな!!」


 と、物凄い剣幕でシンを怒鳴りつけきてしまって、その老女の怒鳴り声があまりに恐ろしくて、ただただ恐ろしくて……シンは老女の言う通りに宝石を受け取ってしまう。


 それを見て老女は、それで良いんだよと言わんばかりに頷いて、そうしてから言葉を続けてくる。


「良いかい、アタシの話をよく聞いて、ちゃぁんとアタシの言う通りにするんだよ。

 ……まず一つ目は、体をしっかり成せと命じながら渡すんだよ。

 そんな体じゃぁ周囲を泥で汚しちまう上に、いつか体そのものを失っちまうからね。

 次に二つ目は、もっと強い力を持て、と命じながら渡すんだよ。

 ……そんな有様じゃぁ、いくらなんでも哀れで仕方ないからね」


 そんな老女の言葉を受けて……シンは訳が分からず、また怒鳴られてしまうと、怖くて仕方ないと思いつつも……それでも老女が何を言っているのか、何をしろと言っているのかが分からなくて、


「……すいません、だ、誰にこれを渡せば良いんでしょうか?

 それと命じろっていうのもよく分からないです……」


 と、そんな言葉を漏らしてしまう。


 すかさず老女は、またも物凄い剣幕となるが、シンの足元のドルロが必死にシンを庇うようにして、その両手を振っているのを見て……その剣幕をどうにか抑え込んで、静かに諭すような声でシンに語りかけてくる。


「……誰に渡すってそんなのは目の前のソイツ以外に無いだろうさ。

 ソイツに言葉でも命じながらでも良いし、心の中で念じながらでも良いから……そうしながらソレを渡せば良いんだよ。

 ……良いかい、命じる内容は私の言った通りの内容を守るんだよ」


 老婆にそう言われてシンは、宝石を一つ摘み上げて、それを目の前のソイツに、ドルロに渡そうとする。


 心の中で強く『体をしっかり成せ』とそう念じながら。


 それを受けてドルロは、二つの目の下辺りに、大きな穴……というか口のようなものを作り出して、その口でもってシンが摘み持っていた一つ目の宝石をバクンと飲み込んでしまう。


 そんなドルロを見てシンが(口があったんだ!?)と驚いていると……ドルロの目から、口から青い光が漏れ出してきて……ドルロの体が、泥が蠢いて、激しく蠢いて……そうして今までとは違う何かへと変化し始める。


 ドロドロだった体が硬くなっていくというか、引き締まっていくというか……ちゃんとした球体へと変化していって……その手もはっきりと五本の指があると分かるしっかりしたものへと変化し、足も大きな靴を履いているような、そんな形へと変化していく。


 その姿はまるで陶器のようだった。

 

 粘土を練り上げ、焼き固めた陶器のような、そんなしっかりとした体になったドルロは、なんとも嬉しそうに飛び跳ねて、今までのドチャンドチャンとは全く違う、コンコンという硬い音を、その体で奏でる。


 そんな硬い体で、一体どうやって動いているのかという疑問を抱いたシンが、ドルロの体をよく見てみると……その指や腕、足の関節には、丸い球体が付けられていて、どうやらドルロの体はその球体があるおかげで滑らかに動けているようだ。


 母の形見の宝石を飲み込むことで泥の中から生まれたドルロ。

 そして今、新たな宝石を飲み込むことで、硬い体を得たドルロ。


 そんなドルロと、手の中にある宝石をじっと見つめたシンは……その因果関係と、ドルロがどういう存在なのかとなんとなく察して、理解して……そして老女の言葉に逆らい『もっと強い力を持て』ではなく『ボクの親友になって』と、そう念じながら……強く念じながらドルロにもう一つの宝石を差し出す。


 そしてその宝石をガプリと飲み込んだドルロは……その目から口から、関節の隙間から、先程のそれよりも強い、一段と強い青い光を放つのだった。


 

 

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