17.吸血鬼と薄藍の小鳥
四年前の悪夢から解放されたのは、一年前のことだった。
リトにより【
自由の身になってから一番に頭に浮かんだのは、やはり鴉のような黒衣をまとった
彼には大きな屈辱を受けた。だから、今度は自分がリトに屈辱を与える番だ、とレイゼルは考えていた。
でなければ、この身の内で荒れ狂う怒りはおさまりそうにないのだ。
もともと、彼が素直に指輪を渡すわけがないことは、初めから分かっていた。
レイゼル自身も利用しようとした【
そもそもティスティル帝国では、その魔法を付与する
とはいえ、レイゼルとしては女王を狙う気などさらさらなかったし、【
許せなかったのは、リトが下した「自分達と
なぜ。
どうして、殺してくれなかったのだ。
自由を奪い、暴力を振るい、大事にしている部下を傷つけた。それなのにリトは報復を与えるどころか、レイゼルをただ遠ざけただけだったのだ。
なんという屈辱だ。何のために周到な計画を練ったと思っている。
すべては何人ものひとの命を奪ったこの極悪人を、断罪するためだったというのに——。
(リトアーユ、楽に死なせてはやらないよ)
応接間にある巨大な窓から見える光景に、レイゼルは口を歪ませた。
よく磨かれたこの窓は隣の部屋の様子を観察することができる。いわゆるマジックミラーというもので、内側の部屋からは窓の存在に気付くことはない。
白い壁の部屋では、黒髪の
ライズには五感を共有できる【
「リトをどうするの?」
高いトーンの声が思考をさえぎる。レイゼルは隣に立つ小柄な少女を見た。
モニターにも映っていたリトのそばにいた
「それを君に教える必要があるのかね?」
「リトを食べるの?」
核心を突かれて、赤髪の
ひとを食べたのはいつだったか、レイゼル自身はよく覚えている。たった一度の過ちで戻れなくなったあの日だけは忘れることはできない。
半分に断ち切られた寿命はすでに種族王から告げられているものの、それまでのうのうと生き続ける気はない。それなのに、飢えによる衝動は常にレイゼルを駆り立てる。
初めて同じ
それでも。
喰われるかもしれないという恐怖は相手の心を蝕むことだろう。
「喰らうつもりだよ。特に、彼にはただならぬ恨みがあるのでね」
「ふーん」
少女は抑揚のない調子でそう返しただけだった。視線は窓の向こう側で起こっている光景に釘付けだ。
深手を負い、ライズに突き倒されたリトの顔色は悪くなっている。
それでも、彼女は顔色ひとつ変えなかった。
妙な娘だ。色々あって怒りがおさまりそうになかったから、残酷な場面を見せつけて泣かせてやろうと思ったのだが。
黙り込んでしまった
リトがどうなっていくのか一番楽しみにしているのがレイゼル本人だ。
なにしろ、ライズを通して五感で愉しむことができるのだから。何にも邪魔されたくはない。
「……あなた、もしかしてリトが好きなの?」
その問いかけは、あまりにも不意打ちだった。
赤髪の
揺らぐことのない濃い藍色の双眸が、まっすぐ彼に向けられている。
レイゼルは思わず固唾を飲んだ。
「なぜ、そう思うのだね?」
——ライズといい、この娘といい、一体何なのだ。
彼らの考えていることがレイゼルには分からなかった。不愉快に感じて、眉を寄せる。
「わたしの知り合いに
鈴の音のような可憐な声で、少女は淡々とした口調で遠慮なく踏み込んでくる。
同じ
「リトを食べたいって思うのは、食べてしまいたいくらいその人の命が大好きだってことでしょ?」
もう聞き逃すことなどできなかった。
見開いていた目をすぅっと細めて、赤髪の
「それが仮に事実だとして、君はリトを助けるのかね?」
「助けない。リトは諦めないで頑張るって言ってたから」
言い返してきた娘は真剣な顔を向けてきた。
その表情がおかしくて、レイゼルは笑みをこぼす。
「それならここで見ているがいい。君のその決意、後悔させてやるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます