体育祭之事
1 生徒会長、青春の一ページ
九月には鳥居越学園の体育祭が行われる。スローガンや組、体育祭実行員などは夏休み前に決めてあったりする。今年のスローガンは「熱き思いを胸に、飛び立て」だ。公募のうち、二年生の女子が考えたものだった。組については赤、青、黄色の三つ。それぞれの学年が六クラスあるのでちょうどバランス良く分けられる。分け方はあみだくじにした。夏休み後の始業式で全校生徒が集まったときにサプライズで行ったのだが、割と楽しんでもらえたようだった。
「いよいよだ……スローガンは決まり、組も振り分けられた。種目もしっかり決まったね」
この体育祭は今期の生徒会最後の大仕事だ。歴代の生徒会に引けを取らない盛大なものにしようと気合いが入っていた。
中でも最も気合いを入れていたのは生徒会長の
「明日は体育祭。それぞれの仕事をしっかりやりつつ、君達も楽しんで欲しい」
彼は懸命に自分を抑えていた。何せ、彼にとってはこの体育祭が優勝する最後の機会なのだ。生徒会としても集大成となる。気合いも入るというものだ。
「「「はい!」」」
一つに揃った返事を受けて、彼は微笑んだ。そして、ああ、彼等とならば体育祭の進行も恙無く行い、成功させることができるだろうと思う。
――そして、悲願の優勝をこの手に……!
ぐっと拳を握る。生徒会のメンバーはそれぞれ組が違うわけだが、そこは仁義なき戦い。優勝を譲るつもりはなかった。
「それじゃあ、今日はこれで終わろう。明日のために英気を養っておくように」
碧瑠璃祭などの文化祭ならともかく、体育祭には前夜祭などはない。翌日に体力を大幅に消耗するようなイベントがあるのだから、無駄な体力は消費するな、ということだ。
あっさりとした終わりに一年生のメンバーは拍子抜けした様子で、二、三年生のメンバーはそれを見て苦笑気味に笑っていた。実は、これは毎年恒例の流れだったりする。生徒会しか知らない風習だ。
「カツ、この後は青組の集まりだろ、一緒に行こうぜ」
「ああ。そうだね。巌、今日は体育館だっけ?」
「確かそうだ。しっかし、青組団長がそんなんで良いのかよ……」
麓郷の呆れた声が突き刺さる。しかし、考えてみて欲しい。友善は生徒会長でもあるのだ。その上団長も引き受けて忙しさは目が回るほど。もちろんそれは覚悟の上で引き受けたわけだが、多少は記憶が飛んだとしても多目に見てもらったって良いだろう。
「そう言われると申し訳なく思うけど、でも、誰よりも僕が優勝を望んでいるのは間違いないからね」
「ま、それを言われると確かに。その熱意を感じたから俺達はお前を団長に掲げたんだし」
そんな話をしているうちに青組の応援練習場所である体育館に着いた。もう既に半数以上は集まっていたらしく、青組六クラスのうち三クラスは緩く並んでいた。
「おっ、会……じゃなかった、団長のお出ましだ~整列っ!」
「有明のり……」
友善をちゃかすように笑いながら号令をかけたのは有明憲仁だった。文芸部の部長で、男女のどちらにも好かれるような明るい性格だ。
名前が名前なので“有明のり”と呼んでいる。
「別に良いだろ。ノリ良く楽しんだ方が絶対楽しいし……の」
「のりだけに?」
「うっわ、出たよ会長ジョーク」
「団長だよ。今は。というか、お前だって言いかけていただろ」
アハハ、と号令に乗って整列していた面々から笑いが漏れた。青組の応援団はこうした仲の良い掛け合いが好かれていたりする。このおかげで団結力も出て、青組は良い具合にまとまっていた。
「それより、預かっていた長ランです」
「お、サンキュー黄金」
応援団は各学年に三人ずつ立候補してもらった。その人数が多かった学年は抽選で選ばれている。一年生からは青山鷹司、穂坂ルイ、東爽太。二年生からは
今年は珍しいことに女子が応援団に手を上げていた。しかも、抽選で勝ち残った強運の持ち主だ。
「さぁ、さっさと並びなさいな。わたくしの手を煩わせないで下さいませ」
「「「はい、眞姫様!」」」
「あら、揃って仲の良いことですわね。さぁさ、お行きなさい」
丹羽眞姫は女王様系のお嬢様と言えば良いだろうか。縦ロールの髪型に自信ありげにきゅっと端が上がっている桜色の唇、目力の強い豪華な少女だ。ちなみに胸部装甲はとても厚い。これを口にしたら蛆虫でも見るかのような目を向けられること間違いなし。
