5.ゼルスの泥棒猫
翌日の朝、目が覚めるとラァラがそばに立っていた。
そして、彼女のすぐ隣には初めて見る長身の男の姿が。
「私はあなたの小間使いではありませんよ、小鳥」
「別にいいじゃない。貸すくらい」
リトが起きたことに気づいていないのか、二人は会話を続けている。
耳が短く尖っていて、男は側から見て容姿が整っている顔立ちをしていて若かった。十中八九、彼は
少しくせのある長い銀髪をひとつにまとめていて、切れ長の両目はきんいろ。属性はおそらく光だ。
声も初めて聞くし、たぶん初対面だ。それなのに、どこかで見た覚えがするのはなぜなのか。
観察しながらあれこれ考えていると男の目が動き、リトの黒い瞳とかち合った。
「おはようございます。加減はいかがですか?」
口元には穏やかな微笑みとよどみない丁寧な敬語が印象的だった。
目を瞬かせ、リトは少し表情を固くして口を開く。
「誰だ?」
「ゼルスの泥棒猫で、銀闇と呼ばれています。でも、ここではジェイスと呼んでくださいね」
そうか。どうりで見覚えがあるはずだ、とリトは納得する。ゼルス王国で手配書に描かれていた男だ。
ゼルス王国とはリトの住むティスティル帝国とは別大陸の国なのだが、リトは四年前、
新聞によく取り上げられていたゼルスの怪盗がそう呼ばれていた。
ジェイスという名前はおそらく本名なのだろうが、泥棒がそうやすやすと本名を名乗ってもいいものなのか。呑気に姿を見せて挨拶している様子から見ても、何かを盗みにきた様子はないようだが。
「俺はリトアーユと言う」
とりあえず向こうが名乗ってきたので、自分も名乗っておくことにする。
起き上がって相手の男、ジェイスを見上げると、彼はにこりと笑った。
「ええ、知っています。総帥のお友達ですね」
「総帥……?」
「ロッシェ=メルヴェ=レジオーラ。ご存じでしょう?」
予想外のところで懐かしい名前が出て、リトは目を丸くした。
ロッシェとは、四年前に一緒に旅をしていた
「ロッシェの知り合いなのか?」
「はい。彼とは仕事上の付き合いですが、懇意にさせていただいているんです。彼からあなたについて聞いたことがあります。なので、信用できますよ」
自分のことなのに、信用できるとは何だろう。まるで他人事みたいな口ぶりのジェイスをリトは訝しげに見上げた。
「それで、俺に何か?」
その問いかけに答えたのはゼルスの怪盗ではなく、ラァラだった。
「ジェイス、この人に『追跡の地図』を貸してあげて」
「そういうことでラァラに呼ばれたんですよ」
リトは脳内で、昨晩の会話を思い巡らしてみる。そういえば、彼女は誰かを紹介すると言っていたんだったか。
「ラァラ、昨日言っていた探し物に便利なアイテムを持っている人は彼なのか?」
「うん、そう」
こくりと頷く少女から、リトは笑みを崩さずに佇んでいるジェイスに視線を移した。
「風魔法の【
言うのと同時に透明な水晶玉を差し出される。ずるずると手の甲にまで伸びてくる袖をまくり上げてから、リトは水晶玉を受け取った。てのひらに乗るくらいの大きさだ。
風魔法の【
なるほど、『追跡の地図』とはセンスのいいネーミングだな、とリトは思う。これは誰かを追跡するために作られた、かなり精度の高い
「本当に借りてもいいのか?」
これは高価な
「必ず返してくださるのでしたら構いません」
「すまない」
一言だけぎこちない礼を言って、リトはあらかじめジェイスに教えてもらった
風魔法の【
魔法は無事に発動したらしい。水晶玉に地図が浮かんできた。点灯する小さな光がレイゼルの居場所だろう。
「……意外と近いな」
水晶玉が映した位置は、リト自身も足を運んだことのある森の中だった。
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