ミドル①:救おうとする者達

 女月 晩節の運転するバイクが森を抜けて深夜の峠道に差し掛かった辺り、背後に異様な気配を感じた。

 思わず振り返ると追走してくるバイクが1台見えた。壁を走り、邪魔な岩や植物をジャンプで避け、異常なスピードである事を除けば普通のバイクだった。


仰木「見つけた! ていうかあの人どこ行ったのよ!」

 それは仰木 春の運転するバイクであった。佐藤 明も別のバイクで一緒に走っていたはずだが、どうやらこの無茶苦茶な運転にはついて来れなかったらしい。


 晩節は舌打ちをしてから正面へ視線を戻し、背後で自分にしがみついている少女、蘇芳 花へ声をかける

女月「無茶苦茶しやがる……飛ばすから掴まっとけよ」

蘇芳「えっ、これ以上飛ばすの?」

女月「捕まりたくねーだろ?」

 花は真面目な声で肯定した後、晩節の背中へしがみつく。

蘇芳「あっやっぱりやめ――」

 やはり思うところがあったようだが間に合わず、急加速した揺れのせいで舌を噛んでしまいその言葉は続かなかった。

女月「危ねーから口閉じてろ!」


 二人のバイクチェイスが始まるが、今回は晩節のヤンキー仕込みの運転技術が勝った。晩節は追手のバイクを少しずつ引き離している事を実感した。

 しかし、異変が起きた。晩節の身体を掴んでいた蘇芳 花の腕から急に力が抜けたのだ。そのまま道路へ転がり落ちそうになる花を、晩節は咄嗟に抱きとめてアスファルトを転がる。主を失ったヤン車も同じく地面に転がった。


 春はバイクを止め、地面に転がった二人へ歩み寄る。まったく怪我をしていない様子の晩節は無視し、晩節の腕の中にいる妹へ心配そうに呼びかけた。

仰木「花? 大丈夫?」

 花は気絶していたが、晩節が傷つかぬようにかばったおかげで怪我はなく胸を撫で下ろす。


女月「なんなんだオタクは?」

仰木「それはこっちの台詞だよ! 人の妹を勝手に持ち出して――どこに連れて行こうとしてんだ?」

女月「何が勝手にだ……! こいつに頼まれたんだよ! 海が見てぇって!」

 晩節はそう答えながら腕の中で気絶する花に視線を向けていた。予想していなかった答えに春は驚きを隠せなかった。


仰木「アンタ、女月 晩節っていうんでしょ?」

女月「下調べも済んでるってか」

仰木「"全て"知ってるって言えば貴方に伝わるかしら。意味が分かるならさっさと花をこちらに寄越しなさい」

女月「なんだ"全て"って」


 春はため息をつきながら続ける。

仰木「何も分からないの? それとも分からないフリをしているの?」

女月「……姉貴には何も言うなって口止めされてるからな」

仰木「なるほど、ま、アンタがそういう対応をしても仕方ないかもしれないわね」

仰木「だってアンタは、うちの花を殺そうとしているんでしょ?」

女月「ハァ!?」

 目の前の女からそんな事を言われるとは思っていなかったのか、晩節は驚きの声を上げた。


仰木「指令書、全部見たわ。アンタが花を殺そうとしているのは確認済みよ」

仰木「分かったなら――さっさと花を寄越しなさい!」

 そう叫びながら、春は妹を連れ戻すために腕を伸ばした。だが晩節はその腕を掴み返していた。

仰木「どういうつもり? アンタが花を殺そうとしてるのは全部お見通しなのよ!」

女月「そりゃ大層な勘違いだな」

仰木「こっちは証拠も全て持ってるのよ!」

仰木「……さっきの"姉に言えない事"ってなんなの? この状況下でまさか言えないなんて、言わないよね?」


 晩節が「言ってもいいか」と思い悩んでいた所、春は急激な眠気で身体が動かせなくなり倒れ込んでしまう。

 晩節の腕の中で花が目を覚まし、その異能の力を姉である仰木 春へ向けていた。

蘇芳「晩節、逃げよう!」

 春は妹へと手を伸ばしたが、その手が掴まれる事はなかった。届かぬ手を握りしめ、春の意識は沈んでいった。


 晩節は転がったヤン車を確認するがまだまだ走れそうな様子。持ち主と同じくなかなかに頑丈だったらしい。

 晩節と花はまたヤン車に跨がるが、花は消耗しており力が入っていない。見かねた晩節は学ランの上着を脱ぎ、自身と花の胴体を強く結んでいた。

蘇芳「だっさぁ」

女月「落ちるよかマシだろうが」

 花は力なく笑い、弱々しい腕でガタイの良い身体を掴んでいた。二人は願いを叶えるためD市に向かって進み始めた。

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『あの子は笑って死ねましたか?』(やにおクロス小説風書き起こし) まめお @omameo_1234

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