15 それぞれの思いを胸に、衝突


 そもそも、實樹が養子に出されるまでに至ったのは能力足らずが原因だったという。

 細かいところは月見里家の秘奥にも触れなくてはならないのでと割愛されてしまったが、彼が双子であったことも理由の一つだったそうだ。


「双子……」


 それについてもやはりそうかという思いしかない。来留芽はその相手を知っている。名前は確か、巳稀だっただろうか。


「……時代錯誤もいいところ」

「まァ、こっちの界隈じゃまだ珍しくもない話だけどなァ。双子は忌避される。それ以上にオレは双子の兄に寄生しなきゃ生きてられねェような状態だったんだ。正しくお荷物で七つを超えたら処分されるはずだったんだ」


 山無家に養子に出されるというのは、言い方は悪いが月見里家から“赤の他人となって死ね”と宣告されたに等しい扱いなのだという。今の時代にそれを自分の子どもにも普通に適用できるとは、實樹や樹の親は血も涙も無い。


「だけど、そこで僕が干渉したんだよね~。實樹兄は別に“足らずの子”じゃないし、さっきの二人みたいに血筋だけの紛い者でもないと思ったから」


 ところで、ケセランパサランを取り返した来留芽達は實樹と樹を加えて先を歩いていた。歩きながら實樹の事情について聞いていたのだ。

 出雲の親類らしき二人は置いてきた。あの周辺にもケセランパサランが現れていたのであれらのふわふわによってむずがゆくなっても掻けず、くしゃみしたくてもできないつらさをしばらく味わえばいいと思う。


「ま、オレが言うのもなんだが、樹の目は間違っていなかったってことだろうなァ」


 霊能者達の間にそういった子どもは探せば見つかる程度にはいたし、別に弱い存在というわけでもなかった。力は使いようによって変わるのだ。

 そうした現実を知るようになって實樹は生家の在りように対する疑問を大きくした。そして、必要ないのはむしろ、と考えるようになったのだ。そして、三笠正一に誘われたことで霊能者達の社会を変える流れに参加することにしたのだという。


「ってことはやっぱり今回の件は本気で取らないと流れが来ないってことだね」

「出雲の爺さんを引きずり下ろすのは大変だけどね~。その後釜の選定も」

「まだ決まっていないのか?」

「三笠の考えじゃ出雲の余り者に任せるつもりらしかったがなァ」

「出雲の、余り者?」


 それもまた、あまり良くない印象の言葉だった。


「ああ、ま、あだ名みてェなもんだ。出雲路余一っていうんだが」

「知ってる」

「あぁ、そういや、そうだよなァ。出雲の中ではあいつは一番マシなんだと。出雲の地位を落とさず、親類縁者を御し、神々とも無難に付き合える器を持っているらしいぜェ。本人は家との縁は切ったとか嘯いているそうだが、まぁ厳密にはできていねェだろ」

「突出したところはないけど、能力的には万能型で使いやすいって評判があるね~」

「先走ってことを起こしたせいでこう複雑な状況になっているがなァ……」


 彼も彼で何らかの思惑があって行動していたのだろう。それでも協会崩し側の人間であるのでそちら側が不利になるような真似はしないと思っておけば良いだろうか。


「おゥ、そうだ。オレがここまで来たのはちょっとした耳より情報を掴んだからだった」

「耳より情報だぁ?」

「聞いて驚け……つくも神の真名だ」

「ええっ!? それが本当ならタマテバコの捕獲がぐんと楽になるよ」


 来留芽も驚いた。つくも神にとって真名は命にも等しい。霊能者によっては支配下に入れられてしまうのだから。そう簡単に聞けるものではない。


「……で、あなたが聞いたというタマテバコの真名って?」

「冷静だなァ。奴の真名はフヨウっていうらしいぜェ」


 フヨウ。芙蓉と書くのだろうか。どこか女性的な響きを持つ。来留芽の知るタマテバコにはそぐわない気がするが……。


「そう。でも、どこまで本当の話か分からない」

「オレがガセネタ掴まされてるってのか?」

「なら、どこからの情報なのか教えてもらえる?」

「どこからっつうか、出雲路余一がソースなんだ。あいつかどこから聞いてきたかは分からねぇ」

「まぁ、頭の片隅にでも置いておけば良いんじゃないかな~」

「そうしておく」


 そう言いながら、やはりしっくりこないと一人もやもやとした気持ちを抱く。そう、もっと別の名前を知っているような気がするのだ。思い出せそうで思い出せず、もどかしい。


『きゅ!』


 そのとき、ケセランパサランがここだ、と鳴いて教えてくれたのは廃ビルの五階だった。

 宝箱のつくも神の強さを知る来留芽達は慎重に歩みを進める。ここに来るまで最初に狙われていた女性の姿も見られなかったのでこの階にいるかもしれない。そうなると、非現実的な術の数々を簡単に使うわけにはいかないので、難しくなる。


