13 埃妖怪の猛襲
『――おいおい、誰が入ってきたってんだ?』
ウェルカムトラップを作動したのは一体何者か。来留芽達が今いる場所からはそれを知ることはできない。あの罠による犠牲者が出てしまったのか、そうでないのかも分からなかった。
「細兄かな?」
『どうだろうなぁ……お嬢が危機に瀕していりゃ何をおいても突っ込んできそうだけど、意外にお嬢を信じているのも細だ。今回は冷静に外から崩す方法を試していそうだぜ』
来留芽が自分の判断でこのあわいに突入したことは細もきっと分かっている。自分の判断でそう決めたのであれば、と彼は無理に来留芽を守ろうとはしない。彼の性格からして二手に分かれたのならばその利を最大限に利用してから合流に踏み切るつもりだろう。こんなにすぐに中へやって来るということはないはずだった。
それが分かっているのに細だろうかと考えたのは、それ以外だった場合があまり嬉しくないからだ。つまり、希望的観測というやつだ。
「私達が追っているタマテバコは私達以外にも裏警察に本部、出雲家の人や三笠美穂達まで狙っている。ここがあわいのような空間なら、普通の人間は簡単には入れないはず。……入ってきたのは誰だと思う?」
『細だったら良いなぁ』
主従そろって思うことは同じらしい。
「そういえば、同じ空間にいるならイヤリングも機能するかもしれない」
『あー、どうだろうなぁ。それを持っているのはお嬢だけだし。一応、試してみれば良いんじゃねぇの』
入ってきたのが細でなければ何の意味もなく、入ってきたのが細であってもタマテバコによる妨害があれば同じく意味がないのだが、とりあえずイヤリングに霊力を流してみた。しかし、うんともすんとも言わない。
何となく予想できた結果なので来留芽は無言で首を横に振る。
『よーし、休憩終わり! 捜索に腰を入れようぜ、お嬢』
休憩するつもりはなかったが、結局のところ休憩になっていた。ほんの数分の無駄を取り戻そうとするかのように茄子が積極的に動き始める。それに合わせるように来留芽も視線を周囲に巡らせた。
現在地は廃墟の二階。階段を上ってすぐのところだ。一階よりも雑然としている。普通逆ではないかと思ったが、今は脇道に逸れた思考を封じる。目標を絞ることにしたのだ。第一に女性の安全の確保。第二に、タマテバコを叩きのめす。
「茄子、靴跡は?」
『向こうに続いているぜ』
「そう。とりあえず追いかけてみようか」
『おぅ。でも、何か引っかかるんだよなぁ』
首を捻りながらもとりあえず歩き始める茄子。来留芽はその隣を同じように歩きながら人の気配を探っていた。猫又が感じているという違和感については気になるが、本猫もはっきりと言えることはないらしい。なので思考の片隅においておくだけにする。
「……茄子、気付いてる?」
『おぅ、何かいるな、ここ』
周りを見ているとちらちらと視界の端を走るものがあった。サッとそちらを向いても何もいない。では、見間違いだったのだろうかと顔の向きを戻せば、今度は逆の方向に何かが動いた気配を感じ取る。
どうしても動いているものをはっきりと視界の中に捉えられない。それはどうやら茄子も同じようだった。
不思議なことだ。
来留芽と茄子が同じ方を向いているわけではない。しかし、二人ともこのフロアでうろちょろしている何かを見ることができていない。
「ただ埃が舞っているだけ? ……でも、それだったら特に気にならないはず」
来留芽達がいるのは廃墟なのだ。埃など歩けば舞うというもの。
では、一体なぜ気になるのか。
『お嬢、妖力を持ってやがる。蟻粒みてぇな……』
「なるほど」
茄子が答えを言ってくれた。
タマテバコが作り出したあわいというこの場所ではいつ何が襲いかかってくるか分からない。そのため、来留芽は女性の靴跡を追いかけつつも周囲の気配探知を行っていた。さすがに蟻粒ほどの妖力はなかなか捉えられないのだが、今回は無意識のうちに捉えていたのかもしれない。
「――でも、おかしい」
妖力を持つ者がいるというそれだけでは右の視界の端でも左の視界の端でも捉えられた理由が分からない。あの妖力の小ささでは瞬間移動などの芸当は見せられないはずだからだ。
来留芽は足を止めて茄子の背に手を置いた。そして自殺行為かもしれないと思いつつも目をつむり、感覚の精度を一つ上げてみる。すると、先ほどまで気が付かなかった小さな小さな妖力が無数に……!!
