月下美人の記憶
「
あえて今調べることもしないが、何年かに一度しか花をつけないとか、一生に一度しか咲かないとか、とにかく花を見ることができること自体、稀であるらしい。
しかも名前の通り、夜に咲き、朝にはしぼんでしまうのだとか。
10年ほど前だったか。父の知り合いだか親戚だかが、一鉢、月下美人の鉢植えをくれた。
私はそれがどういうものかの説明を受け、期待に胸膨らませ、開花の時間を待った。
もらった日が開花日だったのか、それとも数日待ったのか、記憶は曖昧だが、父がいつ開花するかといった情報をもらっていたようだ。
その夏の夜、家族総出で鉢を囲んだ記憶がある。
前後の記憶は定かではないが、その花の咲く姿は覚えている。
細長い蕾から、いくつかの白い筋が見え、それがだんだんと開いていく。
ゆっくりと姿を現す白い花。ハスの花を華奢にして縦に吊る下げたような……うまくは形容しがたいが、黄色く細い雄しべ雌しべ(らしきもの)を中心に、大きめの花びらが、宵闇の中、灯りに照らされてぼんやりと浮かび上がった。
その姿は何とも可憐で、艶かしい。
ただ、満開になるのを待っていると深夜になりそうだったので、ある程度開いたところで、写真に納めて家の中に入った。
翌日には花はしぼんでいて、昨夜の幽玄な姿は見る影もない。
「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは」
そう書いたのは兼好法師だったか。月が出ているのを見ると、満月がどうかを気にしてしまう。満月だけが価値あるものでもないのに……
名月や満開の花にだけ美しさがあるのではない。
月並みな言い方だが、目に見えない美しさこそが、本当の美しさなのだと、最近になって思う。
記憶にある月下美人は、写真のそれよりはるかに光彩を放っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます