第6話 魔法

俺たちはエリス、クリス、イアンとパーティーを組み、初心者用ダンジョン「チューケイブ」に潜った。


話し合った結果、隊列は、慣れている俺とビアンカが前衛で組み、真ん中にエリス、後ろにクリスとイアンというエリスを中心に守りやすい陣形となった。


これはクリスの強い要望により決まったものだ。


エリスは剣も扱えるようで、本人は前に出てガンガン戦いたいと言っていたのだが、賢者というジョブにあった戦いを学ぶためにも中心で魔法を利用して戦うべきだというクリスの正論に仕方なく従ったのだった…


理由さえ納得できたら、何がなんでも我を通す性格ではないようだ。



このダンジョンは基本どこも広い空間が広がる洞窟型のダンジョンであり、その壁は【ダンジョン壁】と呼ばれる魔力を含み少し光る壁で構成される。


このダンジョン壁があるお陰で、松明やランプをわざわざ持たなくともダンジョンに潜れるのは便利であるが、とても丈夫な壁であり、傷付けるのはとても難しく、近道を作るために壁を壊すことは難しいと言われている。


もし仮に壁を崩すことに成功しても暫くすると元に戻るのもダンジョンの不思議の1つだ。



入り口付近は、やはりすごい人だ。俺たちは、最初は出来るだけ奥まで進み、今夜の夜営に適した場所を探す予定だ。


人が多いとその分、先程のようなトラブルも多いからだ…奥に向けて歩を進める。エリスが、外で買った地図を見ながら指示してくれるので迷うことはない。


歩くこと10分ほど経過した時に、最初のモンスターが現れる。大ネズミ6匹が目の前から現れる。それなりに素早いのだが、所詮はネズミ単純に飛びかかってくるだけの雑魚である。


『まずは俺たちに任せて下さい。』

とエリスたちに告げ、敵の中に飛び込む。


まずはビアンカの気持ちいいくらいの一刀両断…一振りで2匹のネズミを真っ二つにした。その剣の後ろから俺は飛び込み、すれ違いながら4匹のネズミの首のみを的確に斬っていく。


あっという間の決着である。



『やはり見事なものだな!


ビアンカの迷いのない一太刀も、その後の敵の追撃をアランが防ぐことを確信しての信頼してのものと分かる。やはり、予想通り2人ともそれなりの戦闘経験があるようだな?』


『ありがとうございます。私たちは昔から私が自由に攻撃するのをアランがフォローしてくれるというスタイルです。


私と違ってアランは器用なので、皆さんの戦いを見ながらすぐに的確にフォロー出来ると思います。』


『あんまりハードル上げすぎるなよ…俺は今までビアンカとしか組んだことないんだから…!』


俺は今倒したネズミを解体しながら言う。



ダンジョンでは、放っておくと1時間ほどで死体をダンジョンに吸収されてしまうので、その前に解体を終え、必要な素材は【アイテム化】しなければならない。アイテム化とは素材や、食材としてそのまま利用できる状態のことをいう。


明確にどこまですればというものは判明してないが、こうすれば、なぜかダンジョンに吸収されなくなるのだ…



『それにしてもビアンカの一撃はオーバーキル過ぎないか?食材として利用できないくらい派手に吹き飛んでるぞ!?』


『戦士になって以前より力が上がってるから仕方ないじゃない!』


『まだ3レベルでそんなこと言ってたら、そのうちレベル上がったら、扉開けようとして家ごと壊したりしそうだな!?』


『アーラーン!!あんたケンカ売ってんの?…上等よ!叩きのめしてあげるんだから!』



『ん~。。仲良いことは良いことなのだが、そろそろ夫婦漫才は終わってもらえると助かるな…食材は私のマジックバックに入れておけばいい。』


エリスがいつまでも終わらない俺らのやり取りに痺れを切らしたのか横から声を掛けてくる…


『マジックバック!!そんな高級品持ってるんですか!?』


ビアンカが驚き戸惑っている。


それも仕方ないことかもしれない。本来の大きさの何倍も物を入れることができるという、とんでもなく便利なものではあるが、高級過ぎてなかなか持っている者が少ないアイテムなのだ。


研究は進められてるらしいが、未だに人間の手で自力で作ることは出来ておらず、現在の入手方法はダンジョンで宝として入手するしかないのだ。


見つかるマジックバックの容量も様々で本来の大きさの5倍ほどのものから、大きな屋敷までそのまま入れることが出来るような大きな容量のものまであるそうだ。


その最低限の容量の5倍のマジックバックですら、金貨を出さなければ購入は難しいだろう。商人や冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しい物だからだ。



『そんなに容量は大きくは無いものだがな!あるだけでかなり便利な物だぞ。』


『それはそうですよ!マジックバック持ちなんて、初めて会いましたよ!!』


カバンの入り口に肉を入れようとすると、吸い込まれるように消えていく…本当に物理学を無視した代物だ!


…こういうのを見ると魔法の世界に来たことを実感する。



『ほのぼのタイムは終了だ!敵がわんさかやってくるぜ!』

イアンの気配感知に反応があったようだ!暫くすると、目の前から先程より多い10匹のネズミが近づいてくる。


『ではさっきのお返しに、今度は私たち3人の実力を少し披露することにしよう。クリスは前に、イアンは私の詠唱のあいだ護衛とクリスのフォローを!』


その声と同時に3人は動き出す。


クリスは2メートル近くある長細い棒を前方に向けて構え来襲の時を待つ…


イアンは弓を構え、矢を指の間に何本も挟んでいる。そのうちの2本を同時につがえた。


そして、エリスは呪文の詠唱を始める。



一番前にいたネズミがクリスまで2メートルの距離まで近づくとクリスがまずは動いた!先頭のネズミの顔面へ突きを一閃。ネズミの体が後方へ吹き飛ぶ。


その間にネズミたちは後ろから次々に迫ってくるが、クリスは棒を少し中程に持ち替え、そのまま横にキレイになぎ払う。近づいてくるネズミのうち4匹はそれに巻き込まれ吹き飛んで行く。どちらの攻撃も致命傷にはなっていないが動きは完全に止められている。


残り5匹がなぎ払いの後のわずな硬直を狙って来ようとするが、ここでイアンが動いた。口調とは違いとてもキレイな姿勢でつがえていた2本の弓矢を放す。クリスの両側から迫って来ていた3匹のうち2匹の眉間を見事に射抜き絶命させる。


次の瞬間、続けざまに射が走る。速射というのだろうか?1秒に1射を放っているのでは?と思うほどの早業である。その分威力は低いのか残り3匹のネズミは矢に当たり速度は緩めながらもまだ向かってきている。



ここでエリスの詠唱も終ったのか様子が変わる!


『…我の前にいる全ての愚かなる者たちを穿て!…ファイアーアロー!!』


エリスの上空に10本の赤く燃える火の矢が現れ、まるで吸い込まれていくようにネズミたちに刺さっていく。矢が刺さっただけでもおそらく絶命していたネズミたちは、その熱量からかあっという間に燃え尽き灰となった…



【ジョブレベルがあがりました】



『嬢さんよ、張り切り過ぎだ!!何も灰にしなくてもいいだろー!?


おかげで刺さってた矢まで一緒に燃えちまったじゃねーか!…勿体ねーだろーが!』

イアンがエリスに文句を言っているようだ。


『それは済まなかったな。賢者になって魔力が大幅に上がっているようでまだ調整が出来てないのだ。許せ…』


『てっきりあの2人にいいとこ見せようと張り切ったのかと思ったら、そういう理由なら仕方ないわな!


これからもレベル上がってどんどん魔力も上がるだろ~から早いとこ慣れちまいな!』


『そうだな。精進する!』


エリスは俺たちに近づき

『まあ、ちょっとやり過ぎてしまったが、こんなものだな!魔法は威力はあるのだが、詠唱中は無防備になりやすいので仲間に守って貰わねばならないのが弱点だな!


ただ賢者はレベルが上がると、詠唱を短くできる【詠唱短縮】や魔法名のみで発動できる【詠唱省略】のスキルを覚えるらしいのでそのうちその弱点も軽減するんだがな。』



(あんな威力の魔法を、ポンポン放てるようになるって半端ないな…流石伝説級ジョブってことか。。)



『凄すぎて何て言っていいか…


でもエリスさんが詠唱に集中出来るようにすれば、無理に倒さなくてもいいことは分かったので一撃のない俺もフォローもしやすいですね!


クリスさんの棒術もイアンさんの弓の腕も凄かったですし、全員で連携を取ればネズミがいくら来ても怖くないですね♪』



『アラン!?何てこと言ってるのよ…』

ビアンカが何故か呆れ顔で言ってくる。


『何がだよ!?俺変なこと言ったか?』


『あんたは今、フラグを立ててたのよ!』


またイアンが気配感知に反応があったようで、

『これは!?凄い数がこっちに向かってきてるぞ!!しかも前からも後ろからも…挟み撃ちだ!気をつけろ!!』


『ほらーもうフラグ回収しちゃってるじゃない!アランのバカー!』


『挟み撃ちされるのは面白くない!こちらに少し進めば奥が行き止まりの脇道があるようだ。そこまで突っ切るぞ!』

エリスが地図を見て皆に指示を出す。


『俺とビアンカで道を開けます!』

俺はビアンカと目を合わせ、動き出す!


