5 常世と雲居の動揺

 

 ***



 常世商会という組織がある。表の顔は日本の物流を支える一端として、裏では広く霊能者達の需要を満たす中心的なものとして存在している安心・安定の総合術具商。それがこの商会の決まり文句だった。協会との取引も多く、様々な霊能者から重用されることで発言力も高めてきた。

 だが、今その信頼は崩れかけている。


「次はないんだぞ。五月の人事ミスの対応が何とか済んだところで今回の管理ミスの発覚だ。直接的な責任はうちにはないとは言え、心証は悪くなる。これ以上失敗が相次いで起こるのはまずい。総力を以て探し出さねばならない」

「もちろん、今動かせるほとんどの者を投入しています。しかし、商会の仕事を最低限の手で回しているので消耗も激しい。長くは持ちませんよ、これは」

「それでも何とかしなくては今度こそ常世うちは終わる」


 常世商会の幹部達は昼夜に渡って会議を行っていた。本音を言えばそれを放って現場に出てしまいたいと思う者も多かったが、目下の方向性を決めておかなくては下が混乱して手が止まってしまうため体を椅子に縛り付けていた。


「問題は、どこに、どのようにしてつくのかでしょうね」

月見里やまなし……それは」


 苦い顔をした、常世商会の副会頭、常世とこよ忠志ただしはそれ以上言葉を紡げなかった。その一方で月見里と呼ばれた青年は淡々と事実を述べる。


「今現在、宝探しに参加しているのは協会、出雲家、その親類、裏警察、その他協力者とすることができるでしょう。しかし、このいずれもが純粋に人助けを思って参加しているわけではないのは明白なこと」


 今は常世商会も独自の勢力として宝探しに参加していた。だが、それでは早晩に邪魔者もしくは敵として排除されてしまうリスクがあるのだ。商会の人員は戦闘が不得意である者も多い。余計な人的被害が広がる前に態度を決めてしまいたかった。


「あぁ、捜索地の蓮華原を支配領域としている渡世家と古戸家ですが……」

「奴らも参加しているのか!?」


 ガタリと椅子を弾きながら立ち上がったのは頭頂部がバーコード状になっている幹部馬場ばば幸土こうどだ。その瞳には驚きよりも恐怖が強く浮かんでいた。そして、若干涙目である。近く彼の頭のバーコードの模様が一つ二つ消えるかもしれない。

 きっと、どちらかの家の者に痛い目に遭わされた経験があるのだろう。他の面々もそれなりに苦い記憶を持っているようで、頭を抱えていた。


「どうやらそのようです。今回の宝探しの景品がオールドアから常世商会に所有を移したものであるため、とのことですが」

「こじつけだろう! あれはうちが買い取ったんだ! その時点で所有権はうちに、オールドアとの関係は失せている!」

「しかし、参加しているのは間違いなさそうです。どこかと協力関係にあるのか、それとも独立した一つの勢力であるのかはまだ分かりませんが」

「敵対だけは避けたいな。あの地では渡世と古戸の両家ほど力を自由に振るえる者はいない」

「オールドアの者を抱え込めば別ですが?」


 オールドア、もしくは渡世家・古戸家に属する者であれば力の制限はかからない。地の利がある。そのため、所属を移さず密かに常世商会側の協力者となってもらえれば心強いと言えば心強い。

 だが、その提案を聞いてすぐにそうしようと声をあげる者はいない。むしろ、口に出してはいけない言葉を聞かされたかのようにガタガタと震える者が現れる。


「そんな恐ろしいこと、誰がやるんだ? お前がやってくれるのか?」

「無理です」


 すっぱりきっぱりと言い切られる。

 どだい無理な話なのだ。苦労して育てた者を横からかっさらわれて気分の良い者はいないだろう。下手に手を出せば返ってくるのは苛烈な報復だ。そうなれば常世商会はミスがなくとも消滅するに違いない。

 オールドアは、というか渡世と古戸はしばらく表に出てこなかった。それを力が衰えたからだと判断する奴はいない。力を溜め込んでいるに違いないのだ。何しろ両家ともいざというときに自らを止める力がなければ自滅する能力を得ているのだから。渡世の悪夢、古戸の呪毒は有名だった。


