ライヤ:1 廃都ヨコハマ

機械の駆動音が狭い工場中を響き渡る。

見渡せば、老若男女がみなそれぞれの機械の前に陣取って、この『恵まれた』仕事に取り組んでいた。

その中の一人、十六歳の少年ライヤは、自分の作った部品が何に使われるかを知らなかった。

きっとここにいる全員が知らないだろう。

そんなことも知らないまま、俺たちは部品を作り続ける。与えられたことだけを、顔も知らない『彼ら』のために。

…この仕事は『恵まれて』いるのだ。

何せ、唯一電気が使える場所なのだから。

この廃都、ヨコハマの中で、唯一。


この国のことについて、俺が知っていることは少ない。だからこれはすべて、ルカイ兄に聞いたことだ。

二十年前、『タムカイド』という一族がどこからか日本(この国の当時の名前だそうだ)にやって来て、あっという間に首都トーキョーを占拠した。そしてタムカイド国の王都トーキョーと改名して、この国は一度崩壊した。トーキョーの外に住む、あるいは追い出された人びとは、豊かな者は海外に逃げ、勇敢な者はタムカイドに逆らって殺された。そして多くの残された者は、成す術なく、電気も水道も絶たれ廃都と化したいくつかの町で、細々と、ひっそりと暮らしている。海の外にあるという国々も、正体不明のタムカイドを恐れ何もできなかった。

外へいく船も、今はもうない。

俺たちは、この閉ざされた灰色の国で、貧困と屈辱にまみれて生きていくしかないのだ。



「ライヤ!終わりだぞー!」

耳障りな駆動音の向こうから、コウ先輩の大声が聞こえる。

終わりの時間らしい。

この廃れた街にもまだ良識というのはあるらしく、十八歳以下は夜六時までしか働いてはいけないのだ。

機械の電源を切る。

働く人びとの間の狭い通路をどうにか通って、俺はコウ先輩のいる入り口に急ぐ。

「お疲れさまです、コウ先輩」

「お前もな、ライヤ」

コウ先輩は俺よりひとつ歳上で、とても頼りになるひとだ。この廃都じゃ珍しいくらい落ち着いた優しい性格の先輩。

工場から出れば、季節柄もう日は暮れていた。

真っ暗な道を照らすのは頼りない月明かりだけ。昔は街灯というのが道を照らしていたらしいけれど、今となってはそれは折れ曲がったただのオブジェだ。

「なあライヤ、お前、『ホトトギス』って知ってるか?」

雑談の中で、コウ先輩は突然そんな事を訊いてきた。

「ほととぎす…って、鳥ですよね?見たことはないですけど…」

「あ、いや、鳥じゃなくて、そうじゃなくてな」

「?」

先輩はなぜか歯切れが悪い。

「…知らないならいいんだ、気にしないでくれ」

そう言われて気にしないでいられる奴がいるだろうか。

「そう言われると余計気になりますよ。何なんです、そのホトトギスって」

コウ先輩はしばらく黙っていたが、俺の視線に負けたらしくようやく話し始めた。

「…薬だよ」

「薬?」

コウ先輩の声は内緒話でもするように小さい。

大分工場地帯から離れて、通行人はほとんどいないのに。

「西の畑のこと、お前も聞いたことあるだろ。そこで育てられてる薬草が、ホトトギスっていうんだ」

西の畑。

聞いたことはある。ここヨコハマからずっと西に行ったところにあるという、広い広い畑のことだ。何を育てているのか、俺たちは知らない。ただ、王都向けに作られているもので、盗ろうものなら恐ろしい目に遭うとだけ、みんな知っている。

「万病に効く秘薬」

コウ先輩はやはり小さい声で呟く。

「らしいぜ。今日俺の担当のとこで噂になってたんだが、お前んとこじゃ違ったんだな」

「知りませんでした。万病に効く秘薬…」

ちょうどそこで、いつもコウ先輩と別れる交差点に着いた。

「じゃあなライヤ、次は…、3日後か」

その通り、次の出勤日は3日後だ。競争率の高い仕事だから、入れ替え制なのだ。

コウ先輩に別れの挨拶をして、再び帰路を歩き出す。

ここからは細い路地だから、先ほどよりも更に暗い。がらくたやらごみやらが溢れかえる道を、俺は足早に歩いてーーーー行こうとして、不意に物陰から現れたひとにぶつかった。

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