「茄子、気配を読める? 特に、普通の人の」

『人間がいるのは確かだな。他は分からねぇ』

「恋なすびでそれとか、やっばいねぇ」

『とはいえ、犬ほどの嗅覚じゃねぇけどな』

「まぁ、良いさ。さっきの出雲の紛い者とは比べものにならないあたしの巫術の見せ時だね。とりあえずこの場に潜んでいる霊能者をあぶり出そうか」


 巴はポケットから親指ほどの小さな瓶を取り出した。中には透明な液体が入っている。キュポンとコルクを抜くと中身を床に零す。零し、続ける。


「何だァ? それは」

「あたしのとっておき」


 それだけ言うと巴は目を瞑り、スゥッと息を吸った。


「……祓いたまい、清めたまえ」


 柏手もなく、ただ呟いただけ。しかし、変化は絶大だった。巴の足元からゴウッと風が吹いて細い水の竜が風をまといながらフロアへ散る。竜は霧のようになってその場を満たしていった。不思議なことに来留芽達に触れる様子はない。それが巴による配慮であったのだとすぐに理解することになった。


「「うわ、あっつ!!?」」


 霧はどうやら熱い水蒸気になっていたようだ。それに触れて本能的にか熱が薄い場所……窓や入り口へ向かう者が現れる。


「これで、何とか捕まえられるね? 一応、霊力と妖力を対象にしたから関係ない人は無事なはずさ」

「オーケー、巴。僕と薫でパパっと伸してくるよ~」

「とりあえず、しぶとい出雲の関係からだな」


 霊能者、術者であるならば抵抗を見せるだろうと二人を心配する気持ちが顔を出したのだが、黙って見送った。


『おい、お嬢。タマテバコとやらの姿がないぜ』

「まさか、巴姉の術から逃れてまだ隠れてるってこと?」

「なかなか面倒くさそうだなァ。……そういや、あの毛玉はどこに行ったんだァ?」


 實樹の繰り出した疑問に来留芽と茄子は慌てて周りを見回した。言われてみれば、ケセランパサランの姿がない。

 嫌な予感が胸をよぎった。

 来留芽は手持ちの呪符から攻撃性の高いものを手前に準備する。


「――来るっ!」


 ほとんど勘だった。暗闇を割くようにして向けられた殺意を呪符で相殺する。

 遠くではこの攻撃に上手く対応できなかったのか悲鳴が聞こえた。樹や薫ではない。それに安堵する間もなく状況は切り替わっていく。


『――ようこそ、霊能者諸君。僕の眷属の道案内はどうだったかな?』


 館内放送のように広く声が響く。まだ姿を見せないその相手に来留芽は歯噛みする。


「タマテバコ……」

『最近それをよく聞く。まぁ、人間につけられた名前などどうでも良い。どうせ君達はこの僕の糧となるのだから』


 姿を現さないうちは余裕なものだ、と来留芽は皮肉げに笑う。とはいえ、現状すぐにはその余裕を打ち砕く手を思い付かないのだが。


「面倒くせェ相手だな」

「本当にそう」

『ハハハハハ! じわじわと迫る死の恐怖に泣き叫ぶ様を見せるがいい!』


 パチン、と指を鳴らす音がした。来留芽は直感的に身を屈め転がって移動する。茄子は飛び退り、實樹は自分の腕を木の枝にして何かを防ぐ動きを見せる。巴は堂々と立ったまま。恐らく最小限度の力で結界を張っている。


「ギャアッ!」

「東野ーっ!」

「あれ? 無事っす」

「紛らわしいことすんなこのボケがぁ!! というか、大丈夫ならサポートに入ってくれ。この結界も結構維持するのが大変なんだよ」

「出雲路先輩は元凶に近いんすからしっかりやってください」

「本気だっての」


 聞き覚えのある名前が聞こえてくる。出雲路というのはもしかしなくても出雲路余一のことかもしれない。姿は見えないが……。


「思ったより、多い?」


 予想よりもずっと大人数がこの廃ビルに入り込んでいるらしいと悲鳴や人影から判断する。というか、おそらく最初のあぶり出しは暫定味方の人達も被害に遭っているのではないだろうか。

 ――もう過ぎたこと。気にしないことにしよう


「茄子、何とか探れない?」

『タマテバコの居場所か? こうごちゃごちゃしてりゃ分からねぇっての』

「そう……糸をたどることもできなくなっているみたい」


 天生目東高校ではこの糸を通じて本体に攻撃を叩き込むことができたのだが、一度それに痛い目を見ているからか通用しなくなっていた。こうなれば本体を見つけて直接攻撃するしかない。

 しかし、困ったことにタマテバコは隠れるのが上手いようで、見つけられないのだ。


『ハハッ。困った姿を見るのもなかなか愉しいが、そう、もっと面白くなってもらおう。そうだな……この場で最後まで立っていた者に僕の姿を見せてあげようじゃないか』


 ターゲットからのその提案に、その場所の音が一瞬だけ静まる。

 こいつは、何を言っている?

