8 満月は二日後に
***
言ノ葉様へできる質問は三つだけ。ここで大切なのは如何に言葉を飾って質問するか、なのだが……センスに自信のない来留芽にとってこれは最大の難関だった。そもそも普段から言ノ葉様への問いを利用しているのは社長や樹で、よく口が回るメンバーだ。彼等に比べれば来留芽は一枚落ちる。ちなみに社長は浮世の極道らしくない心を備えていると面白がられており、樹は顔に似合わず真っ黒だという評価をもらっている。神様はきっとギャップが好きなのだろう。
『ほっほっほ。失敗を恐れていては動けぬのも当たり前よの』
「いいえ。恐れては、いません」
なかなか言葉を発しなかった来留芽を見て言ノ葉様は笑う。
神様に対する畏れは持ち合わせているが、恐れてはいない。そうでなくば取引めいたことなど出来ないだろう。
とはいえ、しばらく待っていてもらったのにその上で沈黙するのは礼儀に失した振る舞いだったのは確かだ。
「すみません、質問させていただきます。……まず一つ、私と恵美里が聞いてきた蓮華原の六つの噂、『人を飲み込む家』『神隠しの山』『蓮華原市遺跡』『不良のたまり場』『音楽室の怪』『たどり着けない小屋』――これらのうち、今回の月白の誘拐によく関わっているものはどれでしょうか」
結局、来留芽の性格もあって直球で尋ねる言葉しか浮かばなかった。言葉遊びは得意ではないのだ。噂とのつながりについて聞いたらどうかと提案したのは恵美里だったのだが、これは案外重要な情報を含んでいるかもしれないということで神様への問答にそれなりには慣れている来留芽に任されていた。
『ほっほっほ。聞きたいことははっきりしているのねぇ。ふむ、そなたらしくて良し。それに、ずいぶんと的確な名前をつけている』
御簾越しに笑う気配がする。答えてもらえるのか、そうでないのかは分からないのだが、予想外に好意的な言葉だった。中隠居のセンスに助けられた形だ。
二人の会話を聞きながら恵美里は横目で来留芽を伺う。オールドアに関わる人は来留芽ちゃんに甘いなぁ、と思いながら。
おそらく、本当に質問に答えてもらえるかどうかの決め手は天立言葉命からの好感度なのだろう。それなりに親交のある来留芽なら向こうもそこまで意地悪はしないのかもしれない。逆に言えば、初対面の恵美里の場合は厳しい可能性があるのだろう。
『さて……これは答えてあげましょう。そなたの挙げた噂に関係しているのは……人を飲み込む家、神隠しの山の二つになるかしらねぇ』
「人を飲み込む家、神隠しの山……分かりました、ありがとうございます。……これ以外にも何かありそうなのが痛いけど」
『ほほ……蓮華原市の遺跡は惜しいところをいっているとだけ言っておこうかの』
漏れた本音に返事がきた。それを反芻するかのように来留芽は口の中で呟いた。
――遺跡が惜しい
今の時点ではさっぱり意味が分からないが、付け足すように重ねられた言葉はおそらく言ノ葉様からの最大のヒントだ。もっとも、人の噂の変質というものが好きだという性格を考えれば単に言葉遊びを仕掛けられているだけで実のないものである可能性もなきにしもあらずというところだが……。
「遺跡……参考にさせてもらいます。恵美里、次の質問お願い」
『おや、分担していたのねぇ。ふふ、新しい雛っこは何を聞きたいのかしら?』
もういい加減に雛と呼ばれ慣れてしまった恵美里は気にせずに一歩前に出る。背筋を伸ばし、畏れを抑えて社の奥を見据えた。
「では……二つ目に……月白くんを助けるのに費やせる……限界の時間、はどれくらいでしょうか……?」
『おや……ずいぶんとこちらの自由度の方が大きい質問ねぇ。それで本当に良いの?』
心配そうにそう聞かれて、恵美里はなけなしの勇気がくじけそうになる。しかし、本当に“面白い質問の仕方”なんて分からないのだ。おどけたように演じる? それとも詩的な表現を駆使する? 初めて会った神様に対してそれは出来ないと思った。そもそも、初対面でそのような態度を取られたら……と自分に置き換えてみれば分かるというものだ。恵美里だったらまず間違いなく自分と相手を隔てる線を引く。好意的な態度など取りようがないだろう。
「でも……その……意地悪は、しないでいただけると……助かります」