彼女の家、丹羽家は花丘家を上回る富豪であり、“世界が丹羽”などと言われている。「の」ではなく「が」である点がミソだ。
そんな家に生まれついた彼女だが、幸いなことに物語で良くあるような家の力を自分の力と勘違いするような性格ではなかった。外見や普段の言動から間違えられがちだが、その実はとても良い子なのだ。応援団員の顔合わせ初日はまさかあの丹羽が、と内心で震えていたものだが、蓋を開けてみれば実に外見詐欺な少女だった。
「君達もおしゃべりしたい気持ちは分かるけど、私のお願いを聞いてくれるかい?」
「「「はい!」」」
一方、小野寺椿はボーイッシュでミステリアスな雰囲気が人気らしい。女子にしては背も高く、女の子の“気付いてもらいたい変化”に気付き抜け目なく褒めるので彼氏にしたい女子としても好かれているという。
木藤の情報によると意外に抜けたところもあるそうだが、今の時点ではさっぱり分からない。そして、ミステリアスとか言われて持て囃されている部分は彼女の個人的趣味にベールをかけるための偽装だという。
「何というか……流石だね」
「大丈夫。カツだってちゃんとカリスマあるさ」
「君はまったくそれを感じていないように見えるけどね? 有明のり」
応援団長としては彼女達を頼もしく思うが、男としては危機感を覚えなければならないだろう。このままでは好きな女の子が振り向いてくれない事態へと陥ってしまいそうだからだ。
(とはいえ、今は関係ないことだね)
友善は長ランに袖を通し、青組団長としての自分へと意識を切り替える。優勝を夢見るだけではなく、優勝へと導く旗頭へと。
「さぁ、最後の確認だ! 本番さながらに進めて行こう!」
赤青黄、どの色の応援団でも一番の見せ所は応援歌とそれに合わせた団員の演舞だ。バク転や宙返りなどができるメンバーはそれを、出来ないメンバーは青旗によるパフォーマンスを行う。ちなみに、バク転も宙返りもできたのは友善、有明、青山で、宙返りはできたのが姥鮫、小野寺、丹羽、穂坂、東だ。
今年は女子も頑張っているという印象が強い。せっかくいる紅二点も活かせるような構成を考えるのには苦労したものだ。
「三・三・七拍子!」
青組は団長の熱意によってうまくまとまってくれた。
では、そもそも団長である友善の体育祭にかける熱意はどこから来ているのか。
一番は高校三年間のうちに一度だけでも優勝を経験したいという思いがあるからだ。友善も一年、二年のときは総合優勝を逃してしまっている。今年がラストチャンスだった。
二つ目は同じ組のメンバーにやりきったと思ってもらいたいからだ。過去二年、総合優勝は逃した。しかし、その一点は悔しくても皆笑えていた。当時の三年生からも「ありがとう」と言ってもらえたのだ。そのときに同じ仲間達が勝っても負けても悔いのないものになるように導きたいと願った。
三つ目は単純に、楽しんでもらいたいから。これは、生徒会長としての自分も少し顔を出している。体育祭は実行委員と共に生徒会も関わって運営するのだ。その中で、やっぱり皆に楽しんでもらいたいと思った。
いよいよやって来た自分の番に、全力で優勝へと挑みたい。そして、全力で楽しむのだ。
その思いが体育祭への情熱となっている。
「いよいよ明日が体育祭! 僕は皆が全力で楽しみ、力を出せるように支えるよ」
「で、優勝しちゃうんだよな?」
「そう。優勝トロフィーは僕らがもらう!」
友善がそう宣言すれば、皆、ワァァと声を上げていた。一年生も二年生も三年生も皆等しく明日への期待が覗いている。
そのまま、応援団員を真ん中にしてドーナツ状に並んでもらう。応援団員は中央で互いに肩を組んで円陣を作る。
「よし! 絶対勝つぞー!」
「絶対勝つぞー!」
「絶対勝つぞー!」
一人一人全力で叫ぶ。気合いの声は体育館によく響いた。繰り返されるその言葉に、木霊するその言葉に、応援団員以外もどこかワクワクした気持ちになり、体を揺らす。
「絶対勝つぞー!」
「「「オー!」」」
最後は全員そろって叫ぶ。体育館が揺れた。そんな風に思うほどの音になり、生徒達のテンションも最高潮になる。
鳥居越学園の体育祭は明日、始まる――
