訪問者からの忠告

 日没近くなり、ジェリーはメアリーやローザと別れて自宅に帰った。

 今日は一日土砂の撤去作業に費やしたのでクタクタだった。

 そんなジェリーの苦労をねぎらってくれた二人は、あっさりとジェリーを解放してくれた。


 あの土砂の先には、いったい何があるのか——。

 それはまた、明日調べることにした。


 手や足の筋肉が、とても痛んだ。

 メアリーのお陰で泥汚れも酷かったので、まずはお風呂に入ってリフレッシュすることにする。

——ちゃっちゃと湯を沸かして、風呂に入って休もう!


 浴槽よくそうにお湯が溜まるまでしばらく時間があったので、やることもないジェリーはソファーに腰掛けてボーッとした。


 ふと、頭に浮かんだのはローザの姿である。

 ツンとしていて付き合いにくそうに見えるローザだが、単に自分の気持ちを表現することが苦手なだけである。

 本当は心優しい良い女の子であることを、ジェリーは知っていた。


 彼女のことを思い浮かべながら、デスクの引き出しから日記帳を取り出す。

 何も書かれていない、真っ白なページを開いてペンを握る。

『ローザについて……』

 ツラツラと、思い付いたことを書いていく。

『ローザは太陽みたいな女の子だ。眩しくて、真っ直ぐに見ていられない』

 頭に浮かんだローザの印象は、そんなところだ。

『でも、俺にとって掛け替えのない存在だ。彼女とはこれからも仲良くしていきたい』

 ふうーっと、ジェリーは息を吐いた。

——そろそろ、湯が沸いただろうか。

 パタンと日記を閉じると、デスクの引き出しの中にしまった。


 実のところ、ローザと過ごす他愛たわいのない日々がジェリーにとっては幸せだった。

 メアリーが毎日のようにジェリーを誘いに来るので、なかなかローザと二人切りになれる機会はなかったが、それでも少しでも顔を合わせられただけでも嬉しい。

 ジェリーとて、自分の気持ちを素直に言葉で表すことが苦手であった。だから、ローザにはきちんと直接、自分の気持ちを伝えられていない。


──ローザは俺のことを、どう思ってくれているんだろうか。


 そんな思いをいだきつつ、ジェリーにはもう一つ考えなければならないことがあった。

「明日は何をするかなぁ……」

 当然のように、明日もメアリーはやって来るだろう。

 頼んでもいないのに、メアリーは世話役係を買って出ている。毎日起こしにやって来て、そのついでに「どこか遊びに連れていけ」と口うるさくせがまれるのだ。

 迷惑な話であるが、色々と恩がある分、断るのも悪いように思えた。


──トントン!


 不意に、玄関の扉が誰かにノックされた。来客があったようだ。

 メアリーやローザではない。二人であれば、わざわざ律儀にノックなどせずに、勝手に家の中に上がり込んで来るだろう。

「どなた?」

 ジェリーはドア越しに、訪問者に呼び掛けた。

『ああ、俺だ。オランゴだ。ちと、いいか?』

 オランゴがわざわざジェリーの家を訪ねてやって来るのは珍しい。

 まさか、昨日のビデオデッキがやっぱり惜しいからと引き取りに来たわけではあるまい。

 ジェリーは扉を開けると、オランゴを家の中に招き入れた。


「すまんな。こんな時間に押し掛けたりして……」

「構わないけど……。それより、何の用?」

 さっさと用件を済ませて、体を休めたいところである。

 オランゴは真面目な顔付きになり、声を潜めた。

「実は、お前に忠告しに来たんだ」

「忠告だって?」

 そんなことを言われる心当たりもなかったので、ジェリーは不意を突かれて目を丸くしてしまう。

「ああ。余り、ローザとは親しくなるな」

 オランゴの言葉に、ジェリーはキョトンとした顔になる。

「何を言ってんだ? あんたには、関係のないことだろーが」

 突然、人の家にやって来て、この人は何を言っているのだろうか——。

 ジェリーは、オランゴをにらみ付けた。

「俺が誰と遊ぼうが、そりゃあ、個人の勝手だろうが。そんなことを、わざわざ人んちにまで、言いに来たのかよ」

 ジェリーはあきれてしまったが、オランゴはあくまでも真剣だ。

「普通の村であればな……」

「あん? どういうことだ?」

かく……これは、お前のことを思っての忠告だからな。お前らは、余りにも親しくなり過ぎている。……これ以上のことは、村のおきてに抵触する恐れがあるから言えんが……」

「村の掟?」

 そんなこと、この村にずっと住んでいるジェリーにも初耳だ。

 オランゴは、失言でもしてしまったかのように、ハッとなって自身の手を口でふさいだ。

「そ、それだけ言いに来たんだ。邪魔をしたな!」

 オランゴは一方的に話を打ち切ると、そそくさと家から出て行ってしまった。


「なんだい、ありゃあ?」

 ジェリーはオランゴの背中を見送りながら肩をすくめたのだった。

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