「囲まれてる!!」
そこからもう、考えてみればいくつものことが起こったのだ。
小さな無数の妖力が少数ずつ集まった。毛玉のような埃だ。しかし来留芽はそこに敵意を感じ取る。同時に茄子の背中を押して逃走を促した。
『まぁこうなるよなそりゃあっ!!』
ある程度集まったものから弾丸のように来留芽と茄子を穿とうとする。避けた先でコンクリートを抉っているので仮に当たったら大変なことになりそうだ。
敵意には攻撃で対処しつつ道を開き、謎の群体あやかしから離れようと走るが、前方からガッシャンとガラスが割れるような音が響いてくる。つい先日に起こった天生目東高校大蜘蛛事件での痛恨の失敗、魔祓による豪快な窓破壊の際の音にそっくりだった。
『新手か!? あ゛~~!! 一体何が起こっているんだっ』
「分からない! でもここで止まると三百六十度から集中攻撃される」
『ヨーシ、壁際だな! 壁際しかねぇ! お嬢、背中に乗れっ……駆け抜ける!!』
前方と背後の両方に呪符で雷を走らせ、群体を散らす。その一瞬の空白を無駄にせず来留芽は茄子に飛び乗ると身を屈めた。グッと黒猫が足に力を込めたのを自分のことのように感じたかと思うと、次の瞬間には向けられていた敵意を背後に置き去りにしていた。
包囲網を抜けた、とほんの少しだけ安堵したそのとき、正面に人影を見て来留芽は身を固くする。人影は四つ。彼等は向かい合うようにして立っていた。そして、あろうことか茄子と来留芽はその間を猛スピードで横切る羽目になったのだった。
『やっべ……ちょっと回るぞお嬢!』
勢いがつきすぎた茄子は壁に足をついてクルッと方向転換して勢いを殺す。その背中に乗っていた来留芽は一瞬のうちに向きを変えながらかかる圧力を何とか耐えきり、猫又がピタリと止まったところで思わず体を弛緩させてしまった。
「黒の猫又……もしかして、お嬢のエロ猫か?」
「え、恋なすび? ってことは来留芽ちゃんもいるのかい」
聞き覚えのある声がしたので、来留芽は何とか体を起こす。
『薫と巴か。お前さんらも来ていたのな』
「ちょうどそこで細と遭遇したからね。こっちはようやく本部の
「俺ならともかくって何だよ」
「ガラス窓を破って傷一つないのはあんたくらいでしょうが。半妖と普通の女の身体能力、一緒にするな」
片方は巴と薫だった。では、二人と対峙していた方は?
