「平成が終わるまでは付き合って」と彼女は言った

富士之縁

第1話 2019年のエイプリルフール

「平成が終わるまでは付き合って」


 2019年4月1日の正午前、高校の制服を着た少女が僕の目の前で言い放った。

 平田ひらた成子せいこ。長い付き合いになる人だ。しかし、男女の付き合いというわけではない。

 そんな関係なので、今更そんなことを言われても、という感想しか出て来ない。

 姓と名から一文字ずつ取れば「平成」になるから、時代に殉じようとでも言うのだろうか? しかし、長年の付き合いから、彼女が自殺願望を持っていないことは明白なので、その説は否定する。

 となると……。


 ぼくはカレンダーに目を遣って、

「ああ、今日はエイプリルフールだったね。それにしても、君の何に付き合えばいいのかな?」

 ぼくの反応がお気に召さなかったのか、少しむくれた表情で、

「何、ってそのままの意味だけど」

「僕が君に付き合ったことなんてないような気がする。いつも君が勝手に僕の話に付き合っているだけだろう?」

 まさしく、今もこうして。


 怒っているような、呆れているような溜め息が聞こえた。


「気分の問題だから、どっちがどうとかどうでもいいのよ。とにかく、平成が終わるまでは一緒にいましょうね、というだけの話」

「……を、エイプリルフールの今日この日に伝えに来たってことかい?」


 今度は明らかに怒った声音だった。


「新しい元号が発表されたのを見て思いついたから言いに来ただけ!」

「ああ、もうそういう時期だったか」


 発表されたばかりの新元号の名前と由来を確認し、彼女がもたれている窓枠から姿をのぞかせている桜の木を見ながら呟く。

「令和……万葉集……梅の花……。ちょっと遅かったね」

 彼女も、徐々に満開の季節を迎えようとしていたその花を少し寂しげな面持ちで見遣りながら、


「とにかく、平成が終わるまでは……ね?」

「いやぁ、無理だろう。僕たちの関係、けっこう限界だよ?」


 そんなことは彼女の方が理解しているはずだ。

 つまり、一連の宣言は、僕に対してというよりも自分に対してのお願いとも取れる。

 そこまで分かってしまえば、無下に断るわけにもいかない。まあ、僕もカノジョがいるわけでもないから、無理に断る理由もないのだが。


「分かった。その話、請け合おう。平成が終わるまで、ね。代わりに1つ、質問してもいいかな?」

 自分の要求が通ったからか、彼女は頬を緩めて頷いた。

「どうぞ」


「令和が始まったら、どうする?」


「それは……」

 平成が終わる事を想定していなかった、という沈黙ではない。令和がどんな時代になるのか予想出来なくて困っているわけでもない。

 これは至極単純な僕たちの問題。色んなものから引き裂かれつつある僕たちの。

 言葉に詰まっているのを見かねて、思いついたことを口に出す。


「じゃあ、令和が始まっても、またこうやって話をしよう。君風にいえば、付き合うってことかな?」


 相手は驚きに目を見開いたが、一拍遅れて元の表情に戻った。少し顔を赤らめながら、


「……あ、うん。そうだね。そうしよう」


 成子さんのこういう姿を見る機会は殆どなかったので、こちらまで気恥ずかしくなって目を逸らした。ちょうど時計が目に入る。


「おや、そろそろ正午の昼ご飯の時間だね」

「もうそんな時間なのね。お邪魔したわ」

 僕の部屋を出て行こうとする彼女の後ろ姿を見て、真に言うべきことを思い出した。


「そういえば制服届いていたんだね。高校入学おめでとう。似合っているよ」

 勝気な笑みを浮かべて、一瞬だけこちらを振り向いた。

「ありがと。でもそれ、エイプリルフールじゃないでしょうね?」

 肩を竦めて返しておいたのだが、上機嫌なまま帰っていった。

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