こちら、帝国軍パイルバンカー診療室

ホルマリン漬け子

パイルバンカーは、いつも裸足


 超めんどくせぇ。


 いつも、この日が来るとそう思う。週に一度の、帝国軍病院勤務。


 薄っぺらい鉄製のドアに手をかけ、きしんだ音をさせながら開き、カーテンと窓を開けて空気を入れ替える。


 小汚く狭い診療室。


 備品も薬品もろくにないのに、タバコだけは大量に箱から溢れるほどあって、それだけで上層部がここに求めるものも想像がつくというものだ。


 スチールの安物イスに腰掛け、さっそく一服火をつけた。


 今日も今日とて、帝国と共和国はうれしげに戦争を続けている。


 肉体強化だか改造だかのせいかで、人間をやめて化け物じみた存在になったものもいるが、運用はうまくいってないようだ。


「先輩、ちわーす」


 私の出勤時間に合わせて、看護助手がやってきた。着古したピンクの看護着と帽子、いつもの丸いメガネで、長い黒髪はまとめて帽子に詰め込んでいる。


「今日、何人くらいくんの?」


「そっすね、二十人くらいっすね」


 予診票をめくりながら、看護助手が言った。一人一時間換算すると、休憩食事なしで二十時間だ。さすが戦時下。戦争は前線だけが、地獄ではない。


 †


「はーい、次の人どぞー」


 うれしげにニコニコしながら、看護助手が次の患者を連れて来た。

 記録簿を持って、どんな発言が出て来るか実に楽しそうである。


 どんな環境だろうと、楽しく過ごす能力は尊敬に値するもので、たとえそれが妄想の果てに男同士が組んず解れつするものだったとしても、実害がなければ長所であろうと思いたい。


「せんせぇ、俺、最近自分が怖いんす」

「あ、そ」


 死んだ魚の眼で患者を見ながら言った。


「俺、どうしても人を殺すのができなくて、パイルバンカー隊を志願したんですよね」


 パイルバンカーは、腕に装着する籠手のような形の超々近接武器で、相手の鎧に接触させることで、外部装甲のみを連鎖的に完全破壊できる。

 魔法も付与されていて、服まで塵と消えるが、人体にはまったくダメージを与えない。

 敵将を生きたまま捕まえるのに最適の魔法武具だ。


「最初のうちは、なんて素晴らしい武器だ。部隊だと、うれしかったんです」


 パイルバンカー隊は、敵のトップを生け捕りにするための部隊で、花形隊でもある。が。


「よかたねー」


 窓の外を見れば、広いグランドには物資が積み上げられ、トラックに積み込まれた端から砂煙をあげて出発して行っている。


「最近、敵にパイルバンカーを打ち込んで丸裸にすることに快感を感じるんです!」


 ほらきた。


「タバコ吸う?」


 話しを聞いている風で無視しつつ、タバコをさしだした。


「あ、ありがとうございます。それでですね、最近はだんだん誰でも彼でも、パイルバンカーを打ち込みたいっていう衝動を感じるんでっす!!」


「打ち込んで、丸裸にしたいの?」

「そう! それでっす!! さすが、名医って噂の通りですね!」


 体を乗り出して力説始めた患者に、タバコの火を押し付けて押し戻しつつ、看護助手を見ると実にうれしそうな顔で記録簿に書きまくっている。そんな書くほどのことあった?


「誰でもってことは、私やあの子にも?」

「そっっぅっでっすううううう!!!」


 パイルバンカーに取り憑かれた兵隊のカウンセリング。それが、私の仕事だった。


「それで、その後どうするの?」

「足舐めたいんですぅううう!」


 治療不可。


 一時間ほど、グダグダと話を聞いた後、カルテにそう書いて、安定剤という小麦粉を出した。あと十三人。


 †


「先輩、次の特Aですって。注意してくださいっすね」


 特Aとは、重度パイルバンカー症候群で、殺意まみれになって狂った患者のことだ。


 パイルバンカーに取り憑かれ、パイルバンカーを奪われることを恐れ、パイルバンカーで丸裸にして無力化した相手をも殺してしまいたいという欲望を暴走させる病気。


 優秀な兵士ほど、陥りやすい難病だ。


 っていうか、それ、パイルバンカーいらなくね? っていうか、意味なくね? 好きなだけ敵兵○して、英雄になればよくね?


 診療室に入ってきたのは、体を改造して虎と合成したような大男だった。

 しかも、パイルバンカーを装備している。

 おいおい、装備させてんじゃあねぇよ。やべぇだろこれ。


「パイルバンカーを持たせてないと、暴れるんだそうっす」


 いや、だからって、そういう問題じゃねぇってば。


「あんたも、俺から俺のパイルバンカーを奪うのか? 殺していいか?」


「いや、奪いませんですはい」


 まごうことなき殺戮者の目線に、速攻で返事をした。


「そうか。あんたは、なかなか見る目があるな」


 にちゃりと狂信者な感じで顔を歪ませ、装備しているパイルバンカーをなでた。

 言葉の選択一つで、いとも簡単に暴発しそうなパイルバンカーである。

 きっと戦争が彼の精神を蝕み、苦しみ抜いた彼はきっと被害者なのだ。きっと。

 戦争は、何も生まず誰も勝たない。

 そうだ。そうに違いない。そうであってほしい。切に。


「ええと、確認なんですが、パイルバンカーで無力化した敵兵を殺してしまうんですか」


「そうだ。よく分かったな。さすがだ」


 どうも虎との合成の際に、知能は低下したらしい。


「難攻不落の最前線とかで、敵兵を殺しまくりなさればよいのでは?」


「パイルバンカーは、十発しか打てぬ。俺は、雑兵を十人殺したいわけではないのだ」


 どうもこだわりがあるらしい。


「そうなんですね。あ、タバコ吸います?」


 適当に話しながら、巧妙に話を逸らすという私の技は、もはや芸術の域に達している自信がある。

 芸は身を助けるという名言を、体現しているのが私だ。


 ……医師免許いらなくね? 


 窓の外には、どこまでも澄んだ青空が広がり、無窮の果てまで続くかのような陽光が降り注いでいる。

 この太陽の下で、今日も戦争は終わらない。

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