11.レイゼルとライズ

「こいつは、誰だ?」


 それは自分に向けられた問いというよりも、独り言に近いような気がした。

 あえて答えることはせず、隣に立っている魔族ジェマの男をライズは見上げる。


 長い深紅の髪を尻尾のようにひとつにまとめた、吸血鬼の魔族ジェマ。光を取り込まない無機質な薄いグレーの双眸は、目の前のモニターに釘付けだ。


 どういう原理で遠くの様子が映し出されているのだろうと思ったが、これも魔力で動いているらしい。いや、正しくは精霊達の力とも言うべきか。

 ライズもレイゼルに倣うように、画面へ視線を注ぐ。


 モニターには、座り込んだ若い魔族ジェマの青年と、彼に寄り添うようにしゃがみ込んでいる翼族ザナリールの少女が映っていた。


 二人とも見覚えはない。

 ない、はずなのだが、ライズは青年の方には既視感を覚えていた。


 肩より長い黒髪に、つった闇色の両目。襟に紺のラインが入った青灰色の上着とズボンという動きやすそうな出で立ちで、帯剣しているのもあり、まるで剣士のような印象を受ける。

 ただ、彼がベルトに差しているのは片刃剣ファルシオン。その使い古された剣をライズは見たことがあった。

 我ながら悪くない勘だな、と思う。


「この人、所長ですよ」


 青灰色の両目をモニターから逸らさず、彼はレイゼルに言った。


 目の前の画面に映るリトは、ライズと同世代の青年に変わっていた。

 レイゼルの予測通り心臓を悪くしているのか、座り込んでいるけれど。

 それでも、生きていた。


 胸の中にあった大きな不安の塊が次第に消えていくのを感じ、ライズは深いため息をつく。


「何?」

「姿とか服装とかすっかり変わってますけど、所長だと思います。たぶん、年齢退行したんじゃないんですか?」


 リトがなぜ退行してしまったのか。そんなの考えなくても、ライズにはよく分かっていた。

 罪悪感を抱かないわけじゃない。

 だけど、リトは一人では来なかった。


 思わず、頰が緩む。


「ね、オレの言った通りでしょう?」


 胸を踊らせながらうきうきとレイゼルを見ると、彼は興味なさそうに、ふんとだけ返した。

 素っ気ない返答でも、ライズの気分はまったく削がれない。上司は心折られながらも、力を振り絞ってこうしてライズを迎えに来てくれたのだから。


 それにしても、一緒にいる翼族ザナリールの少女は誰なのだろう。

 

 高く上げた藍色のポニーテールと濃い藍色の目に、薄藍の両翼。

 服装は異国のような雰囲気で、動きやすそうなズボンと前合わせの上着。


 ふと、ティオの顔が頭の中でよぎった。

 彼女は真面目な努力家の部下で、ライズにとっては大切な少女だ。


 そもそも魔族ジェマだらけの研究員の中で、翼族ザナリールはティオだけだ。

 なぜ彼女が開発部に入ることができたのか。答えは至ってシンプルで、どこで見つけたのかリトがうまく言い含めて連れて来てしまったのだった。彼は勧誘したとか言っていたが、絶対甘い言葉で彼女を騙したに決まってる。


 だから、ライズはリトがまたどこかで翼族ザナリールをさらってきたのだろうかと思ったのだが、すぐにそれはないと思い直した。

 見たところ、館の潜入には慣れているような動きをしていたからだ。


 次に脳裏に浮かんだのは、ロッシェという人間族フェルヴァーの男だ。

 短い藍白の髪に、紺碧の双眸の男。

 四年前、レイゼルの首を締め上げそうな勢いで押さえ込んでいたのをよく覚えている。あまりに強烈な印象だったから、ライズの記憶の中で鮮明に焼き付いている。


 もしかして、ロッシェに雇われた子なのだろうか。

 貴族のくせに夜会に一切顔を出さないくらい、ほとんど他人と交友を持たないリトが傭兵を雇うとは考えにくいし。


「この娘は、研究所にいた翼族ザナリールの娘かね?」


 画面を凝視したままレイゼルが尋ねてきた。

 答える前に、ライズも同じようにモニターに目を向ける。


「違いますよ。髪も翼も目の色も、ティオと全然違いますから。所長が雇ったんじゃないですか?」


 明るい調子の声で言ってみると、またレイゼルは黙り込んでしまった。こうも一方的に会話を中断されて、どうしたらいいのか。モニターばかり見ているのも時間を持て余すから、話せないかなと思っていたのに。


 ほんの少しの不満を抱いてライズはレイゼルを見ると、彼は険しい顔つきになっていた。相変わらず画面を凝視、というよりも睨みつけている。

 彼の視線を追ってみると、その先はリトではなく少女に向いているような気がした。今、彼女は発作を起こしているリトの右手に自分の手を重ねて微笑んでいる。


 あれ、もしかして。

 彼の部族が吸血鬼ヴァンパイアであることと、今の怒ったような表情からひとつの予感が生まれた。


「レイゼル様。ひょっとして、所長のことが好きなんですか?」


 その時。

 ようやくレイゼルは画面から視線をそらして、ライズを見た。

 驚いたように薄いグレーの目を丸くした後、すぐに我に帰ったのかモニターへ視線を戻す。


 どうやら、答える気はないらしい。

 もっとも、本人が自分自身が抱いている感情に気付いていないだけかもしれないけど。


 暇だから退屈だし、会話が続かないのもつらい。

 恨みがましくレイゼルを軽く睨みつけてみたが、彼は無言でモニターを見続けていた。

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