ライヤ:4 キジマ

キジマ――喜嶋良祐の店は、八百屋だ。

ノガミの店のある丁字路を曲がり、ひとつ先の角を曲がればすぐそこ。

野菜の入った木箱の前で、壊れかけのパイプ椅子に座る体格のいい男。

それがキジマ商店の店長、キジマだ。

目つきの悪さと体格の良さが相まって、一見逃げ出したくなるような雰囲気の男だが、実のところは気のいいやつだ。ノガミと同じく、俺の昔からの知り合いである。

「キジマ」

「おう、ライヤか。今頃来たって遅せーぞ、ほとんど売り切れだ」

木箱の中を覗きこんでみれば、状態の悪い野菜がいくつか残っているだけだった。

「お前の兄ちゃんのせいだな、ルカイが来るとほんとに良く売れるんだから」

「良かったじゃないか、ルカイ兄に感謝しろよ」

キジマははあ、とため息をつく。

「売れるのはいいんだがなあ、同じ男としちゃ微妙な気分だぜ。来るのは女の客ばっか、それも俺の方には見向きもしねーし」

「そりゃキジマはそうだろ」

「おいライヤ、どういう意味だそりゃ。お前だって女受けしないだろ、チビだし」

「俺はいいの、俺はルカイ兄の弟なんだからこれから伸びるんだよ」

「はっ、どうだかな」

鼻で笑うキジマのことは無視して、俺はまだましな様子の野菜を選別する。

「そういやルナちゃんは?姿が見えないけど」

ルナちゃんはキジマの妹だ。キジマの家はこの兄妹だけで八百屋を経営している。

「ルナは奥で帳簿つけてる。昼間ルカイの後にひっついてばかりで遊んでたからな」

そう、ルナちゃんはどうやらルカイ兄にご執心らしいのだ。まだ子どもと侮るなかれ、彼女はルカイ兄に会うたび猛アタックしてくる。

俺はキジマに野菜の代金を払って、そして店を出ようとしたところで、ある物に気付いた。

「……新聞?」

木箱のささくれに新聞の切れ端が引っ掛かっている。

新聞。当然廃都と化したヨコハマではそんなもの発行されていない。俺は図書館に住んでいるから見たことがあるけど、キジマの家にあるのは違和感がある。

「キジマ、どうしたんだこの新聞」

日付は2ヶ月前。端に『王都新聞』の文字。

―――王都の新聞?見たことがない。

「ああそれ?ルナが帳簿つけてる紙が飛んで来ちまったんだな」

確かに書きなぐられた数字が見える。ルナちゃんの奮闘の跡だろう。

「なんでキジマが王都の新聞なんて持ってんだよ」

「前に王都まで行ったときに拾ったんだ。知らねーのか、王都の周りにはいいもんたくさん落ちてんだぜ」

「き、キジマお前王都に行ったのか!?」

「あー、お前図書館に住んでっから紙に困らねーのか。結構いるぜ、紙やらを求めて王都に行くやつ」

知らなかった。廃都の住人が王都まで出向いていたなんて。

「入ったのか?王都ってどんなとこなんだ」

「ばーか、入れるわけないだろ。王都は柵で囲まれてるんだ。その周りで飛ばされてきたもん拾うだけだよ」

―――王都。タムカイドの住まう国。遠い場所だと思っていたけれど、

(……近くまで行けるんだ)

どんな場所だろう。俺たちを締め出してぬくぬくと暮らしているという彼らは、どんな顔をしているのだろう。

(見てみたい)

「ありがとう、またなキジマ」

キジマに別れを告げて店を出る。

明日は仕事は休みだ。いつもならどこかの店でバイトをするところだけれど、一度くらいは。

この世界を作ったやつらの国を、見に行ってもいいのではないだろうか。


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