6.灰色の地下牢

 目が覚めたら、灰色の天井が広がっていた。


「あ、れ?」


 そこは暗い部屋だった。照明は壁に吊るされたろうそくの灯火だけ。

 ぼんやりとした意識の中、辺りを見回す。


 灰色の壁と、黒い金属でできた格子の扉。まるで牢屋のようだった。


「生きてる……」


 ぽつりと呟いたと同時に、ライズは泣き出しそうになった。


 あの時。研究室でレイゼルと交渉し、大切な部下と自分自身を交換した夜。

 ティオが解放された瞬間、ライズはすぐさま本来の姿オオカミに戻って逃げようとした。殺されると分かっていたからだ。

 自分なりに必死に抵抗したのだが、無理だった。剣士なのか、レイゼルは剣の扱いがうまくて力もあり、最終的には捕まってしまったのだ。


 そして、力ずくで人型に戻らされて噛み付かれた。もうダメだと、死を覚悟した。

 なにしろ、彼は人の魂を口にしたことで呪いを受けた魔族ジェマ。精神が狂気に侵されているのだ。


 でも、ライズは今、こうして生きている。

 どういうことだろう。噛まれた首筋を触ってみたが、傷口は塞がっていた。


 ——カツン。


 靴の音だった。石畳を鳴らすその音がだんだんと近づいてくるのを感じて、ライズは肩を震わせた。


 誰かくる。

 どうしようか迷ったが、とりあえず床の上で正座した。膝の上に手を添えて、背中をビシッと伸ばす。誰がくるのかはなんとなく予想はついてはいたが、待ってみることにした。


「おや。坊や、もう起きたんだね」


 現れたのは、やはりレイゼルだった。

 四年ぶりに見る彼は、短かった深紅の髪は長くなっていて、後ろでひとつに結んでいた。服装もワインカラーの上着とスラックスで、上品なデザインのものに変わっている。以前は使い古した黒い上着だったのに。

 それでも、見下ろしてくる無機質な薄いグレーの目は相変わらずだった。


「オレをどうするつもりなんですか? どうして、殺さないんですか?」

「今は殺さぬよ。君にはやってもらうことがあるからね」


 話すつもりはないということか。歯切れの悪い答えに、ライズは納得できなかった。


「やってもらうことって何ですか?」


 どうにも嫌な予感が拭えない。

 レイゼルは黙ったまま、質問には答えてくれなかった。


「じゃあ、所長をどうするつもりなんですか?」


 きっと、レイゼルの狙いはリトアーユだろう。彼に【制約ギアス】をかけた張本人だ。恨んでいるに決まっている。


「リトアーユはここに来るだろうよ。もちろん一人でね」

「そんなはずありません。所長が危険だと分かってて一人で来るなんて、そんなに愚かで無謀なことはしませんよ」


 ライズの青灰色の目がレイゼルを見上げる。無機質な目が笑った。


「いや、来るよ。弱りきった身体でね」


 こいつ、まさかリトアーユに何かしたのだろうか。


「どういうことですか?」


 ふ、と口許を緩めて、レイゼルは口を開く。


「四年前、坊やが炎狼フレイムウルフに襲われた時、リトアーユは胸をおさえていた。ああ、【本性変化トランストゥルース】した時もだね。リトアーユは君に何かあると心臓を痛める、私はそう推測するよ。ある意味、一種の病気なのかもしれないがね」

「じゃあ、オレが死んでいると思い込んでいたら、所長の心臓止まってるかもしれないじゃないですか」


 揺れる感情を顔に出さないように、キッと睨みつける。

 なにが面白いのか、レイゼルは愉悦の笑みを浮かべた。


「そうなったら、それも仕方あるまい」


 自分勝手だ、この人。今さらだけど。


「所長は一人で来ないですよ」


 無機質な瞳を見据えて、ライズは負けじと言い放った。

 レイゼルは挑発には乗らず、何も言わなかった。きびずを返し、再び靴音を鳴らして出て行ってしまった。


 牢屋に静けさが戻ってきた。

 相手がいなくなったことで、ライズはほぅと息を吐いた。足を崩して楽な姿勢で座り、目の前の壁を見上げた。

 石でできた無機質な灰色の壁だ。見ていると不安になってきてそのままうずくまる。


「お願いだから一人で来ないでくださいよぉ、所長」


 届いて欲しい一心で、ライズは壁に向かって呟く。

 まるで祈りのようだった。

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