第58話 偽勇者
『そうね…私のことをそう呼ぶ人もいるのは確かだわ…』
ヘレンが辛そうに言う。
『おばちゃん、どういうことです?何故、ヘレンさんが、偽勇者なんて、酷い呼ばれ方されてるんですか?』
『本人の前で語るのは忍びないけど、話していいかしら?』
おばちゃんはヘレンに確認をとってるようだ…
暫しの沈黙の後、ヘレンが頷く。
『約10年ほど前のことさね。この街から「勇者」のジョブを持つ者が現れたって、大騒ぎになったわ。
その者の名は「ヘレン」。皆に「勇者ヘレン」と呼ばれ称えられていたわ。
しかし、勇者ヘレンは数多あったパーティーの誘いを全て断り、修行や冒険、旅もすることはなかった。
理由は、捨て子だったヘレンを拾い育ててくれた、育ての親が、重い病気を持っていたこと。
育ての親の病気を治すことのできる薬の材料を一緒に取りに行き、育ての親が元気になれば、パーティーに加入してもいいと言ったらしいさ。
その薬の材料が、アレフザック街道の側にある岩山に住むといわれる「エリクサラマンダーの尻尾」なのさ。
アレフザック街道は、両端を強力なモンスターが闊歩する森や山に囲まれている。
それらよりは弱い街道のモンスターですら、ジョブレベル30代の5人パーティーでも危険と言われてるの…
エリクサラマンダーなんて、40代のパーティーでも相手に出来るか怪しい存在なのさ!
結局、誰もそんな条件呑める訳もなく、時だけが経っていったわ。
最初は敬っていた皆も、せっかく勇者のジョブを持つのに、勇者として何の努力もせず、無理難題をつけて逃げてるヘレンを「臆病者」と呼び、次第に「偽勇者ヘレン」と呼ぶようになったのよ。』
『…俺には、その話のヘレンさんの何が悪いのか分からないです。
別にジョブが何だろうと、生き方はヘレンさんが自分で考えていいものだし、周りがとやかく言うことではないと思いますよ。
俺だって、ジョブの特性から逆らって生きてますし…』
(俺だって、遊び人らしく生きたら最低なやつになっちゃうしな…)
ヘレンが涙ぐんでいる。
『ありがとうございます…アランさん…そんなこと言ってくれたのはアランさんが初めてです。。』
おばちゃんが言ってくる。
『でも、世界を救うような力を持って生まれたのに、誰も救わないのは罪じゃないの?』
『それは違いますよ。ヘレンさんは、育ててくれたお母さんを救ってるじゃないですか?今日も薬草を摘みに行ってました。
それは一番大事なことですよ。
おばちゃんだって、お子さんや親御さんの命と知らないその他大勢の命とを天秤にかけたら、身内をとるでしょ?』
『そりゃまあ…そうだわね。。』
『ヘレンさんも正にそうしてるだけなんですよ!
俺もヘレンさんと同じなんです。
俺が理不尽によって、全てを諦めたとき…
婚約者は、親、仕事、国のこと、その他大勢のことよりも、俺との生活を選んでくれたんです。
命を賭けて、俺を絶望から救ってくれた婚約者を幸せにするためならば、俺も国がどうなろうとどうでもいい。内乱で誰が王になろうが、そのまま帝国に支配されようと勝手にすればいい。
それで、知らない人がたくさん苦しもうが、死のうが俺には関係ない。
俺にとって大事なのは、婚約者との幸せ…
そして余裕があれば、友の幸せ。
その優先順位は、人が決めるものではなく、本人が決めるべきことなのです!』
『あんた…まだ若いのに変に達観してるわね?どんな人生送ったら、その年で全てを諦める絶望なんて味わえるのよ?』
『パーティーの仲間から騙されて、いきなり底も見えないような崖へ落とされたり…
拉致されて、常に死の恐怖を感じながら肩を何度も刺されるのと、回復魔法で回復されるのを繰り返される拷問をされたり…
王と教皇に囲まれて「お前は何もしてないが、存在することを許す訳にはいかん」って言われるくらいの経験ですかね?』
『人が真面目に聞いてるのに、タチの悪い冗談を言うんじゃないわよ!』
(冗談っぽくは言ったが、全部事実なんだけどな…考えたら成人して半年ちょっとでこれだけの経験やばくないか?)
『まあ、そのアレフザック街道を抜ける覚悟を持てるくらいの経験はしてますよ。』
『ここまで教えてあげたのに死にたがるなんて、おばちゃん悲しいわ…』
『ジョブレベルも一応38ありますし、死ぬ気はこれっぽっちもないですよ。』
『38!?嘘おっしゃい!!
でも、そのレベルが本当だとしても、あそこを一人で生きて抜けるのは無理よ…』
『おばちゃんありがとうございます!
おばちゃんは優しいですね?今日会ったばかりの俺のためにそんなに真剣に考えてくれてるんですもん。
俺は、必ず生きてアレフザック街道を抜けてみせます。だから俺なんかのためにおばちゃんが心を痛めないで下さい。』
俺は静かにおばちゃんに頭を下げる。
『分かったわ。でも、約束して!
もし、生きてアレフザック街道を抜けれたなら、いつになってもいいから、その婚約者とここへ遊びにいらっしゃい!
その時は、この街で昔から伝わるアップルパイを焼いてあげるさね!!』
『アップルパイ!?美味しそうですね!是非ビアンカと一緒に遊びに来たいと思います。楽しみにしてますね!』
俺とヘレンは、乗り合い馬車の受付から離れ、ヘレンの家に向かっていた。
『まさか、ヘレンさんが「勇者」のジョブを持っていたなんて驚きました!さっきの強姦たちもヘレンさんがご自身で倒せたのでは?』
『そうですね…せっかく助けて頂いたのに、自分で何とか出来たなんて失礼なこと言えませんでした。気を悪くされたのでしたら謝ります。』
『いえ…余計なお世話をした上、逆に気を使わせて今夜泊めて貰うことになって申し訳ないです。あれでしたら、今からでも宿取りますよ?』
『とんでもないです。救って頂いたのは事実です。それに、先ほど言って頂いた優しい言葉の数々、本当に改めて私の心を救って下さいました!
私の気持ちをアランさんみたいに理解してくれる方は、今まで誰もいなかったのです。嬉しくて泣きそうでした。』
(突っ込まないけど、しっかり泣いてたよ…)
『それじゃ、お言葉に甘えさせて貰い、今夜はお世話になります。それと、明日の朝早くから出発しようと思ってますので、保存の効く食料を買いたいのですが途中市場に寄ってもいいですか?』
『勿論構いません。しっかり2人分の食料を買いましょう!』
『2人分?俺そんなにたくさん食べませんよ?大食いに見えます?』
『違いますよ。私の分です。途中まで一緒に行って、アランさんのお手伝いと、私の目的のエリクサラマンダーの尻尾を目指すんです。
何度も1人で挑んでるんですけど、なかなか勝つことが出来ないんです。同じ雷を得意とするもの同士、勝負がつかないんですよね…』
『ヘレンさんも一緒に行かれるんですか?助かりますが、お母さんは大丈夫なのですか?』
『今日アランさんのお陰で薬草をたくさん摘めたから、10日間は離れても平気なんです。』
こうして、まさかの伝説のジョブの1つである勇者と、一緒にパーティーを組むことになったのだった。
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