常世商会われわれはどうする?」

「今回のターゲット本体を探すような行動は避けた方が良さそうですね」

「何でも良いから、敵に回しちゃならないやつを敵に回す選択だけはとらないでくれ」

「では、いざというときは雲居を見捨てるということで」

「なぜそうなるっ!?」


 驚愕の声はこの会議の客分から発された。言わずとも知れているが、雲居商事の一人だ。名前は出雲路いずもじ恵三けいぞうだったか。

 そもそも常世商会が今回の騒動に巻き込まれることになったのは雲居からの依頼を受けたからだった。引き渡す最中に逃亡されたので常世商会側も責任の一端はあるという姿勢を取っているため、同席を許していたのだ。とはいえ、雲居は宝箱の移送を自分達でやると言って引き取っていったのでその途中で逃亡された責任が常世商会にあるかどうかというと、疑問だが。

 ともかく、このような背景があるため、常世商会側としてはいつ雲居を見捨てても懐も心も痛むことはないというわけだ。


「本来ならば、常世商会が関わる必要はない。それは、雲居の交渉事を任されているあなたならば分かるでしょう。つまり、我々はする必要のない労働をしてあげようというのです。それを感謝こそすれ、自分勝手だと文句を言われる筋合いはありませんね」

「ぐぅ……だがしかし! 我等雲居とてつくも神の扱いは長い。だというのに今回のことを引き起こしたのはそちらの品の扱い方が問題だったと言えるのだ!」

「ええ。その可能性も極々僅かですがあるかもしれませんね。だからこそ、我々は宝探しに関わることを前提にしてこうした会議を開いたのです。ですが、決して雲居商事のためではありません」


 月見里と呼ばれる青年と雲居商事からやって来た男との舌戦という模様になってきた頃、常世商会の他の幹部達はすっかり気持ちを立て直していた。涙目だったバーコード頭でさえもうっすらと口元に酷薄な笑みを浮かべて悠々と寛いだ様子を見せている。常世が雲居をどのように見ているのか一目瞭然だ。


「我等が商会に不利益を醸す、そんな状況になったその時が空の上にいられる最後なのだと胸に刻んでおけばよろしいでしょう」

「っ、若造が……っ!」


 雲居の名前にかけた脅迫に出雲路恵三は額に血管を浮かび上がらせるほどの怒りを覚えていても両者の間に徹底的な溝を敷く言葉を口にできなかった。なぜならば、今回のことで挽回できないとまず間違いなく雲居も衰退するからだ。少なくとも現在の経営陣の頭はすげ替えられるだろう。目の前の男もまた、しかり。


「では、常世商会は要請があれば協会に助力することにしよう。ただ、上限は設ける。蓮華原という土地がだめになっては困るからな。商会としてはあくまでも裏方に徹することになるだろう。邪魔をしてくれるなよ?」

「……雲居商事は出雲家に助力する。それは決定事項だ。だが、そちらの妨害はしないと誓おう」

「上限は?」

「……設けよう。こちらにしても渡世と古戸に睨まれるのはごめんだからな。これで必要な話はしただろう。失礼させてもらう」


 バタン、と音を立てて閉まった扉へ常世商会の幹部達は冷ややかな視線を送った。

 今回のこの会議が何のために行われたのか。一言で言うのは難しい。だが常世は自らの立ち位置をはっきりさせ、それを雲居に突きつけた。雲居も自らがつく陣営を明示している。

 最も重要なのはこの両者の間に不可侵の領域を認めたことかもしれない。常世商会も雲居商事も提供できる資源が多いので限界を決めておかないと戦い・争いが泥沼化してしまうのだ。この取り決めはそれを回避することへつなげられるという点においては悪くない。


「では、本来の会議に移りましょうか」

「そうだな。それぞれ、名乗りを」

「では、私から……月見里やまなし巳稀しき

「常磐千春」

「馬場幸土」

常間地じょうげんじたもつ

「常世忠志。以上の五人は今日のこの会議の内容を他言することを禁ずる」


 他の四人は慣れた様子で頷いて承認の意を示す。彼等にとって雲居商事の者がいた先程までの話し合いは会議ではなかったのだ。だが、それを悟られては二流も甚だしい。きっと出雲路恵三は常世の考えを知らずにいる。いっそ、滑稽だと思えるだろう。


「ここからは単純にどの程度の人数をどのようにして動かすかの調整になる。あわせて、例の宝箱についての経緯を確認したい。そろそろまとまっただろう?」


 ちらりと視線を向けられたのは月見里だった。彼がそれを担当していたのだ。


「ある程度は。先に話しますか?」

「そうしてくれ」

「はい。では……」


 月見里が調べた限り、今回の宝箱を巡る騒動は今年の夏にはすでに動きを見せていたことが分かった。


「六月のことでした。どうやら例の宝箱はオールドアから雲居、雲居から出雲へ渡っていたようです」


 ピクリ、と副会頭が組んだ手の指が動く。他の面々も思案気な顔になっていたが疑問を挟もうとはしていなかった。続けろ、という視線が月見里に向かう。


「荷の受け渡しは出雲で行われたようです。オールドアの社長が雲居商事の本社を訪ねていたことが分かっています」

「宝箱を持って?」

「おそらくは。そして、その数日後の夜に同じくらいの大きさの包みを雲居の代表が持ち出しました。行き先は出雲の邸宅のある方向のようです」

「出雲の本邸に行ったのか……」

「しかし、そこで雲居は何らかの失態を犯したのでしょう。つまみ出されて出てきたという情報があります」


 月見里の情報源はいくつかあって、それらから上がってきた報告をこの幹部会議で話すべきものとそうではないものにふるい分けてきた。ここまでの説明は特に資料を使うことなく淀みなく話されている。聞く方も同じだ。文書に起こさないことでこの会議ではぎりぎりのことも話せるのだ。


「何があったのかは分からないか?」

「さすがに本邸の中は見ることが叶いませんでした。そこのところは出雲も厳重ですよ。ですが、その後の雲居の動きから推測できることはあります」


 そう、その後雲居は常世商会を通じてオールドアより再びあの宝箱を求めたのだ。今度は貸与という形ではなく、正式に譲り受けるために。

 ただ、なぜ常世商会を間に挟んだのかという疑問が残る。

 これについては本当に推測でしかものを言えない。それでも話しておくべきと判断した月見里は、断りは入れたので、とその推測部分を話し始めた。


「おそらく雲居商会は出雲家のために絶対に宝箱を手に入れなくてはならなくなった。“宝箱”という性質から考えると、出雲家に持って行った際に何か重要なものを取り込まれてしまったのではないでしょうか。そのときに何らかの契約違反を犯し、宝箱はオールドアに引き戻されてしまった」


 裏において術具の貸借はいろいろと厳しい。返してもらわなくてはならないので、術などに使われて消費されてしまわないようにいくつもの条件をつけている場合が多いのだ。少しでも違反するようであればすぐさま引き戻す、そのような術を仕掛けるのは当然のことだった。

 もちろん、使うのはとても難しいので使える術者はそう多くない。言葉だけという場合もある。だが、渡世の場合は違っていたというだけのことだろう。


「慌てたでしょうね。しかし、もう一度貸してほしいとは言えなかったのでしょう。断られる可能性も高くなるのですから」

「そうか。それで、常世商会を通して買い求めたのか」

「はい。おそらくは確実に手に入れるためにオールドアとの取引において大きな溝のない常世商会を間に据えたのだと思います」

「溝のないとは言うけど、正直なところうちはあそことの溝がありすぎると思うぞ?」


 バーコードが疑問符を浮かべる。常世商会はオールドアと何の確執もないというわけではなかったのだ。


「……外部からは分からなかったということですね。ともかく、焦りすぎた雲居は常世商会による品の移送を待つことができずに自分で行ったところ、今回の事件を引き起こしたというところでしょう」

「そうか。調査ご苦労だった。話し忘れていることはないな?」

「……はい」


 意図的に話さないでおいたものはあった。だが、月見里を見る常世の目はそれを見通せなかったようだ。会議での話題は常世商会の人員調整のものに移っていき、話さなかったものについて触れられることはなかった。



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