14 開眼個体
ふわふわ、ふわふわ
見上げるほど大きくなってしまった大毛玉ケセランパサラン。巴の結界から一歩出ればすぐに標的にされ、その見た目の柔らかさを裏切る固い一撃をもらうことになる。
「グゥッ」
「薫兄! 助かった」
「おぅ……うるああああっ!」
早速逃げ切れない攻撃が来て一撃はもらう覚悟をしたが、鬼化した薫が全身の力を使って受け止めていた。そのまま押し返し、すぐに戻って来た二撃目も止める。そして、ちらりと背中に庇った来留芽へと目を向けてきた。
「お嬢はケセなんとか、あー……けせらせらを削ることだけを考えてろ! 攻撃は俺とエロ猫が何とかするからな!」
『勝手に決めるんじゃねぇ』
「じゃあ置物になっているってか?」
『……お前さんより完璧にやっちゃるよ!』
いまだにケセランパサランと言えない薫。そんな彼とそりの合わない茄子は互いに数々の売り言葉に買い言葉を繰り出しつつ見事な連携で大毛玉の攻撃を防ぎ、その力を削っていた。
『見事な連携ですね』
「『誰がだ!?』」
あんた達二人だよ! と結界越しに巴が見事なツッコミを入れていた。
そんな気の抜けるやりとりはさておき、来留芽は魔祓の様子を見ながら着実にケセランパサランを削り続ける。
確かに魔祓で斬り払えばその部分から大人しくなった。問題は合流しようとしてくる分をどうするかだが、来留芽はここで手札の一つを切る。身体能力強化の呪符を使ったのだ。だから、大毛玉ケセランパサランを削りながらそれに合流しようとする埃も斬るという超剣技を見せている。
「あと、三分……っ」
デメリットは来留芽の体力が削られ続けること、持続時間が五分と持たないこと。とはいえ、これでも最初はカップ麺が微妙に食べられない時間程度だったのが少しずつ伸びた結果なのだ。
それでも、三分などあっという間のことで。
「はっ……はぁ、はぁ……」
来留芽は身体能力強化が切れたのを感じ取ると一旦刀を振るう手を止めた。今、目の前にいるのはピンポン球くらいの大きさになったケセランパサランだ。それ以外は床に散っている。しかし、別に死んでいるわけではない。
来留芽は最後に残った一塊に向けて魔祓を突き付けた。
「降参する? しないというなら、私はあなた達を全滅させるしかなくなるのだけど」
『きゅぴ!?』
来留芽の本気を感じたのか、毛玉は小刻みに震え始める。何気に初めて聞く鳴き声を上げて。
それは種族的な言語というわけではないようだったが、何が作用しているのか降参の意は物凄く伝わってきた。来留芽に下ると言っているのが分かる。
さすがは不思議生物だと思う。……もっとも、あやかし全体を考えればこの程度のことで驚いていては心臓がもたなさそうではある。
「いくつか質問したい。隠さずに教えてくれるよね?」
『きゅ、きゅぴ!』
『……きゅ』
必要な情報を隠したりしたらただでは済まさない、という言外の脅しをしっかり聞き取った毛玉達はまた震え上がる。これなら有用な情報を得られるかもしれないと思い、遠慮無く質問を口にしようとしたその時、代表のように声を上げた毛玉がいた。彼(彼女?)の前に道が出来上がり、静々と前に出てくる。
「あ、この毛玉は目があるんだね」
覗き込んだ巴が少し驚いたような声を出す。来留芽も驚いた。
巴の言ったとおり、その毛玉の中央部分にはぱっちりとした目があったのだ。時折瞬きをしているので飾りというわけではなさそうだ。
『おー、確かにぱっちりとしているな』
「開眼個体ってところか?」
「言い方はいろいろありそうだけどね。ま、仮称としてそれで呼ぼうか」
来留芽達の質問にはすべてその開眼個体が答えてくれた。そこから分かったことは、どうやら毛玉達はケセランパサランと呼ばれるあやかしで間違いないらしい。なぜこの場所にいるのかと問うと寄生主が展開した空間だからだと返ってきた。来留芽達を襲ったのは寄生主の害になり得る存在だと危ぶんだからだったらしい。
驚いたことに、ケセランパサランは宝箱のつくも神に寄生しているのだという。
「寄生されるつくも神って……ダサくね?」
「だけど、寄生されても何ともないってことは相当な力を持っていると考えることができるよ」
