操躯小編
〈御杖様の頭痛の種〉操躯小編
表向き、オールドアは古物商として会社も登録されている。だが、その理由は来留芽の父、渡世悟が異様なほどつくも神に好かれる質だったからだ。古物の流れはなかなか誤魔化しきれない。渡世悟のもとにつくも神が集まってしまう、その違和感を少しでも払拭するための業種設定だった。
だからオールドアの蔵には様々な古美術品が収められている。その多くはオールドアの者がどこかから依頼されて引き取ってきたり、どこかから引っ掛けてきたり、どこかで懐かれたりして持って来ざるを得なくなってしまったものだ。来歴も、つくも神それぞれの性格も厄介なものが多い。
仕込み杖のつくも神、御杖にしても同じつくも神やあやかしを斬り続け、一時は狂いかけ……いや、狂っていた。初めて悟と出会ったときがまさにそうだった。
「ああ……これは確かに、普通では扱いきれないだろうな。どうしても主を失った刀剣は心が脆くなってしまうんだよなぁ。なぁ、来留芽?」
「だぅ」
「僕のあかさんは優しい子だからなぁ。受け入れちゃうのかな」
あろうことか、その男は最も危険な状態の刃の前に赤子を連れてきていた。正気に戻ってから思い返してみて愕然とした。彼も自分と変わらないくらい狂っていたのではないかと詰め寄ったものだ。
とはいえ、平然としていたのは間違いない。
『……ワがアルジさマ――ダレガ、ウバッた、オマエ、か』
「おっ、来るか? 来留芽、ちょ~っと茄子のとこにいような」
「だっ」
「嫌だって? いや~危ないって~」
『自分が懐かれている感じが堪らないのな、悟。デレデレし過ぎて気持ち悪ぃ』
「酷いなぁ。茄子だってこの子を可愛がっているくせに」
御杖が斬りかかったのはおそらくこの瞬間だ。だが、片腕で来留芽を抱きしめた悟に軽く弾かれてしまった。刃を露わにした仕込み杖が宙に打ち上がる。
「危ないものは引き離しておかないと、おっ!?」
「だうっ」
「ちょ、待って僕のあかさん危ない危ないっ」
落ちてくる刃。
はしっと柄を持ったのは悟ではなく赤子――まだ生まれて一年ほどくらいの来留芽だった。小さな手にしっかりと握られている。まるで、あるべき場所に収まったかのような……。
その瞬間の衝撃は何と言い表せば良いだろうか。御杖の身の底にこびりついていたあらゆる澱みが吹き飛んでいったのだ。それは目の覚めるような、曇天に差した一筋の光。自分の持っていたあれほどの闇をも難なく収めてしまったその魂に触れたいと手を伸ばした。
『主様……』
「こ~ら! 僕のあかさんはまだまだ小さいんだからだめだよ」
『この赤子は私の主です』
「――はぁ、またか~……よし、分かった」
『私に主を守らせていただけますね?』
「この子が十六になってからだよ。品問いで名実共に来留芽の物になると良い」
『品問い……』
「君達が幸せに主を得るための手段だ。この子には正式な方法で君のような、護りを得て欲しいからね。それまではうちの蔵の統括として管理して欲しい」
結局のところ、まだ不安定な赤子に御杖は強すぎるし毒であるという悟の主張に反論ができず、狂いかけていた仕込み杖はオールドアの蔵に収まることとなった。
『また、新顔か』
『ちえっ、人間だったら……』
『振り回して遊べたのにね』
『男は殺してもきれいな声で哭かぬからつまらないな』
『そもそも、人の来ない場所に押し込められて楽しみがなくなってしまったわ』
早速、オールドアに集まる品々の問題点が明らかな出迎えを受けて――御杖は頭痛を覚えたのだった。
【御杖の頭痛の種(抜粋)】
瓢の花瓶
老人の姿を好んで取る。
瓢とは、瓢箪類の総称。瓢の花瓶は瓢箪をかたどって作られた。
“瓢の花瓶をもつもの、中庸でなくば災い降る”
花瓶には二つの噂があった。
“持つもの富ます”
“持つもの没落す”
気まぐれに持ち主を富ませたかと思えば、没落させることもあったと、そういうことなのだろう。
簪の双子
使う人を呪い殺しながら世を渡る呪物だった。子どもの姿を好んで取る。
“双子の簪、離すこと能わず、壊すこと能わず”
簪にあった噂はひとつだけ。
“持つもの等しく災い降る”
なお、瓢の花瓶には懐いたので、これ幸いにと押しつけた。
化粧台
自己愛強く、映る女の姿が気に入らなければ顔をズタズタにしていた。
“私に施された装飾を越える美しさを持った女にこそ私を使ってもらいたいものだね”
悟が持ち帰ってきたつくも神。娘の来留芽は合格ラインは突破したらしい。
蒔絵(秋草)
黒地に金や銀の秋草が咲き、川が流れている。つくも神としての形は着物を着た女性の姿。その外見は美しく、優雅だが悪戯好きで気難しい一面も持つ。
“ここにいるやつらの中じゃあたしは常識的な方さ”
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