 こいつは、何をさせようとしている?

 上から目線で言われたくはないと反発心が沸く。余裕綽々としたその声音は本当に憎らしい。しかし、現状ではそれに縋らざるを得ないのかもしれないと思考の端で考えていた。


『さぁ、仲間を傷付け、裏切り、潰し合え。バトル・ロワイアルの始まりだ!』


 愉しげな声が高らかに宣言する。それを合図とするかのように、この場にひしめく敵意は姿見えぬタマテバコではなく、霊能者同士に向けられた。

 その途端、様々な術が飛び交い周囲は混沌とした戦場となる。


「ちィ……ますます面倒なことになったなァ。とりあえず競合相手を潰していく方で動くか」

「それなら、私も」

「いや、来留芽ちゃんはここにいてあたしの補助を頼みたいね。向こうには恋なすびを行かせれば良いんじゃない?」


 霧に紛れて離れていった實樹を見て来留芽も他の勢力を潰す役に立候補しようとしたのだが巴に止められてしまう。


「……行ける? 茄子」

『無論のこと。こういうのは俺様も好きな展開だぜ』

「そう。じゃあ、好きに遊んできて」

「こういった戦場は血の気の多い男共に任せておくのが一番楽だからね」


 意気揚々と戦場へ突撃していった茄子の後ろ姿を何とも言えない顔で見送る。来留芽もあれと同じように向かおうとしていたのだ。自分で思ったよりも短気なのかもしれない。


「でも、バトル・ロワイアルってことは私達も互いに戦うことになるってことになるんじゃ」

「ええ? 来留芽ちゃんはあたし達を倒すつもりだったんだ」

「……タマテバコの言葉を素直に受け取るならば、だけど」


 流れ弾を防ぎつつ来留芽は思うところを零す。しかし、よく考えてみれば別に仲間内で戦う必要はないのだ。タマテバコに乗せられてしまうところだった。


「大丈夫だって。そのうちに状況が変わるはずだから」

「状況が変わる?」

「そう、社長が何か手を思いついたらしい。そもそもあたし達は社長が来るまでの時間稼ぎのために来たんだ。この廃ビルに突入する羽目になったのは細のせいだけどね!」


 廃ビルに飛び込むのは不本意だったのか、若干苛立たしそうに巴は言う。結界の向こうでは巴の怒りがこもった反撃が誰かに当たったのが見えた。一瞬だけ視界が通った霧の向こう、吹き飛んだ先の壁がへこんでいるのを見て少しだけ背筋を冷やす。

 この場所にいても充分頭数を減らすことができそうだ。むしろ来留芽が置物になってしまう。少しは貢献できないものかと思いながら状況を見ていく。


「巴姉、ある程度の狙いをつけられたりする?」

「うーん、大まかには」

「なら、少しだけ私の遊びに付き合って」

「へぇ、面白いことやるつもり? 乗った」


 来留芽はまず呪符を使ってこの場所の霧を若干濃くする。そして、把握出来る情報から味方と考えられる存在を省く。そこに攻撃している存在を見つけると巴に流れ弾を調整してそちらへ落ちるように指示した。細かい調整は来留芽が霧を操作して行う。


「十時の方向」

「「ぎゃっ!」」


 すると、笑えるほど標的は混乱して手元を狂わせあらぬ方向を攻撃し、同士討ちしていた。これを好機として樹や薫、茄子がイキイキと相手の意識を刈っている。


「良く場所が分かるね」

「何となくだけど」


 ここに来てなぜか勘が冴えてきた気がする。何か原因があるはずだが、それを解明している時間は無いので気にしないでおく。使えるものは使っておかないと混戦の中では不利に甘んじることになってしまう。


「よし、この勢いに乗って余計な勢力を大人しくさせよう」


 そう巴が意気込んだとき、その場の空気が一段階重くなる。


「何だァ?」


 樹も、薫も、茄子も、實樹達も動きを止めて警戒を強めていた。空気が重くなったのは強い力が近付いていたから。タマテバコではない。これは、もっと圧倒される種類の力だ。


『馬鹿なっ、この箱を無理矢理こじ開けるだと!?』


 思わずと言ったように漏れたタマテバコの驚愕の声。その次の瞬間、来留芽達は立っていられないほど大きな揺れに襲われた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る