10 補習

「莉子、ストップ! 止まって!」


「えっ、なんで」立ち止まる莉子。

 

「視界が進行方向と逆で気持ち悪い。あと、リュックがゆれる度にファスナーが開いてきてるから、そのうち俺が落ちる」


「ああー。ごめんね。じゃあ、中に入ってて!」


「うわっ」リュックの中に押し込まれた。


「走るよー!」


うわあーーっとリュックの中から春樹パンダの悲鳴が聞こえる。莉子は気にせず走り続けて学校に着いた。




「春樹、大丈夫?」


「…………キモチワルイ」ぐったりしている。


「ごめんね。休んでて」「え」リュックのファスナーを閉めてそのまま補習を受けた。



☆ 



「春樹ぃ、春樹ぃ」


「ん……」


「補習終わったよ」


「あ……」


「大丈夫?」


「ああ、せっかく連れてきてもらったのに寝てた」


「ごめんごめん。それじゃ春樹の家行こう」


「今度はゆっくり歩いてくれ。さっきは酔った」


「うん。前にしょって歩けばいいかな」


「良いと思う」


リュックを前にしょい直して莉子が歩き始める。春樹パンダは進行方向を向いている。


「ねえ春樹。今気づいたんだけど春樹の家に行ってもさ、鍵持ってないから入れないよ」


「俺鍵かけないから」


「えええー、嘘でしょ不用心。危ないよ、泥棒とか強盗来たらどうするの」


「鍵かけるの忘れちゃうんだよ。さすがに大金がある時はかけるけど」


「泥棒と鉢合わせしたらどうしよう。怖くなってきちゃった」


「怖い思いさせてごめん」


「うん。ねえ、春樹ってホントに一人暮らしなの? 実は年上の女の人と同棲してたりしないの?」


「それあこがれるなあ。一人暮らしになったのは4ヶ月前から」


「そうなんだ。ねえ、ちょっと聞いてもいい? 答えたくなかったら答えなくていいからね。他に家族はいないの?」


「兄がいて彼女と同棲してる。あと両親は仕事で香港に行ってる」


「ええっ香港で仕事してるの? 何それカッコいい。香港の動物園で売ってるパンダグッズに興味あるんだけど」


「そうか。じゃあパンダグッズ送ってくれるように頼んどく」


「ええっ、いいのー? ありがとー!」


「おねだりされちゃしょうがないな」


「あっ今のおねだりだったかな?」


「そうだろ。ぬいぐるみ以外で頼んどく。俺以外のパンダ、抱っこしてほしくないからな」


「あはは。ヤキモチやきだねー」


私達こんなにラブラブなのに何で付き合ってないんだろうと莉子は不思議に思った。

 


春樹が住むアパートにたどり着いた。莉子が玄関のノブに手をかけたら、本当に開いていた……。


「……結構広いんだね。何部屋あるの?」


「3LDKだ。莉子、一応ドアは開けっぱなしにしておこう」 


「うん」


「いや、閉めておいた方がいいか?」


「う〜ん。どうしようか」


「開けておこう。

もし泥棒が中にいて、莉子と鉢合わせした場合に『助けて!』って言っても近所の人は怖がって助けに来ないことがあるらしい。

『火事だ!』って言った方が近所の人が火を消すつもり&野次馬根性で来てくれるらしいぞ」

と春樹パンダがアドバイスする。


「オウケイ。分かった」


「外から泥棒が来る場合、ピンポンを押して、中に住人がいるかどうか確かめてから入ってくるだろう。

その時は俺が外に向かって『はーい!』と言うから莉子は返事しなくていいぞ。

男の声がしたら泥棒は入って来ないだろう」


「ラジャ。春樹、そんなに防犯対策知ってるのにどうして鍵かけないの?」


「……莉子の為に覚えていたんだ。鍵は、今度から掛けるから……。まず俺が寝てる部屋に行こう」


「うん」


玄関から一番近い部屋のドアを開けた。

薄暗い。窓から少し光がさしている。


「壁に電気のスイッチがあるからつけてくれ」


「うん」


パチンとドアの近くのスイッチを押した。

電気がついて部屋が明るくなった。

春樹の本体がベッドの上で寝てる。


「おお、俺がいる」


「うん。生きてるかな」莉子がそーっと、春樹本体に顔を近づける。


スピー、スピー……



「ぐっすり寝てるね」


「良かった。俺が無事で。生きてるってことは転生じゃないな。幽体離脱か?」


「乗り移りかなあ?」「同じ意味だろ」


ピンポーン

「宅配便でーす!」と元気な声がした。

「はーい!」と春樹パンダが返事をする。


「莉子、荷物を受け取ってサインをしてくれないか?」


「オウケーイ」英語っぽく言ってみる。


一応リュックを前にしょったまま、玄関に行く。配達員から荷物を受け取り、春樹の名字をサインして、ドアを閉めた。

うふふっ新婚さんみた〜い、と莉子はニヤニヤしだした。


「春樹、これどこに運んだらいい?」


「通販で注文した米だから重いからここに置いたままでいい」


「わかった」


ピンポーン。またピンポンが鳴った。


「はーい!」と春樹パンダが返事をした。


「春樹ぃ。開けてくれる?」とドアの向こうから声がした。


「あ、やべえ。夏生なつきだ。」


「なつき?」莉子がドアの覗き穴から外を見ると、セミロングで目の大きい人が立っていた。







 


 




 


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