第22話

 俺は、勘違いしていたのだろう。

 付き合っていれば、言葉はいらない。彼女の気持ちをわかってあげられると。

 とんだ、自己満足だった。

 自分の彼女なのに、その心の機敏を分かってあげる事が出来なかった。

 あれ以来、俺は彼女と連絡をとっていない。

 俺が振られてから、もう2か月が経っている。

 夏休みも明け、普段通りの日常が返ってきてた。

 だが、心の大事な一つが抜けているような感覚があり、どうしても身が入らないのだ。

 そもそも、俺と百合さんの付き合い始めたきっかけこそが間違いだったのかもしれない。

 小説家とファンの関係の延長線上でしかなかったんじゃないだろうか。

 だから、こんなにも脆く崩れ去ってしまったんじゃないだろうか。


「ねえ、昴?どうする?ナツのと」

「どうするって、何が?今のなっちゃんと付き合っても虚しいだけだから、元気になるまでは僕は手を出さないよ。それに、今も彼女がなっちゃんの心の中にいるようで、なびきそうにもないしね」

「それもそうなんだよね。まずは、元気つける所からなんだよね。敵に塩を送るのってそんなに好きじゃないんだけど」

「でも、しょうが無いよ。今のままだと後で絶対に後悔するし」


 周りでは、紫と昴が何やら話込んでいるけど、俺は失恋のせいで、それどころじゃない。

 どうして、もっとちゃんと気持ちを伝えられなかったんだろう。

 終わってからの方が、罪悪感で一杯だよ。

 好きな人を大切にしてあげる事も出来ず、傷つけてしまった。泣かせてしまった。

 そんな罪悪感が、あの日からずっとある。

 夢にもうなされる。




「ナツくん?百合さんとの付き合い始めた経緯を聞いたわよ。流れで付き合う事は、こういう事態を招くのよ。だから、もう一度真剣に考えなさい」

「人と人が付き合うってことは、お互いがキチンと信頼し合って、尚且つ、どっちかに依存する事じゃないのよ?」

「ナツくんは、今回の事で一つ大人になった。だから、次は間違えないでね」



 振られた日は、雪咲さんにずっと励まされた。

 夏休みの間は、何も考える事が出来ず、気がつけば終わっていた。

 それから、益体のないことをごちゃごちゃと考えながら、また1か月が過ぎたのだ。

 本当に、無駄な時間だ。

 分かっているんだ。こんな事考えていても無駄だってことは。

 でも、やっぱり諦め切れないんだ。

 俺なんかのつまらない人生の中で、唯一、楽しかった思いでだから。

 俺みたいなのが、ストーカーになるんだろうな。

 己の願望だけを押し付けて、相手にそれを求める。

 本当に、醜いな俺は。


「おい!いつまで辛気臭い顔してんだよ!」


 目の前には、猩々先生が立っていた。

 今は、彼女の授業らしい。

 らしいと言うのは、猩々先生の担当科目が存在しないからだ。

 たまに、代理として様々な教科をやる為、らしいと言う言葉になるのだ。


「そんな面して、授業受けんなよ!やり辛いだろうが!悩みがあんなら、後で聞いてやるから、勉強に集中しろ。な?」


 猩々先生は、去り際に優しい言葉を残していった。

 それから、数10分で授業は終わり、ホームルームは簡易で終わらせ、俺を生徒指導室に連れて行くのだった。

 俺を椅子に座らせると、先生は冷蔵庫から缶を二つ取り出した。

 黄色缶だ。『MAX』とデカデカと書かれている。ここは、千葉県かっとツッコミたいが寸前の所で止めた。


「あの、先生。このコーヒーは?」

「ああ、最近頭を使う事が多くてな、適度に甘くてカフェインが入ってるから頭の回転にいいかなと思って、アマ○ンで箱買いした」


 いや、最近では、糖分にそれ程の効果ないと言われ始めているのに、よく買いましたね。

 しかもこのコーヒー、コーヒーに練乳じゃなくて、練乳にコーヒーみたいな感じで入ってますよね?

