おはよう、ネトラ

窓拭き係

おやすみ、ネトラ

「おはよう、ネトラ。」



 むかしむかしあるところに、ひとりの少女がおりました。少女の名はネトラといい、それはそれは可愛らしい少女でした。



 ネトラには仕事がありました。大きな画板に絵を描くことです。普通の絵の具で、普通の絵を描くのです。何を描いてもよいのです。それが普通であるならば。

 けれども私はそうは思いません。何を描いてもよいですし、普通でなくともよいのです。大切なのは「描く」ことではなく、「描いた」ということなのです。描くことは価値にならず、描いたものが価値になるのです。

 ネトラにはそれをわかってもらいたかった。私にはできなかった生き方を、自由に縛られない人生を送ってほしかった。世の人は「普通であれ」と言うけれど、でも誰もが、普通の絵を見ると「凡作で、普通で、つまらない」と言うのは、決して矛盾ではないのです。みんな、「普通の絵を描こうとすること」に価値を感じているのです。

 だから、ネトラ、あなたには、好きなものを描いて欲しい。あなたの劣等感、興奮、愛情、悲哀、困惑、疑念、全部があなたの輝けるものになるような、そんな絵を描いて欲しい。


 眠るネトラは、静かに寝息を立てています。赤みのある身体。生きている身体。それがあなたの画板です。私にはもう無い、その真っ白なキャンバス。

 どうか、どうか、これから起こる事柄が、全てあなたを綺麗に彩る絵の具になりますように。


 いまはむかし、あるところにひとりの少女がおりました。少女の名はネトラといい、それはそれは可愛らしい少女でした。


「おやすみ、ネトラ。」

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おはよう、ネトラ 窓拭き係 @NaiRi

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