OP①:キミはあの日、あの子の願いを叶えようとした。

崩れ行く身体、壊れゆく心、残された時間はもう少なく、

それでもただ「故郷の海を見たい」と願う、その願いを叶えるため、

キミはあの日、彼女を研究所から連れ去ったのだ


 燃えるような赤い短髪の少年、女月 晩節(めつき ばんせつ)は深夜のとある山奥、深い森の中にいた。

 彼はいわゆる不良高校生であるが、同時にイリーガルとしてUGNに協力しているオーヴァードでもある。そんな彼でも、こんな山奥にあるUGNの研究所との縁はないはずだった。


 晩節は乗ってきたバイクを近くの茂みに隠し、研究所の入り口へと近づいていくが、警備員に道を塞がれて警告を受ける事になる。


警備員「止まれ! ここは関係者以外の立ち入りは禁止されている」

女月「うるせぇ! 俺は関係者だ!」


 晩節は警備員達を押しのけて強引に通ろうとするが、不審者がそんな対応を取れば警備員は容赦なくスタンバトンで殴りつけてくる。

 しかし、学ランの上からでも分かるほどガッチリとしたその身体は、スタンバトン程度ではびくともしなかった。晩節はお返しだと言わんばかりに警備員に頭突きをプレゼントしながら研究所の奥へと進んでいった。



 研究所の一角、病室のような個室が並んだ場所まで晩節が辿り着いた時、白髪で儚そうな印象を受ける白髪の女子と遭遇した。

 晩節へ救出依頼のメールを送った白髪の女子、蘇芳 花(すおう はな)であり、彼女は驚いた顔をしながら晩節へ声をかけた。


蘇芳「話が違うんだけど……クソヤンキーじゃん……」

女月「おめーが俺に連絡してきたんだろーが! というかなんで俺なんだ?」

蘇芳「たぶん、アンタは私の願いを聞いてくれそうな気がしたから……?」

女月「都合の良い事ばっかり言いやがって」

 晩節が返した言葉には「こんな女だとは思っていなかった。」という感情が込もっていた。


蘇芳「死ぬ前に海が見たいってお願いをして、こんなクソヤンキーが迎えに来るなんて思わなかったのよ」

蘇芳「爽やかイケメンとの映画みたいな逃避行を考えていたわけ。せめてもうちょっと……」

女月「ワリーな、白馬の王子様じゃなくて」


 最初はやや怒り混じりの彼女であったが、次第に現実を受け入れたのか諦めが混じった声色へと変わっていた。


蘇芳「じゃあアンタが"そう"なんだね。聞きたい事が……いや、やっぱいいや」


 その言葉を聞いた晩節は"あの時の事"を思い出し言葉に詰まる。

 二人の間には気まずい沈黙が続いたが、どちらが言うでもなく、晩節への歓迎の痕跡が残る道を引き返していった。



蘇芳「見た目じゃ分からないけど、私の身体はボロボロで長くは保たないの。記憶もどんどんなくなっていくし……」

蘇芳「クソヤンキーじゃなくて……晩節だっけ。アンタYoutubeって見る?」

女月「Youtube? 見ねえな」


 清々しい返事に花は思わず笑ってしまい、晩節へ同情したような表情を向ける。


蘇芳「やっぱりクソヤンキーだもんね。ガラケーとか使ってるんだよね」

女月「クソクソうるせー女だな」

蘇芳「Youtubeの動画一覧をリロードする度にどんどん削除されていく感じって言うつもりだったけど、分かんないか」


 そんな話をしつつ歩いていると、花は廊下に倒れ伏している警備員の一人を指差す。


蘇芳「この警備の人とか親切にしてくれた気がするんだけど、名前もその時のエピソードも思い出せないんだ」

女月「だったらなんで俺の事は覚えている?」

蘇芳「覚えていたわけじゃないけど、調べたから」



 二人は研究所の入り口にある受付まで戻ってきていた。花は何かを思いついた様子で受付のペン立てに刺さっていたマジックを1本拾い、自身の手に”女月 晩節 クソヤンキー”と書き残した。


蘇芳「名前は別にいらなかったかな?」

女月「”クソ”の方がいらねーだろ……つか、減らず口は叩く余裕あるのな」

蘇芳「身体はもうボロボロで普通の人なら死んでる位なんだけど、オーヴァードだからまだ大丈夫なんだ」

蘇芳「痛みもエフェクトで消してるし、本当オーヴァードで良かったよ」


 そう誤魔化すように笑う彼女は、どこか無理をしているようにも見えた。



 二人は無事に研究所の外まで辿り着き、晩節はバイクで出発するための準備を始めていた。


蘇芳「日本海側にあるD市って知ってるでしょ?あそこの海に行きたいんだ」

女月「こんな関東の山奥からじゃかなり距離あるじゃねーか……まぁいいけどな」


 晩節は「乗りかかった船だからな」といった様子で答えつつ、愛車から取り出したヘルメットを花へ投げ渡す。


蘇芳「なにこれ?」

女月「ノーヘルじゃ危ねぇだろうが」


 彼女には晩節の大きな背中と茂みのせいで見えていなかったが、晩節がバイクに跨った事でやっとその目に彼の愛車が映った。

 そこにあったのは、古臭くゴリゴリに改造された所謂”ヤン車”と呼ばれるバイクだった。


蘇芳「ヤン車……普通こういう時は車でしょ……」

女月「お前、俺が何歳だと思ってんだよ」

蘇芳「その顔からすると……たぶん36歳くらいだよね?」

女月「俺は16歳だよ!」


 流石に心外だったのか晩節は声を荒げて抗議する。確かに晩節は厳つい顔をしており、年相応に見えない風貌ではあった。そんな晩節の反応に花は笑いながら答える。


蘇芳「なんだタメかぁ、よろしくな」

女月「ったく、いけ好かねえ女だぜ」


 花は文句を言いながらも渡されたヘルメットを被ってヤン車へ跨る。そして、晩節の背後で花は真面目なトーンで呟いた。


蘇芳「無茶な事を言ってごめんね。よろしくお願いします」

女月「……落ちないようにしっかり捕まってろよ。俺が殺したなんて事になったら気分が悪いだろ」


 少しの沈黙の後、花は真面目なトーンのまま更に切り出す。


蘇芳「クソヤンキーにもう一つお願いがあるんだ。"あの時の事"をお姉ちゃんに言わないで」

女月「……覚えてるのか?」

蘇芳「覚えてないけど、調べたって言ったじゃん」

女月「……言いたかねーよ。誰にもな」


 暗い山奥の森の中、晩節の愛車のエンジン音が鳴り響く。二人を乗せたヤン車は彼女の願いを叶えるべく走り出していった。

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