10.小鳥は予言する
買い物を済ませたジェイスから衣服を受け取り、出かける準備と身支度を整えた時には、すでに太陽が傾き始めていた。
魔法道具の『追跡の地図』が示した場所は、四年前と同じレイゼルの屋敷だった。一度足を運んだことのある場所だから【
「あの屋敷だ」
鬱蒼とした森の中、舗装された道を進んでいくと建物は見えてくる。
防犯のための高い塀と門がそびえ立ち、敷地内には飾り気のない白い壁の洋館が建っていた。
「……前回とあまり代わり映えのしない屋敷だな」
「センスないんだよ」
素直すぎるラァラの感想にリトは思わず吹き出した。くすくすと笑っていると、彼女は不思議そうに首を傾げる。
リトの屋敷を出る直前、実はリトと同じくラァラも服を着替えていた。
長い藍色の髪を高くひとつに結い上げ、足は紐サンダル。服装は前合わせの上着に、柔らかそうな布のズボン。屋敷に侵入することになった以上、動きやすいスタイルを選んだらしい。
「さて、リト君の話ではこの館の
にこりと微笑んだと同時に、ジェイスは
すぐに【
「……入り口からすでに魔法がかかっていますね。館に入った瞬間から監視されると思っておいた方がいいでしょう」
ということは、侵入すればすぐにレイゼルに見つかってしまい、捕縛される可能性もずっと高くなってくる。
どうしたらいいものか。
「では、潜入する前に打ち合わせておきましょうか」
切り出した途端、再びジェイスは淀みなく
今度は聞き覚えのない言葉の羅列。
瞬きひとつで、目の前にふっと闇が降りてくる。
まるで周囲の景色を隔絶させる壁のような闇だ。先ほどまで聞こえていた木々の葉がこすれる音や風の音がまるで聞こえなかった。
思わずリトは固唾を飲む。
これは高位魔法の【
周りから空間を切り離して絶対不可侵の部屋を作り上げる、高い効果を持つ魔法。世界で稀にしか見ない無属性の人族が扱う魔法であり、また
病によるものではない強い胸の鼓動を感じながら、リトは口元に笑みをたたえる
どうやら自分は、いつのまにか高位魔法を扱えるほどの手練れをも巻き込んでしまったらしい。
「早速ですが、初めから監視されているのなら三人一緒は目立ちすぎますし、リスクも大きいですね。リト君、あなたとラァラで中の兵士と渡り合うことはできますか?」
「ああ、大丈夫だ」
本分の魔法ほどではないが、剣の腕はそこそこ自信がある。そこらにいる兵士程度なら、剣だけで倒すことは可能だろう。
「そうですか。では、私はあなた方から離れて別行動します。離れた場所から騒ぎを起こして兵士の注意を引き、そのついでに【
「……うん。その方がいいだろうな」
ジェイスは〝ゼルスの泥棒猫〟と世間で取り沙汰されるほどの大怪盗だ。当然、館の侵入に慣れているだろうし、リトと行動するよりずっと効率的に動けるに違いない。
「では、話は決まりましたね。他に何かありますか?」
「いや、特に何も思いつかない」
「ならば、早速行きましょうか。お二人とも身に危険が迫ってどうにもならない時は、私を呼んでくださいね。そうですね、『風魔の翼』は小鳥が持っていた方がいいかもしれません」
たしか、『風魔の翼』は【
ラァラに預けておけば、万が一の時に彼女だけ逃すことができる。ジェイスの判断が、リトの目にも正しいと思えた。
「そうだな。じゃあラァラ、これを」
てのひらにのるほどの水晶玉を、リトは彼女に手渡す。
「ありがとう。リト、ジェイス」
「どういたしまして。それでは良い幸運を」
銀髪の怪盗は口元を綻ばせると共に、きんいろの目を和ませたのだった。
リトの予想に違わず、屋敷の中は四年前と変わらず殺風景だった。絵画や壺もなければ、家具ひとつさえない。
借りものの『追跡の地図』で、リトは点滅する目標を確認しながら進む。
ただ、これはライズではなくレイゼルの居場所だ。どちらにせよ、行き着くところは同じだろう。
絨毯も敷かれていない廊下に足音を立てながら、ラァラと歩いて進んでいく。
すでに数人の兵士に見つかり、問題なく昏倒させた。戦闘に入れば彼女は邪魔にならないように後方支援に回ってくれるので動きやすかった。
『追跡の地図』が示す方向は、ひたすらまっすぐだ。
この先にレイゼルがいる。彼に会えば、おそらくライズの生死も分かる。生きているにしても死んでいるにしても、彼は教えるつもりではいるだろう。ありのままの事実がリトのダメージになることを知っているからだ。
「……うぐっ」
唐突に、鋭い痛みがリトの身体を貫いた。
痛みをすぐでも和らげたくて服の上から胸をおさえるが、効果はない。
「リト?」
途中からついてこなくなったリトを探して振り返ったラァラは、すぐに事態を察して駆け寄ってくれた。
強く胸をおさえてなんとかやり過ごそうとするが、痛みは増していくばかりか呼吸まで荒くなってくる。壁に身体をあずけたまま、リトはずるずると座り込んでしまった。
「リト、少し休む?」
返事をしようと口を開いたが、呼吸に阻害されて声が出なかった。それでも返事をしないわけにはいかない。こくこくと頷いて意思表示する。
今にも心臓がつぶれてしまいそうだった。
真実を知るのがこわい。レイゼルに会って、彼の口から語られる言葉が最悪の結果だったなら、どうすればいいのか。
「リト、こわい?」
心の中を見透かされたような問いかけに、リトは目を丸くする。はた目で見て分かるほど、顔に出ていたのだろうか。
「そんなに不安なら、わたしが占ってあげる」
目の前で、ラァラは花が咲いたように笑った。
服を強くつかんでいるリトの手の上から、彼女は小さな手を重ねる。
二人を包むのは、一瞬の静寂。そっと目を閉じる。触れられたてのひらがあたたかい。
「大丈夫。この先に悲劇は起きない」
自信に満ちた声だった。
目を開いてラァラを見ると、彼女はじっとリトを見つめていた。揺らぐことのない、意志の強い濃い藍色の大きな瞳。
突然、氷が解けるようにラァラは顔を綻ばせる。
「わたしの占い、当たるよ?」
不思議なことに。
彼女のその言葉を聞いたと同時に、激しい胸の痛みが次第に引いていった。
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