『ほっほっ。歪んでいない真っ直ぐな子も良いではないの。でも、そうねぇ……今から二日以内が勝負だ、とだけ言っておきましょうか。ふふ。これが何を指しているのかはよく考えなさいな』
これは意地悪だと判断しても良いのだろうか。ヒントらしきものはもらえたが、それが具体的に何を指しているのかははっきりしない。何とも微妙な成果に、恵美里は困ったように眉を八の字にする。しかし、そこへ来留芽がその肩に手を置いて横に並んだ。
「恵美里、大丈夫」
「そう……かな。良かった~……」
恵美里はホッとしたように肩の力を抜いていた。
少なくとも、二日したら何らかの動きがあるということが分かったのだ。言ノ葉様の反応からしてそこまで気に入った質問ではなかったようだが、収穫はあった。それに、この情報できっと皆気が引き締まるだろうから、成果としては上々。
「それでは、三つ目の質問をさせていただきます、言ノ葉様。三つ目は――月白を捕えた誘拐犯達の力を教えていただきたいです。簡単な名称だけでも構いません」
『なるほど。それもまた力が限られた人の子にとって重要だものねぇ……』
この質問には、言ノ葉様は少し考えるような間を持たせていた。あまり良いとは言えない反応だ。答えをもらえるのか、それとも拒絶されるのか。気配だけでは予想が付かなくて来留芽は唾を飲み込む。緊張に手から汗が引かない。
『――残念だけれど、詳しくは教えられないわねぇ。ただ、そう、オールドアとは良く似ているとだけは言っておきましょうね』
ふふふと含み笑いのようなものを響かせながらそう言われ、来留芽は考え込む。おそらく、月白の近くにいる者達はオールドアの面々と良く似た能力を持っているということだろうか。相手側も術者・あやかしの各系統のごった混ぜなのかもしれない。もしそうならば、来留芽達は相手側の出方を察することができる。同時に、対応する相手次第では勝つも負けるも容易になってしまうということにも思い当たり、内心で溜め息を吐いた。
「分かりました。今回教えていただいたことは必ず役立てますので」
『ほっほっほ。また頼りたくなったらいらっしゃいな。ただし――面白くない質問は受け付けぬからのぅ。心しておくがよい』
次がいつになるかは分からないが、本当に気を付けないと言ノ葉様の機嫌を損ねてしまいそうだ。きっと、今度はお目こぼしもないだろうから。
付かず離れず。神様とはそのような距離でいたいものだ。
来留芽はそんなことを思いながら社に向けて頭を下げた。少し遅れて恵美里も礼をする。そのまま三秒経つうちに社から人ならざる存在の気配が煙のように消えていた。
「終わったようじゃな」
言ノ葉様が帰還するのを見計らったかのように大和が声をかけてきた。それが合図のように、来留芽は下げた頭を戻す。一度だけ社の奥を見据えるかのように目を細めたが当然のこと、何も見えない。
「有意義だったかどうかは、分からないけど。問答はこれで終わり」
「来留芽や、天立言葉命様の御言葉は直接的な助けになるとは限らないのは知っておろう。すべては言葉を受けた者がどのように解釈するかにかかっておる」
大和はゆるりと微笑みながら、しかし目だけはひどく冷静な色を持たせて窘めるように言う。狂信者とまではいかないが、彼はそれなりに神様へ心を傾けているので稀に厳しい目をされてしまうのだ。
「分かってる」
「あの方の言葉を無下にするでないぞ?」
確かな圧をかけられる。来留芽はそれなりに慣れているので頷いて流した。一方で恵美里は少し怯えたように肩を跳ね上げたのだが、真っ直ぐに大和を見ると丁寧に頭を下げた。大和の方はその様子を見て満足げに頷く。きっと何かを認められたのだろう。
しかし、と来留芽は大和のことを思う。神様に傾倒しすぎるのも問題があるのだ。例えそれが彼から切り離せない要素であったとしても、人である以上、それだけではいずれ立ち行かなくなってしまうはずだ。
――言ノ葉様の目は、大和を映さない
どうしようもないことというものはある。それを突き抜けるか、諦めるかはその人次第だろう。
「さて、そろそろ良い時間だし、街の見回りに向かおうか」
「うん……」
