OP②:キミはあの日、あの子を救おうとした。
◇
キミはあの日、あの子を救おうとした。
壊れかけた彼女はもう、キミを忘れていたけれど。
彼女を助ける方法がある、そう聞いて研究所に向かったキミは、
彼女が何者かに連れ去られた事を知り、追跡を初めた。
◇
よく晴れた昼下がり、仰木 春(おうぎ はる)は清潔感のある扉の前にいた。
音信不通になっていた双子の妹、同じくUGNエージェントである蘇芳 花(すおう はな)がUGNの施設に入院している事が判明してお見舞いに来たのだ。
高校を休んで来ているにも関わらず、黒のセーラー服に身を包んでいるあたりに彼女の生真面目さが現れている。
冷静になるため一呼吸置いたにも関わらず、抑えきれなかった想いからかドアは少し荒々しく開かれた。
白いポニーテールを揺らして病室の中へと進んでいくと、ベッドには春と同じ顔をした少女、蘇芳 花が静かに眠っていた。
まさか寝ているとは思わず手持ち無沙汰になってしまい、なんとなく病室を見渡してみる。外はとても良い天気で清潔感のある個室は日差しのおかげで明るかった。
少し経って、花はゆっくりと目を開いて眠そうな声を上げる。
蘇芳「あ、お見舞いに来てくれたのに遅くまで待たせちゃってごめん。電気を点けてもらってもいい?」
春は妹の言葉に少し疑問に感じながらも、言われた通りに病室の電気を点けた。
ちっとも明るさの変わらない室内、寝ぼけているのかと考えつつ春は妹へ声をかける。
仰木「花、お姉ちゃんに言う事があるんじゃないの?」
そう問われた花は、まるで探し物でもしているように困った様子で見渡しながら答える。
蘇芳「うん、えっと……ごめん」
仰木「なにか探しもの?」
蘇芳「ごめんごめん、なんでもない。どうしたの?」
花は目をこすりながら姉の方へ顔を向けながら答えるが、その視線は顔から外れていた。
最初はやや苛立ちも混じっていた春だったが、妹を目の前にすると心配の色が強くなってきていた。とりあえず大丈夫そうである事に安心しつつ椅子へと腰掛ける。
そんな横で、春は目をこすりながら"良かった、見える"と呟いていたが、その声が届いていたかは定かではない。
仰木「なんでお姉ちゃんに入院の事を話してくれなかったの?」
蘇芳「研究所って色々秘密が厳しいみたいで連絡できなくてさ。ごめんごめん」
蘇芳「もう全然大丈夫。お……姉、ちゃん……」
目をしばしばとさせながら、やっと姉の方へと視線を向けた花の赤い瞳は見開かれていた。まるで見知らぬ誰かが目の前にいたかのような。
春はそんな妹の様子を心配げに見ながら、ベッドの横にあった椅子へと座る。花は一度深呼吸すると、落ち着いた様子で話を続ける。
蘇芳「ご、ごめん……やっぱり少し調子悪いみたい」
仰木「そう……だいたいの退院の時期は分かったりしないの?」
蘇芳「どうなんだろう。先生はそんなに遠くないって言ってたけど」
気づけばかなりの時間が経っており、病室は夕日に照らされていた。そろそろ帰らねばならないだろうという空気が病室を包む。
仰木「なにかしたい事とかある? 欲しいものとかは大丈夫?」
蘇芳「うん、大丈夫。点滴してるとあんまりお腹も減らないし」
仰木「ご飯はちゃんと食べないとダメよ! 何かあったら絶対に連絡してね。」
“絶対”を強調しながら春は力の入っていない妹の手をぎゅっと強く握る。
蘇芳「ごめんね。そろそろもう一回寝るよ」
そう言いながら花は、少し疲れた様子でベッドに横になって目を閉じる。春は窓のカーテンを閉めてから、またねと病室を後にした。
春は夕日に染まった廊下を歩きながら、この施設への違和感について考えていた。病院と言うには警備が厳重すぎるような……これではまるで病院ではなく……
??「病院って言うよりは、まるで収容所だよね」
爽やかさと少しの軽薄さを感じさせる男の声が春の背中に投げかけられた。
思考を先読みしたかのような声に警戒しつつ振り返ると、スーツに身を包んだ春と同年代に見える茶髪の青年がいた。
佐藤「僕は佐藤 明(さとう あきら)。花さんの恋人……いや、友人だよ」
佐藤「ごめんごめん。見慣れた顔と瓜二つだったからつい気軽に声をかけちゃった」
仰木「……詳しくお話を聞きましょうか。はじめまして、花の姉の仰木 春と申します。」
“恋人”という言葉が引っかかったのか、春は笑顔で威圧感を漂わせながら答える。しかし、佐藤 明はそんな威圧感を意にも介さず続けた。
佐藤「春さんの事は花から、いや花さんからよく聞いていましたよ」
佐藤「花さんの様子はおかしくなかったですか?」
話の意図が読めず春は困惑している春に対して明は話を続ける。
佐藤「僕も花さんに会いました。彼女は僕の事をすっかり忘れている様子でしたが」
仰木「……記憶がまったくないって事?」
佐藤「まったく、と言って良いのかまでは分からないな」
仰木「私の事はちゃんと覚えていてくれたし、体調も良いって……」
明はため息をつきながら話を続ける。
佐藤「花さんが貴方に嘘をついているようには見えませんでしたか?」
仰木「……確かにいつもと少し様子は違ったけど、寝ぼけてたのかなって」
明はこれまでの少し軽薄さの混じった様子とは打って変わって真剣な顔で続ける。
佐藤「そうじゃないと思いますよ。まずここは病院ではなくUGNの研究所です」
佐藤「そして、ここに居れば花さんは数日以内に死ぬでしょう」
妹が死ぬという言葉に、春は動揺しながら明へ質問する。
仰木「……なぜそれを貴方が知っているの?」
佐藤「僕は戦闘の方はからきしですが、情報収集には自信があるんです」
佐藤「こんな事をいきなり言っても信じてもらえないと思いますが、これを見てください」
そうして明はある物を取り出して見せた。
◇
仰木 春と佐藤 明が出会ったお見舞いの日から数日後の深夜。二人は再び研究所の近くに来ていた。"信じるに足る物"を見せられた春は、明と協力して妹を救出するために来たのだ。
しかし、研究所の入り口まで来てみると、なぜか全ての警備員が気絶して地面へ倒れていて先客がいる様子だった。
佐藤「一体これはどういう事なんでしょうね」
明が困惑しながらも隣にいる春へと問いかけるが、春は既に研究所内に向かって走り出していた。
あちらこちらで警備員が倒れている廊下を走り抜け、春のいた病室まで向かうがそこにはもう誰も居なかった。
仰木「花! 花! どこなの!?」
息を切らしながら妹の名前を叫び、何かないかと探して回るが妹の姿はおろか何の痕跡も残っていなかった。
置いてきぼりだった明が追いつき、春とは逆に余裕の持った様子で病室の入り口から声をかける。
佐藤「誰かが我々より先に連れ去った…という事でしょうかね」
仰木「この情報を知っているのは貴方と私だけのはずじゃ!?」
佐藤「そのはずだと思いますが……」
明はなんとなく天井を見上げ、何を言おうかという表情をしているが、言葉が紡がれる事はなかった。
これからどうしようかといった雰囲気が二人を包みだした時、外からバイクのエンジン音が鳴り響いて遠ざかっていく。
佐藤「これはどうやら追いかけたほうが良さそうですね」
明が天井から視線を戻してそう言った時、春は既に深夜の森に向かって駆け出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます