4 ファントム


 三笠がオールドアに宝箱のつくも神の捜索依頼をしにやって来てから早くも数日が過ぎていた。その間、来留芽は恵美里や翡翠、三笠の協力者達とそれぞれ組んで夜の蓮華原市を回っていたのだが、つくも神本体を見つけるには至っていない。それでも都市のあちこちにつくも神が悪さをしたのかもしれないという気配は感じていたりするので妖界へ去ってしまったということはなさそうだった。


「……こちら側の状況は以上」

『そうか。痕跡は見つけられても本体は見つからないってのはこっちも同じだ。余程隠れるのが上手いんだろうな』


 来留芽は登校間際に三笠と電話で話していた。もともとの用件は今夜の予定についてで、つくも神の捜索を行うのであれば三笠側の者と合流して欲しいというものだった。そのついでといった感じにオールドア側での進捗を尋ねられたのだ。今のところはどちらも大して進んでいないらしい。

 出雲家か協会が既に手中にしている可能性はないのだろうかと考えたが、この二つが妖輿図を手にしていた場合は何らかの動きがあるので分かるらしい。今は目立った動きが見られないので、おそらく宝箱のつくも神はまだ逃亡中なのだろう。


「でも、そう言っているばかりじゃ手遅れになりそう。痕跡は市内に広く散っているし、その数は増えるばかり。間違いなくタマテバコは削った分を上回るだけの力を蓄えている」

『だろうな。こっちも警戒度を上げるように通達したところだ。そちらもそろそろ日高親子だったか? 彼女達を参加させるのは避けた方が良いかもしれない』

「社長に伝えておく」

『ああ、それじゃあ、健闘を祈る』


 プツッと通話が切れた。電子音に変換された声は少しだけ分かりづらいところもあったが、三笠の話し方は性急だった。まだ数日だが、焦りが出ているようだ。ただ探すだけの来留芽はそこまで気が急くということはない。もしかしたら、向こうの方でまた新しく頭痛の種を入手したのかもしれない。

 このようなときは知らない方が良いこともあると思えてしまう。


「さて、遅刻しないように急がないと」


 三時間の睡眠では足りないと主張する頭に珈琲という栄養を与えながら来留芽は学園へ早足で向かった。


「盗難事件?」

「そそ。この街でこのところ相次いでいるみたいなんだよ」


 そろそろ十月の中旬も終わりになろうとしているこの昼休み、八重に千代、恵美里といったいつものメンバーで昼食を取っているとそんな話題になった。

 蓮華原市も様々な人が住んでいる以上、人同士の諍い、組織同士の軋轢が全くないというわけではない。それによる目を背けたくなるほどの事件も起こっている。八重が話題に出したのはそんな事件の一つなのかもしれなかった。


「物騒ですね」

「そうなんだけどね、それだけで私が話題に出すわけないじゃん。その事件の面白いところ、なーんだ?」

「あ……ええと、もしかして……」

「あ、恵美里は気付いちゃった? うーん、悪いけど少し口にチャックしててね」


 八重は恵美里の方を向いて唇に指を当ててみせる。恵美里も知っているということはそれなりに広まっている話なのだろうか。しかし、来留芽には思い当たることがなかった。

 仕方がないので来留芽は千代と一緒に盗難事件について考える。

 ただ、最近の来留芽はいかがわしさとは別の夜の仕事によって忙しくしているので普通のニュースを見る暇が無かった。そのため、盗難事件と聞いてもさっぱり分からない。


「千代、何か覚えているニュースはある?」

「盗難事件というと、個人宅からの盗難が増えているというものをどこかで見た気がします。確か、盗まれたものはその所有者にとって大切なものばかりだとか。ですが、それが八重の琴線に触れるとは思えません」


 八重は意外と不思議なものに良く興味を持つ。しかし、千代がおぼろげに覚えているニュースの断片からはそこまで彼女の好奇心を煽るもののようには思えなかった。とはいえ、千代が言った内容だけでも充分不思議だといえば不思議かもしれないが……決定打に欠ける。


「降参? 降参する?」


 千代でも思いつかなかったことが嬉しいのか、八重がにやにやと楽しそうに笑って言う。これが仮に薫兄だったら呪を放っていたところだ。さすがに友人にはそのようなことはしないが。


「降参」

「降参です」


 来留芽と千代は小さく両手を挙げて降参を示すと、八重が注目した点について話を促した。


「じゃあ、教えるよ。あのね、盗難事件自体は千代が言ったもので合っているんだ。でも、実はここ最近の事件は全て同一人物もしくは同一組織によるものみたいでね。被害者の元にはファントムと名乗る人物からの予告状もしくはメッセージカードという形での犯行声明が来ていたんだって」


 どこかの漫画にありそうな劇的なドラマの演出になりそうな行動だ。現実にそんな面倒なことをする犯罪者がいたのか、と来留芽は妙なところで感心してしまう。


「あのね……八重ちゃんが面白がるのもおかしくないの。……あ、話しても良い?」

「良いよ。恵美里にしては珍しいし」

「そうかも。ちょっと……引っかかることがあって。何がどのように引っかかっているのかは良く分からないんだけど……。それはとりあえず置いておくね……あの、この事件の面白いところは……予告状だけじゃなくて……盗まれたものの方もなんだよ」

「盗まれたもの?」

「うん。今のところ、盗まれているのは……」


 盗難事件のニュースすらも知らなかった来留芽は疑問符を浮かべるしかない。盗まれるとしたら、たいていは値打ちものだったり希少品といった高価な物だろう。オールドアも一応は骨董を扱っているのでそういった危険にさらされている。ただし、普通ではない品も多いのため、下手したら盗みに入った方が危ない。

 しかし、この話の流れからすると違うのかもしれない。恵美里はその予想を肯定する。


「……アニメのグッズとか、あまり値打ちのないものや……大切にしていた壷、でも、贋作がんさくだったみたいだけど……そういうものなんだって」

「そう! 何かね、盗む対象が『その人にとって命より大切なもの』に限定しているみたいなんだよね。贋作の件は知っていて盗んだらしいし」

「「知っていて盗んだ?」」


 八重の追加情報に来留芽と千代は怪訝な顔をした。その持ち主本人にとっては価値のあるものだったとしても一般的にいえば大して価値のあるものではないという品を盗む意味が分からなかったからだ。


「そうみたいだよ。例えば壷でいえば予告状と同じような紙に『貴殿の大切なものは我がもらい受けた。しかし、残念ながらあれは偽物だ。もう少し目を磨くが良かろう』って書いてあったらしいよ。それを盗んだお前はどうなんだって思わない?」

「ですが、本当は知らないで盗んだ後に気が付いたのか、それとも本当に知っていて盗んだのか、どちらだったのかによって変わりそうですね」


 愉快犯であるのか、確信犯であるのか、それとも故意犯であるのか。

 面白半分に盗んで回っているとしたら、それは愉快犯。何らかの信念に従い正しいと思いながら盗み回っているのなら、それは確信犯。そして、悪意ありきで盗んでいるのなら、それは故意犯であると言える。


「えー、知っていて盗む? 普通」

「他にもね……間抜けな話が多いの……」

「そうそう。ネット上で結構言われているだけだけで、信憑性はあまりなかったりするけど、これは面白い! と思って話に出してみたわけ」


 この時、来留芽はただそのような事件があるのか、という感想を持っただけだった。八重自身も信憑性はないと言っていたのでデマが混じった普通の噂に類するものなのだろうと判断して、もそもそと昼食に戻る。話を聞いている限りでは、ファントムとやらが狙うのは重度のコレクターのようだったからまかり間違ってもオールドアが狙われることはないだろうし、関係ないと他人事のように思っていたのだ。

 そしてその話題はそこで止まったものと思っていた。


「こんにちはー」


 放課後の部活動の時間になったので、来留芽と八重は心霊研に向かった。そして慣れた様子で部室に入ると先輩方が固まって座っている光景が視界に入る。木藤先輩と小野寺先輩、そして幽霊部員の一人である古田ゆりかの三人だ。心霊研の幽霊(部員)は一週間に一人くらいの頻度で遭遇する。

 古田先輩は三年生で、重度の狐好きだった。もちろん、心霊研に引っかかるくらいなのでその狐はあやかし的な要素を多分に含んでいる。

 三人は何かを話していたようだが、来留芽達がやって来たことに気付くと振り返って手招きした。


「やぁ、来留芽ちゃんに八重ちゃん。君達もおいで」

「はい。先輩は何か話していたんですよね? どんな話ですか?」

「ああ、最近、密かに話題になっているものだよ。君達はファントムって知っているかい?」


 来留芽と八重は顔を見合わせる。ちょうど昼にその話をしたからだ。


「妙な盗難事件の犯人が名乗っているものですよね。昼に八重から教えてもらいました」

「そう。よく知っているね。私達もそれについて話していたんだ。会長の勘はなかなか面白いことになりそうだと囁いているらしい。だから今情報を整理しているところなのさ。君達も、知っていることがあれば付け足してもらえると助かるよ」

「でも先輩、私もそんなに知っていることはないんですよ」

「八重に聞いて初めて知ったくらいなんですけど」

「まぁまぁ、それはそれで良いんだ。とりあえず情報をまとめたから、見てくれないかい」


 鞄を適当に置いてから来留芽と八重は先程まで先輩方が囲んでいた机に近寄る。


「二人とも、こんにちは。さて、早速ですがこれはファントムの事件について調べられたことと蓮華原市の地図で場所を合わせたものです。追加の情報はこちらの紙に。今日からの活動はこの事件を追ってみる、というものにします」

「「分かりました」」


 早速目を通したのは会長がまとめた資料だ。時系列的な流れを書いたもの、事件の一つ一つについて詳細を記したもの、そのソースなどなど。それらはとても分かりやすく、昼休みに八重が話してくれた以上の情報に満ちていた。


「もし、追加情報があるようなら書き足すように」

「はーい」


 すべての事件は今月に入ってから始まっているようだ。

 十月三日。最初の事件が起きた。盗まれたのは伝家の宝刀。文字通りのものだという。ただし、持ち主が通報に踏み切ったのはその翌週のこと。予告状と犯行後のメッセージがあったという。

 十月五日。盗まれたのは贋作の壷。盗まれてすぐに通報。警察による捜査の最中に犯行声明としてメッセージカードが届いた。

 十月七日。盗まれたのは美少女フィギュア。真夜中に通報。予告状と犯行声明メッセージカードが見つかる。また、最初の被害者の通報がされる。同日には雲居商事から裏警察に依頼があった――


 来留芽はその部分を読むと古田先輩、小野寺先輩、八重へ密かに視線を巡らせてから木藤の側に寄る。


「木藤先輩、この部分って……」

「そこは見えるべき人には見えるように、見えない人には見えないような仕掛けがあるところです。心配には及びませんよ」

「……そうですか」


 つまり、どのような術による仕掛けなのか。それがさっぱり分からなかった。そのことに少しばかり不安を覚えながらも頷いて来留芽は資料を読む作業に戻る。


 十月十日。天生目東高校で何者かに侵入された形跡。盗まれたものは不明。

 十月十一日。盗まれたのは記憶? 部分的記憶喪失状態の女性が保護された。

 十月十三日。盗まれたものは不明。通報した本人は盗まれたという事実だけは確かだと主張している。

 十月十四日。盗まれたのは感情? 笑顔が評判だった少女の笑顔が消えてしまった。

 そして最新の情報は十月十五日。昨日の日付だ。盗まれたのは髪の毛。自慢の髪を背後からざっくりと切られてしまったという。


 今日もどこかで何かが盗まれているかもしれない。

 ただ、十月十日については来留芽が詳しく知っているあの件で間違いないだろう。ファントムは残念ながらそこに関わっていないと言える。自分が当事者だから分かるのだ。


「記憶とか感情とかはどのように判定したのですか? これらは毛色が違うようですが」

「記憶については学園の先生がどうやら被害者のようです。感情はクラスメイトが。どちらも盗まれたという認識を持っていたようなので加えておきました。その方がこの同好会的に良いでしょう?」

「まぁ、そうかもしれませんが。記憶と感情という不明瞭なものを除いても十月に入ってから今までで五件……これは多い」

「ちなみに言うとこの一連の盗難事件の性質からして言い出せない方もいるでしょう。下手したら毎日似たような事件が起こっていたとしてもおかしくありません……そして、一日に一つとも限らない」


 静かにつけたされた言葉に、来留芽は沈黙すると一礼して下がった。


「八重。そっちの資料、読み終わったのなら貸して」

「うん、良いよっ。じゃあ、来留芽ちゃんのは私にちょうだい。こっちは事件の詳細」

「私が見ていたのは時系列的な流れ。八重はもう把握出来ているかもしれない」

「良いの良いの。見ない理由はないから」


 八重から紙の束を受け取ると一つずつ丁寧に見ていく。事件の詳細は一体誰がどのようにして調べたものか、まるで見てきたようだった。事件が起こった場所については統一性がないが、毛色の違う二つについてはどちらも繁華街にいるときに起こったらしい。

 この情報を木藤は実際に話して聞き出したのだろうか。この調査力は探偵向きだ。

 ふと思いついて裏返しにしてみる。


「やっぱり裏がある……」


 例えば、十月七日。あわいの妖食街にて、酒好きのあやかしが集まったちょうどその時に酒蔵が空になった。浮世における事件との関連は不明だが、何らかの力が振るわれたことは間違いない。


 そのような文が書かれていた。ちらりと八重を見ればこれに気付いていた様子がない。内容も考えれば、おそらくこれも見えるべき人には見えるという仕掛けがされているのだろう。一日に事件は一つではなかったということだ。

 ファントムの件もどうやら込み入った模様を描くらしい。それなのに心霊研の素人なメンバーが彷徨いても大丈夫だろうか。果てしなく不安だった。


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