『……きゅ』
開眼個体は巴の考えに肯定の意を返していた。寄生主の力が強ければ強いほどケセランパサランは増殖数が増えるのだという。ここ最近は天井知らずだったというので宝箱のつくも神は天井知らずの力を持っているということになる。ますます油断できそうにない。
「私達の邪魔をするなら容赦はしないから」
『きゅ』
寄生主を消滅へと追い込むつもりか。
そう尋ねられて、来留芽は首を横に振る。叩きのめすとは決めた。しかし、別に消滅を望んでいるわけではない。
「彼に逢いたいと願う人物がいるから。死なせるつもりはない」
『……きゅ?』
「案内してくれるなら助かる」
『きゅ!』
宿主が死なないのならば、とケセランパサランは案内を申し出てきた。ある意味では宿主と一心同体である彼等は宿主の居場所もこの空間に限れば分かるのだという。
来留芽達はケセランパサランの先導に従って廃墟ビルの上階へ進んでいく。
「それにしても、お嬢は奴を殺す気はなかったんだな。俺はてっきり……」
宝箱のつくも神を消滅させる気でいるのだと思っていたと。もしかしたら、その“間違い”を止めるために二人は本部を振り切ってオールドアの巴と薫として来てくれたのかもしれない。
来留芽は苦笑する。心配されているな、と思いながら。
「確かに、樹兄に大怪我をさせたことは許していない。でも、それで殺そうとするような短絡的な思考回路はしていないつもり」
「ってことは、そんな風に思い至った薫は短絡的な思考回路だってことだね。まぁ、普段からキレやすいし尖っているから納得できちゃうんだよねぇ」
「巴ぇ~……」
「あっはっは。そんな恨めしげな目をしたって意味ないって。何せ、あたしはあんたの指導役兼監視役なんだから」
巴と薫は比較的同じように本部の仕事を受けている。傍目には
したがって、これまでに薫は様々な醜態を巴に見せている。そのときの騒ぎの収拾もおそらくは彼女がつけたはずだ。頭が上がらないわけである。
『きゅ』
あと少し。ケセランパサランがそう言ったときのことだった。
「「諸々の禍事罪穢れをば祓いたまへ」」
『きゅぅっ』
「うわっ」
横から殴られるかのような強い風が吹き、急だったので踏ん張ることもできず床に倒れてしまう。ケセランパサランなど為す術もなく飛んでいってしまった。その先で拾い上げた人物を見て来留芽は慌てて身を起こす。
「コレが鍵ですって? 妙ちくりんなあやかしだこと」
「あれを手に入れるための鍵だというなら、その見た目などどうでも良いだろう」
見たことのない男女だった。ケセランパサランを掴んで持ち上げた女性は派手な若者らしい服を着ている。本人の年齢が三十代以上(女の勘)なのでちぐはぐな印象だ。その隣の男性も似たり寄ったり。地味な顔をしてギラギラとした派手なスーツを着ていた。とても似合っていない。そして、二人ともなぜか頭はぼさぼさだった。
しかし、その素性については先程受けた風に聞こえた祝詞から割り出せる。
「出雲関係の誰か……?」
「お嬢ちゃん、近く私達の名前を嫌というほど聞かせてあげるわ。あなたの大切なモノも一つずつすり潰して格の違いを教えてあげるわね」
「……ハッ」
女性が悪意の棘を秘めた優しい声で来留芽に言ったことに対して、同じように聞いていた薫は鼻で笑う。人の社会で立身出世を目論む猿を見るかのように。明らかな嘲笑が込められたそれに気付き一瞬で顔を怒りに染めた彼女はどこからか取り出した何かを投げた。
「金串か。ちょっと遅いぜ」
普通の人が投げられる速度では決してなかったのだが、生憎と普通ではない薫にとっては何ら問題のない速さだった。あっさり避けられたことに女性はさらに怒りで顔が染まる。
「出雲の席を手にいれたら完膚なきまで潰してあげるわ。お前も、古戸もね」
「精々今のうちに平穏を享受しておくが良い。オールドア」
「……あはは!“出雲の席”がなければ潰すこともできないってあんた達の弱さが露見しているだけじゃない?」
「「なっ……」」
腹を抱えて笑いながらそう返した巴の言葉に名も知らぬ出雲の縁類らしき男女は意味ある言葉を返せない。
予想外のことを言われたとかそういうことだろうが、そんな事情を汲み取ってやるつもりはない。