前からは、30匹以上のネズミが迫って来ているようだ。

『何でこんな入り口付近でこんなに敵がわんさかいるんだよ?普通あれだけ人がいたら奥に行くまではほとんどエンカウントしないはずじゃないのか?』


『知らないわよ!アランのせいじゃないの?遊び人になってからエンカウント率上がったって言ってたじゃない?』


『ここまで多いと、運が良いというか、逆に悪いっていうんじゃないのか??』


『だから…アランがさっき言ったフラグ「ネズミがいくら来ても怖くないですね♪」って言葉に反応してるんじゃないの?』


『フラグってそれのことか!』


『今まで気づいてなかったの?どんだけ能天気なのよ!?』


俺とビアンカは、走りながらも相変わらずの軽口を交わしながら目の前のネズミを蹴散らしていく。数が多く対応しきれてない時にはクリスの棒術が助けてくれるのでかなり助かっている。


『クリスさんありがとうございます。助かります!』


『クリスは脇道に入ったら前方の安全確認!アランとビアンカは脇道の入り口で警戒を頼む!


イアンはアランとビアンカのフォローを!私は脇道に入ったら魔法の詠唱に入る!


クリスは前方の安全が確認出来次第私のフォローを頼む。』

エリスから素早い指示が飛ぶ。


『はい!』×2

『おうよ!』

『お任せ下さい!』



『痛っ!』

俺は痛みが走ったところを見る。左足を噛まれてしまったようだ。ナイフですぐに剥がすが、次から次にネズミは襲い掛かってくる…噛まれるだけなので大怪我にはなっていないが、俺もビアンカも徐々に傷が増えてきている。


『傷は後で治してやるから、今は踏ん張れ!もう脇道は目の前に見えてるぞ!!』

クリスから檄が飛ぶ。



『よし!やっと到着だ♪ビアンカ傷は大丈夫か?まだ動く余裕あるか?無理そうなら俺に任せて後ろに下がっててもいいんだぞ?』


『誰に言ってるのよ!?アランこそビビって漏らしてない?パンツ着替えるなら時間稼いであげるわよ!』


一瞬お互いの顔を見て気合いを入れ直す!

『なら大丈夫そうだな(ね)?ここは、死守するぞ(わよ)!』


俺たちは、3人が抜けるのを確認すると迫ってくるネズミと相対する。数は先程より増えているのは間違いないだろう…軽く50は越えている。


(パーティー組んで正解だったな!これはビアンカと2人だったらちょっとヤバかったかもな…今はエリスさんの魔法がある。時間さえ稼げれば俺たちの勝ちだ!!)


俺もビアンカも覚悟を決め、多少のダメージは無視して俺たちを抜けようとするネズミを優先して斬っていく。それでも、何匹かは抜けていくが、それは全てイアンの速射によって無力化されていく。


エリスは脇道に入るとすぐに詠唱に入る。


『我エリス・ローランの名において命じる、風の子供達よ、我の前に集いて楽しく踊れ!目の前に広がる我に仇なす愚か者の手を取り、さらに激しく踊れ!…廻れ!…廻れ!…廻れ!…廻れ!全てを破壊するまで躍り尽くせ!!…サイクロン!!』


詠唱が終わると、ネズミたちの真ん中に大きな竜巻が起こり、次々に飲み込まれていく。


ネズミたちを飲み込む度により激しくうねり、さらにその勢いは激しさを増すばかりだ。魔法の効果が終わる頃には、ネズミの数は10匹を切っていた…


俺たちはそれでも向かってくるネズミ数体を倒し戦闘がようやく終了する。。



【ジョブレベルがあがりました】

【スキル 流し目を取得しました】


(流し目?嫌な予感しかしない名前だな…)



『皆ご苦労だった!予想していた以上にダンジョンとは大変なもののようだ。クリスによるとこの奥は安全だそうだ。疲れを取るためにそこで少し休憩しようと思う!昼には少し早いが食事も取りたい。


クリスはアランとビアンカの怪我の治療を頼む!イアンは近くのネズミで肉を取れそうなら集めてくれ!私は奥で火を起こし、料理の準備をしておく。』



『我クリス・モーガンの名において願う。偉大なる神の奇跡をこの者に与え、その苦しみから解き放ちたまえ…ヒール!』

ビアンカの体が青白い光に包まれ傷が消えていく。


『すごい!痛みがあっという間に消えたわ♪クリスさんありがとうございます。』


再び詠唱を行い俺にもヒールを掛けてくれる…


(暖かくて気持ちいいなこれ…)


『ありがとうございます。本当にあっという間に痛みが消えました♪』


回復魔法を初めて体験したので、俺たちは大興奮だ!薬草嫌いな俺にはこの魔法は羨ましくてたまらない。



(あ~!どうして俺には魔法の適正がなかったんだ…


無い物ねだりなのは分かってはいるが、せっかく異世界に転生したのに…と考えずにはいられない日本人なのだった。。)




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