 まあ、俺も好きですけど。飲みますけど。


「い、頂きます」

「苦しゅうない。実際問題、私は甘いのが苦手でな、結構キツイ」


 なんで買ったんだよっとは、言うまいよ。

 皆んなさんも一回はあるだろう、Dr.pepperやマックスコーヒーに興味が湧き飲んでみたいと思う事が。

 あと、新作のジュースで絶対ハズレだろって思うけど買ってしまう衝動とか。

 みんな、そうやって大人になって行くんだよ。

 俺は、チビチビとマックスコーヒーを飲み進んでいた。

 丁度、中間まで飲み進んだ時に先生は口を開いた。


「っで、何があったんだよ?本の為に学年4位になったバカな男が、何に迷っていんだ?」

「ええと、それは、、、」

「いい辛かろうと、言葉に出さないとげじめがつかないぞ?思いってのは、内に秘めるだけじゃなく、言葉に言い表さないと相手に伝わらないぞ?喧嘩だろうと恋愛だろうとそれは同じだ」


 先生が真剣な目で、こちらを見つめてきた。

 その目からは、「絶対にバカにしない。言ってみろ」っと言われているようだった。

 一度、目を瞑り。深呼吸し、決心した。


「実は、5月の中旬から付き合っていた人と2ヶ月くらい前に別れたして」

「2か月前ってことは、夏休み中か?」

「そうですね」

「期末試験前には、もうその人と付き合っていたのか?」

「そうですね」

「畜生!」

「ええ⁉︎何⁉︎どうしたんですか、先生?」

「いんや、こっちの話しだ。気にすんなボケ」

(ああ、私だけが浮かれてたのか、本当だせえな私)

「何か、言いましたか?」

「うっせえ。さっさと要点を言え」


 それから別れた日から、今日までのことを先生に包み隠さず話した。

 先生は、何やら唸りながら一緒に考えてくれた。

 猩々先生ってこんなに、良い先生だったんだ。

 言葉使いが荒くて、不良上がりのいきり先生かと思っていたけど、なかなか優しい人だ。

 良い担任に恵まれたな。


(うーん。次回作は、こんなアホなやつを主人公にするのも良いかもな。もう少し、この与太話を聞いてやるか)

「それで、その人と復縁はしたいのか?」

「それなんですけど、俺は、諦めようかなって思ってます」

「そりゃまた、なんでさ?好きなんだろ?そいつ?」

「ええ、ですけど、振られたのにいつまでも付き纏うとか、ストーカーじゃないですか」

「未練がましく、私に話して時点で、同じだけどな?」


 やっぱり、そうなんだ。

 俺のしてる事って、ストーカーなんだ。


「でも、意思疎通の間違いなら、もう一回話しあったらどうだ?」

「話し合いですか?」

「ああ。お前が暴走しそうで怖いなら、誰か立ち会い人をつけとかしてさ?どうだ?」


 うーん。確かに、立ち会い人がいれば俺が何かしでかす前に止めてくれる筈だし、良い考えかもしれない。

 でもな、復縁を迫ってるようで、すごくみっともないよな。


「今、自分がダサいかなって思っただろ?」

「え?」

「天堂は、表情が読みやすいな。それと、自己保身に走ったら、恋愛ってのは終わりだぞ?」


 先生は、俺にはっきりとそう告げた。


「何事もそうだけどな。他人を思う誠実さは絶対に、忘れちゃダメだぞ。それを失ったら、全てを無くす。分かったな」


 先生に相談して良かった。

 俺が、見落としていた事を教えてくれた。


「先生ありがとうございます!」


 俺はそう言うと、吹っ切れたように生徒指導室を出ていったのだった。

 早く、この思いをちゃんと言葉にして伝えたい。

 大好きな、あの人に!

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