言い合いに発展しそうな二人から視線を逸らし、逆側を見る。そこにいたのは不本意そうに唇を尖らせた少女と呆れたような目をして巴と薫を見ている少年だった。名前は確か、東雲美歌と東雲穂摘だ。
まさかの遭遇。
いや、そうでもないのかもしれない。来留芽はそう思い直す。彼等もまたタマテバコを狙う手勢。タマテバコの動きを来留芽達と同じように気が付いたのだと考えるのは可能だ。
「まぁ、そっちの事情はどうでも良いけどさ。タマテバコを奪うのは僕らだから」
「「あ゛?」」
「あの面倒くさそうなものの相手、ヨロシク」
「「は……?」」
二人が驚くのも無理ない。東雲兄妹が慣れた様子で狭間を開いて消えてしまったのだ。それ以上に唖然とさせられたのは、来留芽と茄子が壁際まで追い詰められた元凶、謎の群体のあやかしが酷く大きくなっていたことだった。その妖力も、大きさも天井知らずにふくれ上がっている。
「『……やばくね?』」
薫と茄子が呟いたその言葉はすべての気持ちがこもっていた。そこに恐怖がないのは来留芽達がこうした場面に慣れているからに他ならない。とはいえ、脅威は脅威としてしっかり認識できるのでこうして困ることもあるわけだが。
「祓いたまい、清めたまへ! 来留芽ちゃん、詳細っ」
「最初は蟻粒くらいの弱小妖力しかなかった。でも、気付いた途端に集まりだして今は見ての通り」
『ある程度集まったら床を抉るほどの点攻撃してくるぜっ』
来留芽と茄子によるあの群体あやかしの解説を聞いてすぐさま動いたのは巴だった。体に刻まれている分も使った本気の霊力を練って普段よりも数段上の結界を張ったのだ。
次の瞬間、大毛玉となった群体あやかしが結界にぶつかる。
「っ! 予想以上に、重いっ……けど、まぁ、少しは持ちこたえられそうだね。薫、恋なすび、来留芽ちゃん。あんた達はあたしの結界が安全地帯であるうちにあれの特性を調べるんだ」
「分かった」
巴は緊急離脱場所として結界を維持することに専念する。その間、来留芽と茄子、薫は結界を出入りしつつ群体あやかしの性質を見極める。弱点でも分かれば重畳だ。
「とりあえず、攻撃が通じるかだな」
薫はそう言うと部分鬼化して殴りかかった。しかし、あやかしは殴られた部分だけ細かく分裂するのみ。まともに攻撃が通った様子はない。分裂したものもすぐに元に戻っていた。
「手応えの一つもなかったぜ。ただ空気を殴っただけみたいだな。……物理攻撃は通じそうにねぇな」
『とはいえ、それは純粋な物理だけの場合だろ。妖力をまとわせりゃ変わるんじゃ、ねぇの!』
「霊力でも斬れるかもしれない」
今度は茄子と来留芽が挑戦する。茄子は妖力を込めた爪で、来留芽は霊力をまとわせた刀(休眠中の魔祓)で攻撃する。すると、攻撃されたところがごっそりと消えた。これは、効果があるか――と、光明を見たかのような気持ちが浮かぶが、すぐにそれは萎んでしまう。
「少しは効果がある。でも、
そう、問題は少し消し飛ばしたとしても新たに毛玉埃がやってきて、寄ってきた端から大毛玉と融合し欠けた部分を満たしてしまうことだ。これではきりがない。
そのとき、来留芽が手にしている刀が目を覚ます。
『私の力がご入り用ですか? 主様』
「魔祓……休まなくて大丈夫なの」
仕込み杖のつくも神である魔祓は先の天生目東高校における事件で大きな力を振るったため、反動で休養が必要になっていたのだ。
『全力は厳しいですが、私の特質を考えればあの程度、四割の力でもこと足りるでしょう』
「ひゅう、言うな、つくも神」
『そこの半鬼よりは役に立ちますよ、私は』
「何だって? 喧嘩売っているなら言い値で買ってやるぜ」
下手に冷やかすかのような態度をとった薫が悪いのか、それともあえて見下すかのような態度をとって煽り返した魔祓が悪いのか。
――どっちもどっち
両方悪い、とスッパリ断じると来留芽は仕込み杖を抜いて構えた。
「魔祓、あれを無害化できればそれで良い」
『あれはケセランパサランですからね……そもそもの行動原理が不明なんです』
「けせらせら?」
『半鬼は耳も悪いのですか? ケセランパサランですよ。とりあえず、上下関係を分からせれば大人しくなることでしょう』
「つまり?」
ケセランパサランは正体不明の未確認生物として知られているものだが、まさかあやかしとして存在しているとは思いもしなかった。
そんな裏的にも未確認生物なものを相手に魔祓は何をしろと言いたいのか。
何となく察しながら来留芽は先を促す。
『片っ端から切り刻みます。私の刀身で』
結局のところ、数で押してくる相手には手数で押し返さなくてはならないと、そういうことなのかもしれない。
とはいえ、魔祓を利用することでその作業は格段に楽になるはず。
「茄子も薫兄も、それぞれのやり方で援護よろしく」
『「任せろ!」』
来留芽はケセランパサランなる不思議な音の名前を持った大毛玉を見据え、巴の結界を飛び出して斬りかかったのだった。
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