ライヤ:2 世捨て人さん

一瞬強盗かなにかかと思って身構えたが、よく見れば知人だった。

やたら縦に長いシルエット、真っ黒いコート。二十歳そこそこに見えるけど実は三十を越えている。いつも穏やかに微笑っているが、目が笑っているところは一度も見たことない。

知人だった。強盗ではないだろう。だが、かといって安心はできないのがこの人だ。

「こんばんはライヤくん、久しぶりだね」

例により今回も、一見爽やかだが嘘くさすぎる笑みを浮かべている。

この人は世捨て人さん(自分でそう名乗っている。イタイ)。怪しいひとだ。

「ああ、はい、そういえば久しぶりですね。どこにいたんですか」

世捨て人さんは放浪を続ける根なし草だ。

前触れもなく現れたかと思えば、一月ほどで姿を消す。とはいえ大抵は旧神奈川県周辺をうろついているはずなのだが、今回は確かにしばらく会わなかった。

「ヨコハマ駅の方にいたんだ。ちょっと用があってね」

「よ、ヨコハマ駅?あんなとこに?」

旧ヨコハマ駅は今や危ないひとたちの巣窟である。かつて栄華を誇った場所だけあって、今でもものを売る店が集まり比較的栄えているけれど、だからといって気軽に訪れれば身の安全は保証されない。

「なんだってあんなとこに」

「そこまで危ないところでもないさ。むしろああいう場所の方が、居心地のいい連中もいる」

………世捨て人さんもそういうひとたちの仲間だったりするのだろうか?

怪しくはあっても危ない人ではないと思っていたのだが。

「まさか、今回はここら辺に住むんですか」

「そう。ここにね」

「ここ!?ここですか!?……ここ、俺の通勤路なんですけど!?」

「そうなんだ。これからよろしく、ライヤくん」

嘘だろ?遠回りしようかな。

…いや、別に嫌いではないのだ。ルカイ兄が信用しているくらいだし、悪い人ではないだろう。

だけど、そう、この人は苦手だ。同じ怪しい人でもあのお姉さんの方は大丈夫なのに、なぜだろう?

「ところでライヤくん。さっきの子は誰なんだい?」

「…え?」

「さっき一緒に歩いてただろう」

コウ先輩のことか?見てたのか。

「コウ先輩ですよ。職場の先輩です」

「コウ、ね。苗字は?」

………苗字?

コウ先輩の、苗字は、

「なんだっけ…知らないな」

「そう。ならいいよ。引き留めて悪かったね、ルカイくんによろしく」

なぜ、そんなことを訊いたんだろう?

まあいい、あまりこの人に関わりたくない。

俺はその路地を後にして、ルカイ兄の待つ図書館へ、急いだ。

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