二人の態度には来留芽も少し頭にきたので薫とともに遠慮なく口撃に乗り出すことにした。
「図星を突かれて何も言えませんってか。出雲も堕ちたものだぜ」
「本当に。そもそもあなた達程度の霊能者が出雲のトップに立てるはずもない。まるでそれができるかのような顔をしているのは見ていて恥ずかしい」
「なっ……」
「私を潰そうというなら、潰される覚悟も持っておくといい」
『お嬢も意外と言うんだな』
「オールドアの仲間と家を馬鹿にされて黙ってるつもりはないから」
今回の件は霊能者の“家”に関わってくるものでもある。そろそろ来留芽も古戸の当主として立場を定め、覚悟を決めなくてはならない。
黙っていては奪われるばかりの世の中だから、手を出そうとするのなら口撃も攻撃も厭わない。
「なっ、生意気な小娘だこと。威勢だけは認めてあげても良いわよ。まぁ、今回はコレが私の手の中にあるもの。勝ちは決まったわね」
「おっと、そいつはどうかなァ」
「痛っ……」
パシン、と乾いた音がしてケセランパサランはまたどこかへ。
女性の手を打ったのは鞭のような細い何かのように見えた。それが戻る先を目で追えば、来留芽にとっては見覚えのある男性がいた。
「誰だ? ってか樹」
この場にいるほとんどの者の疑問を口にした薫だが、そのすぐ後に新たに現れた實樹の後ろからひょっこり覗いた樹に驚く。
彼は出雲の縁類らしき男女をなぞるようにして手のひらを動かした。たったそれだけの動作で何らかの術をかけたのか、二人は石のように固まり何もできなくなってしまう。
「やあ。巴と薫も来ていたんだね~。僕、必要なかったかな~」
「いや、オレの正確な身分の説明に必要だろォ、樹」
「あ、そうだった。一応紹介するよ。これは月見里實樹。月見をする里と書いて“やまなし”と読む難読の苗字。巴と薫は知っているか分からないけど、本部の仕事の一部を受けていたりするんだよね~」
めくらましで束の間見た限りでも思ったが、この二人はやはりよく似ている。双子らしいというわけではなく、兄弟かもしれないと思わせる似方だ。
「へぇ、あたしは初対面だね」
「俺は……すれ違ったことがあるかもしれねぇ」
「ま、本部に出向くこともあったからなァ。で、そこの嬢ちゃんは完全に初対面だよなァ?」
「……まぁ、そうなる」
「? 何か煮え切らない返答だね、来留芽?」
實樹からしたら確かに初対面だろうが、来留芽からすれば違う。そこの部分の説明をする暇がなかったので曖昧な返答になってしまった。
「私自身は、月見里さんの姿を見たことがあるというだけ。……初めまして、古戸来留芽です」
「おォ、月見里實樹だ。月見里は三笠の陣営に二人いるから實樹って呼んでくれりゃ良いぜェ。あと、口調はどうでも良いからなァ」
「分かった。ところで、先程のは?」
「オレの得意技だ。……こんな感じのなァ」
實樹が顔の前に持ってきた手の指が伸びて……いや、枝のようになった。それを自由自在にしならせている。あれをさらに長く伸ばしてケセランパサランを強奪したのだろう。
「――で、あんたとの関係性は? 樹」
来留芽も気になっていたことを巴が尋ねる。
「両親共に同じの兄弟、ってところかな~。僕は弟なんだよね~」
「おゥ、親父が否定しようが樹はオレ達と血のつながった兄弟だ」
やはりそうだったか。
『ま、似たような匂いがしてりゃ十中八九そうだろうな』
「だけど、苗字が違うじゃねぇか」
「同じだよ。意味するところはね。山無だって“やまなし”って読めるし~。ただ、僕は養子に出されている扱い立ってだけだよ」
しかし、裏において養子縁組についても何らかの理由、何らかの意味があるはずだ。例えば、双子を不吉なものとして片方をなかったことにするため。例えば、一族を名乗れる条件に満たない者に一族の名を名乗らせないため。
樹はどのような理由によってそうなったのだろうか。
そんな来留芽の疑問に答えるかのように樹は口を開く。
「――實樹兄の身代わりにね~」
何のてらいもなく、そう言ったのだった。
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