来留芽と恵美里は大和に軽く頭を下げると渡世神社から抜けた。そして、森の入口までやって来たところで一息吐く。ビルの隙間の暗がりで二人は神社で得た情報をまとめていた。忘れないうちに報告としてまとめて上げてしまうのだ。
「これでよし。社長のところへ飛んでいけ」
式神の応用だ。紙故の
「来留芽ちゃん……今日はどう回ろうか?」
烏の式神を空に放ったところで、恵美里がそれを目で追うように見上げながらそう尋ねてくる。来留芽もすっかり夜の色になった空へ視線を向けて少しだけ考えた。予定している見回りはいつもとそう外れたものにする予定はない。しかし、月白の捜索を考えたコースの方が良いかもしれない。
「『神隠しの山』が関係しているみたいだし、山の方に行ってみる?」
噂の場所自体は『神隠しの山』よりも『人を飲み込む家』の方が現在地から近いのだが、来留芽と恵美里の二人だけという現状で比較的安全だと思われるのは山の方だった。人を飲み込む家の場合、住宅地になるので騒ぎになってしまうと来留芽と恵美里の二人だけでは手が回らない状況に陥ってしまう可能性がある。その点、山であればそれなりに騒ぎになってもいくらでも誤魔化しようがあるというものだ。
恵美里もそれくらいはすぐに分かったようで、ややあってから頷いた。
神隠しの山とされているのは蓮華原市から東の山だった。とはいえ、蓮華原は西、北、東と一連の山に囲まれているので東の山というよりは山の東部分という方が適切な表現かもしれない。
「どういうところに……注意した方が良いかな……?」
「中隠居くんの話によれば、あの山で物がなくなるということだから……とりあえず今日は手持ちの貴重品に気を付けつつ狭間の入口とか揺らぎがないか見る程度で良いと思う」
人があまり立ち寄らない山などは意外にあやかしの訪れがあったりする。界が分かれてもつながりはなくならないものなのだと安堵のような気持ちを抱くのだが、その一方で良からぬ思いを抱いて現世までうきうきとやって来る者もいるので気は抜けない。
「さて、探そう」
来留芽と恵美里は暗視の呪符を使う。夜の森は暗く、月明かりがあっても見通せないものがある。それならばライトでも使えば良いと思うだろうが、機械の光というものは裏に関わるものと相性が悪かったりする。そのせいで見つけられないのは困るので超常的な手段を用いるのだ。
山を捜索すると言っても、来留芽達は制服のままだった。そのため、登ることはしないつもりだ。もし、万が一、敵と遭遇してしまった場合、二人では厳しいと考えられるからだ。子鬼とはいえ鬼を易々と誘拐した相手を警戒するに越したことはない。
「……恵美里、何か見つけた?」
「うーん……これは、獣道みたい……?」
「獣道? 山だからそれは普通にあると思う。猪とか狸とか」
そう言いつつ来留芽は恵美里の隣にしゃがみ込む。同じようにして見れば確かに獣道らしいトンネルが出来ている。想像力が豊かならここを進むことで不思議な世界に行けるかもしれないとわくわくするかもしれない。これが狭間の入口になるとしたら、似たような状況になるだろう。もっとも、その高揚感は霊能者くらいしか得られないだろうが。
「ちょっとだけ引っ掛かるんだ……何だろう……」
どうやら恵美里はこの獣道に違和感を覚えているらしい。その勘は無下に出来ないのかもしれないと思い、来留芽は注意深くその入口を見てみる。すると、地面からほんの少し上の節にふわりと何かが引っ掛かっているのが見えた。来留芽は手袋をしてそっと手を伸ばし掴み取る。
「これ」
「服の糸かな……?」
「たぶん。少しだけ妖力が残っているから月白の着物かもしれない」
来留芽はそれを紙で丁寧に包むと鞄にしまった。妖力が残っていれば、それを追うことができる可能性がある。この日、発見できたのはこの程度だった。しかし、これは大きな鍵となるだろう。
恵美里を家に送ってから、来留芽は一人歩いていた。この場所から程近いまほろばに細が迎えに来ているはずだ。
ふと夜空を見上げる。今日は空を彩る小さな星々がよく見える。月もまた明るい。後二日ほどで満月だ。
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