7.三つの宝玉

「行くの?」


 黙って考え事をしていると、ラァラが尋ねてきた。

 見上げてくる濃い藍色の瞳がじっとリトを見つめる。


「うん、行くよ」


 とりあえず、場所は分かった。一度行ったことのある場所だったから、【瞬間移動テレポート】で行けるだろう。


「一人で行くの?」


 重なる問いかけに、リトは首肯する。ラァラの瞳がわずかに揺らいだ。


「わたしも一緒に行ってあげる?」

「え」


 まさかの答えに、リトは動きを止める。

 今、なんと言ったんだ。この子は。


「それは危険でしょう」


 言葉を失うリトの代わりにツッコんだのは、ジェイスだった。

 良かった。彼女を言い諭してくれる大人がもう一人いてくれて。


「大丈夫。危なかったら逃げればいいもん」


 得意げに控えめな胸を逸らしてラァラが言った。

 そんな彼女を見て、ため息まじりにゼルスの怪盗はぽつりとつぶやく。


「逃げられる状況であればいいんですけどね」


 リトもジェイスと同意見だった。

 非力な少女を気軽に連れて行ける場所じゃない。それにライズはリトの部下で、大切な友人だ。本来なら、部外者を巻き込むべきではない。自分だけで行くべきだろう。


「ところで、お尋ねしてもよろしいですか?」

「ああ、別に構わないが」

「あなたは該当の場所へ出向いて、何をするつもりなんです?」


 そういえば、ジェイスには説明していなかったんだったか。頭の中で言葉を選びながら、リトは口を開く。


「生死が分からない友人が魔族ジェマに連れて行かれたから、取り戻しに行くつもりだ。そして、その魔族ジェマを捕らえる」

「なるほど。あなたの目的はいずれにしても、さらわれたご友人の奪還、黒幕の捕獲。これで合っていますか?」

「ああ、合っている」


 頷くリトを確認して、ジェイスはにこりと微笑んだ。


「分かりました。では、残りの宝玉もお貸ししましょう。ただし、必ず返してくださいね」


 懐から取り出した二つの玉を手渡されて、リトは闇色の目を瞬かせた。


 ジェイスが差し出した〝宝玉〟は三つ一組の魔術具マジックツールのようだった。

 先ほど借りた【位置確認ロケーション】の『追跡の地図』、【脱出エスケープ】の『風魔の翼』、そして【一撃死クリティカルショット】の『死の導き』。


 どれもよくできているし、刻まれている術式も丁寧で精緻なものだ。しかも使い捨てではない。

 これほどのものを作るのに、一体どれだけかかるのか。おそらく屋敷が数軒建てても足りないくらいの額に違いない。


「たとえ魔法が封じられても、この宝玉は使用可能なので便利ですよ」

「そうなのか。四年前に行った時には魔法が使えない空間を作り出されていたから、今回もそうかもしれない。だから、助かるよ」


 前回、炎狼フレイムウルフに襲われた部屋はリトが闇魔法を使えないように、光の精霊の気配がしていた。金をかけて罠をしかけていたレイゼルのことだから、今回も用意周到に、魔法を封じてくるに違いない。


「リトは魔法使えなくて大丈夫なの?」


 単刀直入にラァラが聞いてきた。

 なんと答えたものか。誤魔化しは彼女に効かないような気がする。


「正直なところ、剣はそこそこしか扱えないからかなりきついな……」


 そもそも、本職は魔術師ウィザードなわけだし。闇魔法は基本的に補助的なものが多いから護身のために一応剣を扱えるようにしているものの、不安は残る。

 だが、それでも行くしかない。


「仕方ありませんね。私もついて行ってあげますよ」


 唐突な言葉にリトは目を丸くして顔を上げた。背高の怪盗が穏やかな笑みをたたえていて、言葉の割になんだか楽しそうに見える。


「いいのか?」

「その気がなければ言いませんよ?」


 にっこり微笑むジェイスに、リトはただ見ることしかできなかった。

 展開が早すぎて、ついていけない。


「わたしも行くよ」


 続けて、ラァラが言った。

 有難いのだが、さすがに少女、しかも翼族ザナリールの少女を巻き込むわけにはいかない。


「危険なところだぞ?」


 様子をうかがうように見ると、ラァラは自信に満ちた目でリトを見つめていた。

 どくん、と心臓が高鳴る。


「こう見えてもわたしは接近戦だってできる。大丈夫。足手まといにはならないよ」

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