第23話 謎解き

「えっ……」


 郭文雅かくぶんが李朝慶りちょうけいも、あっけに取られて口がきけなかった。特に李は、越国公主の身分の高さはともかくとして、開龍寺で会ったあの「姫君」とは似ても似つかぬので、何やら狐狸こりの類に騙されたような心地がしたのである。


――では、あの時の貴人は?


 彼の心中を察したのか、細い目の公主は微笑んで見せた。


「せっかくの男前二人が、ぽかんと口を鯉のように開けて……見ものだな。ふふふ、あの寺には確かに私もいたのだが。まあいい」

 そうして、薄紅色に染められた爪も美しい指で、卓をさした。


「先ほど、茶を持ってきた侍女に気が付かなかったのか?」


――あっ。

朝慶が全てを悟るより前に、帳の奥からもう一人現れた。地味な小豆色の上衣に髪を結った、背の高い女性だった。


――そうだったか。確かに、私は郭と話をしていたとき、持ってこられた茶に手をつけたが……相手に気をとられ、誰が茶を持ってきたかなどとは……。


 侍女の大きな瞳、白磁のごとき肌。それらはまさしく開龍寺の公主と同じもの。だが、異なるところは服飾と、紅をかぬ唇。

 そこからは玲瓏れいろうたる声が発せられる。


「『仏前でつまらぬ口論を続け、御心を騒がせ奉るのは私の本意ではない。出来心でそなたの心を騒がせたのも』。どうでしょうか?まさしく私の声であったでしょう?」


 もはや疑う余地はなかった。

「なぜ……」

 そんなことを、という言葉を朝慶は飲み込んだ。そうなのだ、なぜ公主と侍女はわざわざ身分を交換して外出していたのだろうか?


 越国公主は侍女に歩み寄り、誇らしげな表情で自分の手を相手の肩に置く。

「どうだ?よく見るがよい。彼女は美しいうえ、着飾ると本物の公主以上に公主らしい」

「嫌ですわ、公主さま。公主さまこそまさに白玉のごとき御姿おんすがた、私ごとき卑賤の者のとうてい及ぶところではありません」


 侍女は、その身分にしては気安い様子で、肩に置かれた主人の手に自分の手を重ね、嫣然と微笑んだ。公主もまた、いたずらそうな光をその瞳に宿して応える。


「私は降嫁の前に、暇を見つけてはこの上京を見て歩くのを好んでいるのだが、微服して彼女と出歩けば、みな彼女に見とれて私には注目しない。そこが『付け目』というもの」

「付け目?」

 うむ、と公主は頷く。


「いくつか理由がある。第一に、私はありのままに物事を知りたい、世の中を見たいのだ。私は侍女として市中に出れば誰も注目せず、私には無防備なままだ。虚飾もお追従もそこにはない」


 なるほど、と朝慶はつぶやいた。公主となれば窮屈な身分であることに疑いなく、また降嫁前に、あれこれ世の中を見ておきたいというのもわかるような気がした。


「第二に、彼女の美貌が私たちの仕事には必要だったのだ。ほら、そなた達と初めて会ったときの仕事だ。不正を行っていた者たちを成敗した」

「仕事?まさか、過日の強盗の真似事が?あの時に門前でお会いした覆面の男二人は、男装された公主さまと、節度使でいらっしゃいましょう」


「無礼なことを申すな」

そこで肩を怒らせたのは、ずっと黙って会話を聞いていた蕭紹矩しょうしょうくだった。


「我らを盗賊呼ばわりするとは許せんぞ、不敬の罪でそなた達を……」

今度は、文雅がむっとした調子で皇帝の姻族の話をさえぎる。


「不正を行っていたあなた方のご同族を成敗なさったのはともかく、罪もない女性をも殺したと仰ったじゃありませんか。それとも皇室に繋がるお家柄の人間ともあらば、そのようなことは些末事だとでも……」


 さすがに朝慶は友の足を踏んで口を封じたし、越国公主も婚約者の腕に手を置いて静まらせた。そこで侍女はひとり場違いな笑い声をあげ、公主もつられて笑み崩れた。


「そうだ、私たちはあの時とっさのことで嘘を申してしまった。そなたを『でまかせ』という名の剣で殺してしまったわけだ、であろう?梅香ばいこう

「梅香!?じゃ、この侍女があの後家さんで?殺されてしまったわけではなく?」

 大声を出した朝慶を公主はちらりと見てからすっと動き、壁から乗馬用の鞭をとった。


「そう、彼女を囮にして彼らをおびき寄せ、馬に乗った私たちが駆けつけて一網打尽に。梅香も心良からぬ役どころであったろうに、よくやってくれた」

「……はあ」


 漢族二人はすっかり毒気を抜かれた態である。


「まあ、謎解きはこれで終わり。だが……」

 越国公主は、愉快げに手にした乗馬用の鞭をもてあそんでいる。

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