23.帰宅と合流
王都の繁華街を抜けた先にあるリトの屋敷は、まだ灯りがついていた。
リトの自宅はレイゼルの屋敷と比べるとひと回りほど小さな屋敷で、敷地を囲っている生垣も主人を出迎える門扉も、近所の庶民の家と大差はなかった。
どう取り繕っても貴族の、しかも王族に近しい上級貴族の住まう屋敷ではない。
実のところ、リトが普段暮らしているこの屋敷はウィントン家の本邸ではなかった。
勤務先の研究所に近い場所に住むため、好きな
「所長、大丈夫ですか?」
門を開けるとライズが心配そうに見上げてきた。
ポーカーフェイスは結構得意だと思っていたのに、付き合いの長い相手には通じないみたいだ。
ため息をついて、リトは振り返る。
「おまえの方が大丈夫じゃないだろう」
あえて答えを濁して、リトは屋敷の中に入っていく。
ライズはそれ以上問い質さなかった。
黙ってリトの後ろをついていく。
「所長、オレ休んでもいいですか?」
再び振り返ってライズの顔を見れば土気色ですこぶる悪かった。かろうじて目は開いているものの、今にも閉じそうだ。
「そうしろ。そこの客室を使うといい。みんなには俺から言っておくから」
「はい、ありがとうございますー」
間延びした、今にも寝てしまいそうな声だった。
おぼつかない足取りにリトは心配になったが、部屋に入ってちゃんと自分でドアを閉めたライズを確認してホッとする。
居間に向かうと、まだ明かりが煌々とついていた。
「あ。おかえりー」
最初に声をかけてくれたのはラディアスだった。
皆がそろって集まっていたらしく、一瞬でリトに視線が集まる。
ラディアスの隣にいたティオも勢いよく顔を上げて椅子から立ち上がった。
「あの、所長っ。ライズさんは——」
「あいつなら先に休んでいる。だいぶ疲れていたから、明日の朝に話をするといい」
「あ……そうですよね。分かりました」
俯いて、彼女はすとんと再び腰を下ろした。
眠らずに、ずっと待っていたのだろう。大きな負担をかけてしまったな、とリトは思う。
「リト、大丈夫だった?」
次に話しかけてくれたのはラァラだった。
なにを聞かれているのは分かっている。分かっているだけにどう返したらいいか分からず、リトは黙って苦笑した。
しかし、そんな曖昧な反応で彼女が満足するはずはなく、さらに質問を重ねる。
「どうだった? ぐーぱんち、できた?」
小さな手のひらで拳を作って、ラァラは首を傾げた。
くすりと笑い、リトは瞳を和ませる。
「大変だったけど、できたよ」
「がんばったね」
にこり、とラァラは花が咲いたように笑った。
彼女にもカミルにもどういう事情があるかは分からない。だけど、どうしてカミルがこんなあどけない少女に〝ひどいこと〟をするのだろう。
ラァラはとてもいい子だ。
赤の他人でまるっきり関係ないのに、親身になって事情を聞いてくれた。助っ人を紹介し、危険な
どんな〝ひどいこと〟をされるのかは知らないが、自分が近くにいるうちは守ってあげなくては。
リトはひそかに、そう決意した。
その時だった。
きゅるるるるる……。
はっとティオが顔を上げて、あわてて自分の腹をおさえた。
シンと静まり返った室内で、顔を真っ赤にして俯く彼女を見て、リトはぽつりと言う。
「とりあえず、なにか作るか」
「そ、そそそんな、所長っ。す、すみませんっ!」
なにに対して謝っているのか、この子は。
いや、言いたいことは分かるのだけれど。
「いちいち泣くんじゃない。夕食の時間はとっくに過ぎているんだ。食べずに待っていてくれたんだろう?」
それに。
昨日と今日と、ほとんどとこに伏せていたから、身体のためにもそろそろちゃんとしたものを食べておきたい。
「じゃ、じゃあ、わたしが作ります!」
「いや、俺が作る」
きっぱりと断られて、ティオは思いっきり肩を落とした。可哀想に思うが、発言を撤回するつもりはない。
料理は気が紛れる。リトにとっては趣味のひとつになっているから苦にはならないのだ。
「リト、多めに作った方がいいかも。ジェイス、三人分は食べるから」
線は細いのに、意外と食べるのだな。
リトは改めて、頭の中で人数を確認する。
別室で休んでいるライズ、そして居間にいるのはリトとラァラ、ラディアスにティオ、ジェイス。全部で六人だ。さらに、先ほどラァラがくれた情報をもとに人数を加算する。
「じゃあ、八人分だな」
「他人様の家でそんなに要求しませんよ」
困ったようにジェイスは苦笑する。
とは言うものの、言葉に反して、彼のきんいろの瞳は明らかに期待しているようにも見えた。
「俺は別に気にしない。誰かのためになにかを作るのは数年ぶりだしな」
それにしても八人分か。
そんなたくさんの人数分を作ったことはないが、食料は多めに蓄えているし、なんとかなるだろう。
時間は深夜で買い出しに行く余裕もない。あるものだけで適当に作るか。
記憶の引き出しを開け閉めして、作れそうな料理のレシピを考えていく。
なんだか楽しい。次第に胸が弾んでくる。わくわくしてきた。
そういえば、数年前はルティリスやロッシェたちと一緒にいた時は、彼らにもよく料理を振る舞ってやっていたな。
「リト、わたしも手伝う?」
首を傾げて見上げてくる翼の少女に、リトは穏やかに笑って頷いた。
たまには、誰かと一緒にキッチンに立つのも悪くないだろう。
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