4.寂しがり屋の病気

「俺の大事な友人が、吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマに殺されたんだ」


 ひとしきり落ち着いた後、頭の中が少しすっきりしてきたのもあって、リトはそう吐き出した。まだ重い気持ちで胸が軋むように痛かったが、ラァラもラディアスも黙って促してくれたから話す気になれたのかもしれない。


「俺のせいなんだ」


 あの紅い髪の魔族ジェマ、レイゼルに会ったのは四年前だった。彼に陥れられた時、リトはなんとかレイゼルを追い詰めはしたものの殺したり通報したりするのではなく、【制約ギアス】の指輪を使って遠ざけるだけにした。

 その指輪はリトがもともと別の用途のために開発した魔術道具マジックツールで、魔力を込めるだけで闇の高位魔法【制約ギアス】を使用することができる代物だ。つまり指輪さえ手元にあれば、簡単に使いたい相手に禁止命令を与えることができる。

 だが、魔法を解く手段が全くないわけではない。初めから分かりきっていたことだった。


 ライズを奪われた今となっては、過去の行動が大きな後悔として広がっていた。


「その吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマ、知ってるの?」

「ああ、知っている。奴はあいつを恨んでいるから殺したんだろう。きっと、俺のことも恨んでいるだろうよ」


 全く予測していないわけではなかった。いずれ現れるだろうと思ってはいたが、予想よりも早かったのだ。


「キミは、お友達の遺体を見たの?」


 今度はラディアスが尋ねてきた。リトは黙って首を横に振る。


「俺は自分の目で見たわけじゃない。だが、信頼できる俺の部下が確かに自分の目で見たんだ。あいつが殺されるところを」


 ライズはレイゼルに血を吸い尽くされたのだろう。実際、部下のティオが目撃しているから間違いない。


 それにレイゼルは他種族を狩って喰らったことのある魔族ジェマだ。

 人を食らって魂を狂わせた魔族ジェマは、大抵の場合人に手をかけることを厭わない。だからレイゼルもライズを喰らうことに躊躇わなかったのだろう。


 四年かけて、レイゼルは戻ってきた。

 彼はまずリトの前に直接現れずに、まず部下のライズを仕留めた。だとすると、あの赤い魔族ジェマは直接狙うのではなく、リトに関わりのある知人や友人を標的にするのだろうか。

 レイゼルなら、研究所に置き去りにされているライズの遺体を持ち去って、悪用するのかもしれない。


「でも、死んでいるところ見てないんでしょ?」


 鈴の音のような声にハッとして、リトは顔を上げた。

 ベッドのそばにある椅子に座っているラァラが、まっすぐ彼を見ていた。濃い藍色の瞳は透明な光をたたえている。なぜか目をそらせず、リトは少し戸惑った。


「それはそうだが……」

「だったら、分かんないよ」


 根拠のない言葉なのに、反論できないのはなぜなのか。それだけラァラの目は意志が強く感じられた。


「そうだな」


 ライズが生きている可能性は限りなく低いのに、リトはこの時思わず頷いてしまった。

 たしかに自分の目で見たわけではない。事実を確かめてから、それからどうするか決めてもいいのかもしれない。


「探しに行くの?」


 まるでこちらの思考を読んだかの問いかけに、リトは目を丸くする。首肯すると、次の質問が飛んできた。


「場所は分かるの?」

「分からない。手がかりが少ない以上、情報を集めて見つけ出そうと思っている」


 それなりに時間はかかるだろうが、手段を考えればいい。場所を特定しないことには探しには行けない。


「早めの方がいいんでしょう?」


 さらに重なる問いかけとまっすぐな視線を向けられ、リトは固まる。


「それは、そうなんだが……」

「探し物に便利なアイテムを持っている人がいるから紹介してあげる」


 また、ラァラがにこと笑った。


 誰か紹介してくれるようだが、探し物に便利なアイテムなんて想像つかない。なにかの魔術具マジックツールだろうか。

 あまりにも急な展開についていけず、ひとまずリトはありがとうと礼だけ言っておいた。






「ところで、俺の病気はどういうものなんだ?」


 時刻がすでに夜だったこともあって、ラァラは別室に眠りに行った。本来翼族ザナリールは早く寝る習慣がある。それにも関わらず、彼女は倒れたリトが目を覚ますまで起きてくれていたのだろう。

 そういうわけで、リトの部屋に残っていたのはラディアスだけだった。医者だという彼に質問するのは今が絶好の機会だと思い、リトは少し頭の隅で引っかかっていたことを尋ねてみたのだった。


「いつからなの? 心臓が痛むようになってから」


 力の抜けた笑みを浮かべて、ラディアスが尋ねてきた。彼は先ほどまでラァラが座っていた椅子に座ってリトと向かい合っている。


「四年前からだ」


 はっきりとした痛みを覚えたのは、レイゼルの飼い狼がライズに怪我を負わせた時だった。


「それまで医者にかからなかったの?」

「いつも痛むわけじゃなかったんだ」


 正直に答えると、へらりと旅医者は笑う。


「だめだよー。ちゃんと命は大切にしなきゃ」


 確かにその通りだ。間違ったことは言ってないのだが、リトはやっぱり傷ついた。これでも四年前のあの日から、生きることを諦めていないつもりなのだが。

やはり、まだ自分にはどこか足りない要素があるのか。


 リトの思考が沈みかけたその時、医者は言葉を続けた。


「キミの病気は寂しがり屋の病気だね」


 なんだ、その適当な名前は。

 リトが怪訝な目を向けても、ラディアスは笑ったままだ。


「どうしたら治るんだ? 精霊が心臓を止めようとしていたんだ。命に関わる病気だろう」


 魔族ジェマに限った話ではなく、人の身体は精霊の巡りで作用しているものだ。だから、悲しみの精霊バンシーが心臓を止めようとすること自体、普通ならありえない。


 リトの真剣な質問にんー、としばらく唸っていたラディアスは、ふと向けられていたリトの闇色の瞳を見返した。そして再び、へらりと笑う。


「それさぁ、恋をすれば治るよ」


 こいつ、本気か。

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