土砂の撤去作業

「……ばたんきゅー」

 メアリーがそんな言葉を呟きながら地面にドサリと倒れたのは、作業開始から十数分——。

「早すぎるだろ……」

 スコップでせっせと土砂を掘り、倒木の除去作業など力を使うものはジェリー一人が行っていた。

 それなのにメアリーが音を上げたので、ジェリーは堪らず呆れた顔になる。

「だから、来なくていいって言っただろーが」

「……ウハウハ。ウハウハのため……」

 横たわったままのメアリーは、ウハウハと繰り返していた。


 そんなメアリーのことを無視して、ジェリーは土砂撤去作業に没頭した。

 正直のところ、メアリーの相手をしなくて良い分、一人で作業をする方がずっと気は楽だ。


 この土砂がいつ崩れて、この道が塞がったのか——正直なところ、ジェリーには記憶がない。

 ただ、何度か土砂に塞がれたこの道を通るたびに、奥に行けないものかと考えていた。

 そして今日、ジェリーは村のためにひと肌脱ぐことにしたのである。報酬はでないが善意で、土砂の除去作業を行っていた。


「よいしょっと!」

 せっせ、せっせとジェリーは土を掘る。

 土の上だというのに、横たわったままのメアリーは平気で頬杖をついている。汗水を垂らしながら作業に没頭するジェリーの勇姿ゆうしを黙って見守っていた。


 土砂撤去作業を始めてから数時間──日も暮れかけた頃に、人が一人通れるくらいの道があいた。

 ジェリーは額の汗を袖口で拭いながら、息を吐く。

「……お疲れ様」

 メアリーがねぎらいの言葉を掛けながら、手を差し出してきた。

——握手でもするつもりなのだろう。

「お、おう……」

 ジェリーはその手を握り返すか躊躇ちゅうちょしたものだ。

 泥の上に横たわっていたメアリーの全身は、作業をしていたジェリーよりもドロドロに汚れていた。

 しかし、握手を求められて断るというのも、礼儀を欠くように思えた。

「ありがとう」

 ジェリーは差し出されたメアリーの手に手を重ね、握手をした。


──ブチュッ!

──ビチャッ!


 メアリーの手を握った瞬間——不運なことに、メアリーの手に付着していた泥が飛び散った。そして、まるではかったかのように、泥は真っ直ぐにジェリーの顔面目掛けて飛んだのである。


——ブリュリュッ!

「あ、あのさぁ……」

 顔に泥がついたジェリーは、額に青筋を浮かべた。

「……物理法則を無視した、見事な泥の動き……」

 れするように、メアリーは呟いている。


「ジェリー!」

 呼び掛けられたので、ジェリーは振り返る。

 ローザが手を振りながら笑顔でこっちに走ってきていた。

「ああ、ローザか」

 ジェリーが笑顔を浮かべると、近付いてきたローザはギョッとした顔になる。

「ずいぶんとドロドロね」

「ああ。土砂を除去していたからね」

「まぁ! 凄いわ! これ、ジェリーがやったの!?」

「まぁな!」

「すごーい! カッコイイ!」

——あははは!

 笑顔で見詰め合う二人——。

 他人を寄せ付けない、二人だけの世界に入り込んでいた。


 すっかり忘れ去られたメアリーはプウッと頬を膨らませて、ジェリーを睨み付けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る