振り向けば君がいる

 出掛けの準備を終えたジェリーとローザは、山へと向かった。

 崩れた土砂の一角に、昨日ジェリーがあけた道がそのままの状態で残っていた。


 二人はそこを通って、山の奥地へと進んでいく。

 ところどころ泥濘ぬかるみや沼地があり、ジェリーたちは足元に気を付けながら慎重に先へと進んで行った。


 やがて、少しひらけた場所に出る。

 ジェリーとローザは、そこにシートを敷いて食事を取ることにした。


 ローザがたずさえてきたバスケットからサンドイッチと飲み物を取り出して、シートの上に並べる。

 ジェリーはサンドイッチをかじりながら、周りをキョロキョロと見回した。

「遺跡でもあるかと思ったんだけど、拍子抜けだな」

「そんなものが簡単に見つかる訳がないじゃない」

「それなりに、苦労はしてるんだけどな……」

 ジェリーはフウと溜め息を吐いた。


 山の中はとても静かだった。

 どこからか鳥のさえずりが聴こえてきたが、それ以外に音というものはなく、二人の呼吸が身近に感じられた。

 まるで、この世界には自分たちしかいない——そんな感覚に、ジェリーは捕らわれていた。


「なぁ、ローザ……」

 ジェリーに呼び掛けられて、ローザは顔を上げた。

「なぁに?」

「また明日も一緒に遊ぼうぜ。ローザと居ると、俺は、とても幸せな気持ちになるんだ……」

 ジェリーの言葉に、ローザの頬に赤みが掛かる。

「な、何よ。やぶから棒に……」

 照れ隠しのつもりなのか、ローザはプイッとそっぽを向いた。


「でも……う、嬉しいわ。こちらこそ、よろしくね」

 二人は見つめ合い——そして微笑み合った。

——そんな至福の時間を掻き乱すかのように、鳥たちが突然ざわめき立つ。


「……見付けた。ジェリー」

 呼び掛けられて振り向くと、目をぎらつかせたメアリーの姿がそこにあった。

「メアリー?」

「ど、どうしてここが……」

 ジェリーとローザが驚いた顔になる。

 メアリーは頭を抱え、ハァと溜め息を吐いた。

「……ジェリー、ジェリー……。あぁ、ジェリー……」

 芝居がかったような口調で、メアリーが嘆く。

「……駄目だよ、ジェリー。ジェリーはメアリーとしか、遊んじゃいけないんだから。……ねぇ、ローザさん。その意味、分かるよね?」

 メアリーに責め立てられ、ローザは俯いてしまう。

 そんなメアリーの言い草に、ジェリーは呆れた顔になる。

「あのなぁ……。俺が誰と遊ぼうが、そりゃあ、俺の勝手じゃねぇか……」


 ふと、ジェリーの脳裏にオランゴの顔がチラついた。

 オランゴは、ジェリーがローザと親密になるなと忠告してきた。

「……うん。貴方が誰と遊ぼうと、それは貴方の勝手……」

 先程までの言い分は何だったのだろう。

 メアリーがジェリーの言葉を肯定してきたので、ジェリーは目を丸くしてしまう。

「だったら、放っておいてくれよ!」

「……放っておけない。ジェリーは違うから。……ジェリーはメアリーと、いつも一緒に居なきゃいけないから……」

 顔を上げたメアリーが、真っ直ぐジェリーを見詰めた。

——その瞳は、暗くよどんでいた。

 怒り──嫉妬しっと──悲壮感ひそうかん──あらゆる負の感情が、その瞳には渦巻いていた。


 メアリーが口を開く。

「……メアリーと一緒に居ないジェリーなんか……」

 ボソリとメアリーが呟いた。


 ハッと何かに気が付いたローザが、ジェリーの手を取る。

「えっ、ちょっと……」

 困惑するジェリーに向かって、ローザが叫ぶ。

「逃げましょう! 早く!」

 ローザが凄い剣幕で叫んできたので、ジェリーは素直に従って足を動かした。


 ローザに引っ張られながら後ろを振り向くと、メアリーが憎しみのこもったような鋭い目で、こちらを睨み付けていた。


「……許さない」

 小さく呟いたメアリーの声が近くで聞こえたような気がして、ジェリーはブルリと背筋を震わせた。

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