18.赤髪の吸血鬼、永久に怨讐抱きて
声のトーンがだんだん落ちてくるリトの声を聞いて、彼の気力は尽きかけていると感じた。
応接間を出て隣の部屋に入ると月色の狼がもの言いたげに見つめてくる。
「下がっていなさい、ライズ」
『……はい』
すでに虫の息なのか、リトは苦しげに浅い呼吸をしていた。
床を叩く靴音で接近に気づいたのか、彼は
「……これで、満足だろう?」
細く小さな声だった。うっかりすると聞き逃しそうだ。
まるで望みが潰えた、なにもかもすっかり諦めてしまったかのような言葉だった。
途端に愉快に感じ、自然と頰が緩む。
「ああ、満足だ」
それからは、ためらわなかった。
動く様子のないリトの身体の上に
だが、四年前。不可解なことが起きた。
なんの幸運が働いたのか、リトは噛み付いても意識を鮮明に保っていたのだ。だから反撃され、結局は
とはいえ、何度も偶然が続くはずはない。
弱っていない今こそ好機だ。周囲の声がどうであれ、すべての血を吸い尽くして殺してやる。
そして女王には正式に、帝国の貴族を手にかけた犯罪者として裁かれるだろう。きっと処刑してくれるに違いない。
この嫌悪すべき命をようやく終わらせることができるのだ。
(今度こそ、私の勝ちだよ。リトアーユ)
鈍色の目をすうっと細めた時だった。
何の前触れもなく、背中に鋭い痛みが走ったのだ。
自然と力が緩み、思わずレイゼルはリトの肩から口を離してしまった。
「くっ……、何だこれは!」
じんじんと痛み始めたばかりか、背中は熱を持ち始めていた。おそらく出血している。
手探りで傷口を確認しようとした矢先、いきなり前の方から襟首をつかまれる。
一瞬で、世界がぐるりと反転した。
「残念だったな、レイゼル」
目と鼻の先には、すべてを呑み込むような真夜中色の瞳。驚愕で目を見開くレイゼルが映っているのが見えた。
肩を滑る長い黒髪の若い男はリトであって、リトではなかった。なぜなら、こめかみの辺りからは硬質な角が、髪の間から突き出ていたからだ。
爪が長いのか、首を掴まれているのだというのに肌に食い込んでいる。
おかしいのはそれだけじゃない。
背後には伝承で聞くドラゴンのような大きな皮膜の翼が生えている。
袖なしの服がわずかに赤く染まっており、むき出しになっている肩からは血が流れ続けていた。
闇のような、切れ長の両目を細めて艶やかに微笑む、その姿は——。
リトの本来の姿。
「たばかったな……。一体、何をしたのだ。確かに噛み付いたのに、貴様はなぜ動くことができる!?」
「俺には免疫があるからな。お前たち
黒髪の青年はくすりと笑って、目を細めた。
見えないなにかの力が含まれたかのようなその微笑みに、レイゼルは目を奪われそうになる。
「
魅惑的な微笑みを浮かべると同時に、リトは手の力を込めてきた。掴まれた首がギリギリと締め付けられる。
レイゼルのような
対して、リトのような
一度だけだが、レイゼルは
眠っている間に襲われた女は最後には枯れ木のように痩せ細り、やがては息絶えていた。
「……私を喰らうつもりか」
「まさか。俺はお前のように悪趣味じゃない。ライズに魔法をかけたんだ、お前にも俺から魔法をくれてやるよ」
薄い唇が動き、
もともと本職が
闇に属する魔法のひとつ、【永久の眠り《スリープ》】。第三者に解除されるまで永遠に眠り続ける魔法だ。
強靭な精神力があれば抵抗して回避できなくもない。だが、相手は並み居る
抵抗など、できるはずもない。
「もう、俺に関わるな」
それが眠る前にレイゼルが最後に聞いた、リトの言葉だった。
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