24.久しぶりのあたたかな食卓

 脳内会議を重ねた結果、大量のポークピカタとサラダ、そしてコーンスープを作った。

 ひとまず肉料理と野菜を並べておけば好きな方を取ってくれるだろうと見越したのだが、人気なのは肉料理の方だった。


 さりげなく出したパンもすっかり平らげてしまい、それぞれが気持ちが満たされてきた時。

 ジェイスが不意にゆっくりと立ち上がった。


「今日は楽しい時を過ごさせていただきました、ありがとうございます。私もそろそろ妻が心配するので帰りますね」


 室内の時計を見てみれば、日付を超えるほどの時刻になっていた。

 リトもすぐに立ち上がる。


「こちらこそ助かったよ、ジェイス。本当に感謝している」


 心から出た言葉だった。

 リトとはなんの関係もなく、彼は共通の知り合いがいるということとラァラからの紹介というだけで手を貸してくれたのだ。

 だから、今宵の晩餐はリトなりに精一杯考えた謝礼のつもりだった。


 ジェイスがいなければライズは取り戻せなかったし、もしかするとリト自身もここにはいなかったかもしれない。


「また機会がありましたら。では、お元気で」


 きんいろの瞳を細めて微笑むと、ジェイスは魔法語ルーンを唱えてすぐに姿を消してしまった。たぶん魔法で帰ったのだろう。

 転移の魔法は便利なもので一瞬で移動できてしまう。そのせいか、ほとんどの魔族ジェマはこの魔法を多用して帰宅したりする。

 リトも数年前までは合理的な手段だと思っていたが、今となっては自分の足で歩いて移動する方が趣きがあって好きだ。


「さて、片付けるか」

「所長、わたしが片付けます!」


 飛び跳ねそうな勢いでティオが椅子から立ち上がった。

 リトを見上げる彼女の大きな瞳は、泣きそうに揺らぎながらも真剣そのもので——、


「じゃあ、頼めるか?」


 思わずリトは譲歩してしまった。


「はい!」


 小走りで台所に奥に引っ込んでしまったティオを見送って、リトは苦笑する。

 すると、ラァラも重ねた皿の山を抱えて立ち上がった。


「わたしも行く」


 リトが返事をする前に、小さな背中は奥へ消えてしまった。

 二人に任せても、きっと大丈夫だろう。ティオもああ見えて器用だし。


「そういえば姿が見えないけど、キミのお友達は体調が悪いの?」


 テーブルを挟んで向かい側に座ったラディアスが、お茶を飲みながら聞いてきた。


 食事の時もライズは姿を見せなかった。

 ラディアスは医者という職業柄気になるのだろう。少し心配そうな顔をして、リトの顔を覗き込んできた。


「ああ、ライズのことか。だいぶ疲れていたみたいでな、たぶん朝まで寝ているんだと思う」

「そっか。ひどいようだったら診察した方がいいのかなー、て思ってたけど。というか、ライズ君っていうんだ?」


 今になって、リトははたと気づく。

 そういえばラディアスには、ライズの名前を教えていなかった。


「ああ、そうだよ。それがどうかしたのか?」

「ライズ君のセカンドネームって、ティラージオだったりする?」


 所長という立場上、研究員のフルネームはすべて把握している。

 特に、ライズの父親は上流貴族の中でも有名人ということもあり、リトでなくとも大抵の研究員は知っているだろう。


「そうだが、ライズのことを知っているのか?」


 そうリトが尋ねた瞬間、青灰色の瞳が揺らいだ。

 なにか言いたいことがあるのだろうけど、リトの方からは尋ねたりはせずに黙って待ってみる。

 すると、しばらくしてからラディアスの方から答えてくれた。


「うん、知ってる。たぶん、向こうも俺のことを知ってると思う」


 意味深な言葉だった。

 気まずそうに目を伏せるラディアスに、リトは穏やかな微笑みを向ける。


「なんだか訳ありみたいだな。とりあえず、場所を変えて話すか?」

「んー……、聞いたら後悔するかもなぁ」


 この期に及んでなにを言い出すのだろうか、この旅医者は。


 ため息をひとつ吐く。

 ぐいっと距離を詰めて彼の目を見つめ、リトは口角をつり上げた。


「もう半分聞いているようなものだろ」

「……ハイ」


 顔を引きつらせて、ラディアスはこくりと頷く。

 まるで無理やり聞き出そうとしているみたいだったけど、今は気にしないでおくことにする。

 いつもなら他人の事情に土足で踏み込むようにはしないのだが、リトはなぜか、彼を放っておけないような気がしたのだ。


「他言はしないよ。ひとまず、俺の部屋に行こうか」


 リトはそう言って、困惑気味に乾いた笑みを浮かべるラディアスの腕を引っ張って部屋を出たのだった。

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