***
学園のどこもかしこも祭に浮かれ、学舎にありがちな勉強への恨み辛みなどは一切ない。
「ここも、浄化済みと」
「浄化……というか……消滅?」
いつもなら、生徒の負の心が作り出した良くない“もや”が場所によっては凝っているのだが、それすらもほとんどなかった。
「人の心から生まれたもやだから、反対の気持ちがこもった心によって対消滅するのは別におかしいことじゃない」
「すごかったもんね……青組の応援練習の最後」
「いろいろと吹き飛ばした声だったのは確か」
来留芽と恵美里は体育祭を前にして最後の確認に来ていた。確認するものは七不思議が目覚めていないかということ、そして、問題になりそうなもやが潜んでいないかの二つだ。
体育祭は生徒以外にも招待客がやって来る。そのような中でもやに飲み込まれるなどして正気を失った人が現れると大騒動を引き起こしかねないのだ。しかも、揉み消しも難しくなる。そのため、事前に備えておけるものについては今のうちにやってしまおうという魂胆だった。
「この体育館裏だって普段はもやが多いけど……」
「きれいさっぱり……ないよ?」
「そう。昨日ので吹き飛んだと思う」
来留芽達の目にも普通の人と同じに見える。つまり、この場所には良くない念などが存在していない。
「ただ、ここは青組の気合いの声でもやが消滅したかもしれないけど、届かなかった部分はまだあるかもしれないから見回りを省略することはできない」
「うん……別に文句はないよ……次はどこを見るの……?」
「体育倉庫。私達の担当はそこが最後になる」
体育館から少し離れた場所にその倉庫がある。しかし、今は破損したものをとりあえず入れておく物置のような扱いになっていた。
処分を待つだけのもの達がひっそりと眠る倉庫……それを、来留芽は悲しいとは思わない。たいして使われもせず、封じられてしまったもの達の方が余程悲しい存在だと知っているからだ。表のルートから、裏のルートからオールドアへそういった品々はやって来る。それらを見てきた身からすれば、この倉庫のもの達は終わりを受け入れることができた幸せなものだと思う。少なくとも道具として正しく役目を果たしたのだから。
「来留芽ちゃん……?」
恵美里の訝しげな視線を気にせずに来留芽は倉庫の扉を開いた。外からの光に舞う埃が見える。サッカーボール、跳び箱、バレーネット、マット、テニスラケット、弓……体育で使うもの以外に部活や同好会で出たものもこちらに流れてきているようだ。
「もやは特にない」
「ここも……青組の声が?」
「流石に効果は弱まっていたはずだけど、影響があった可能性はある。とはいえ……」
来留芽は恵美里に目配せすると体育館倉庫の裏へと回る。そして、角からそっと覗けば……影がいた。
「っ!?」
「……静かにしていて、恵美里」
来留芽は一人でその影に近寄る。
「あなたは一体誰?」
『……』
無言のまま、それはふっと消えてしまった。
「来留芽ちゃん……?」
「あれとは二回目の遭遇になる。一回目は碧瑠璃祭の準備をしていた日だった」
「でも、ええと……あれは……二宮金次郎?」
「見た目はね。でも、たぶん違う。あれは人の思いによって作り出された観念系のあやかしだから」
「観念系……」
「まぁ、簡単にしか説明できないけど」
そう前置きをしてから来留芽は恵美里へ説明した。
観念系とは、あやかしとしての個になりきれていないものを指す。最近になって増えてきた系統のものだった。多くは人の思想や意識が関係しており、観念系の場合はまだ元となった思想や意識を持つ人とのつながりがある状態だ。だから、その人の問題などを解決してしまえば現れなくなるということもあり得る。
「へぇ……ということは、学園の誰かがあれの原因……?」
「その可能性は高い。まぁ、害はないみたいだから、腰を据えて少しずつ反応を引き出していくつもり」
「へぇ、そんなふうに……やるんだね……」
この日の見回りはこんな風に終わった。概ね問題はなさそうだ。よしんばあったとしても体育祭には入れ替わり立ち替わりオールドアのメンバーも来るので彼等に任せてしまえば良いのだ。
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