2 星夜祭の準備

 

 翌日から学校全体がにわかに活気づいた。それは星夜祭において少し競争めいたものを加えることが実行委員会で決定したからだ。


「……ということで……当日までに各クラスで決めたテーマに沿った飾りを用意して……当日に時間制限がある中で飾っていくことになりました。採点は、各クラスで二人にやってもらいます。短冊や普通の飾りはそれが終わった後、好きなクラスの笹に飾ることになります」

「日高さん。飾りは全て手作り?」

「いえ……別に家にある飾りでも構いません……ただ、テーマ次第では手作りの方が統一感が出るかも……」

「で、テーマはどうすんだよ」

「それは……話し合いで決めないといけません」

「じゃ、ここからは学級委員の出番だね。ほら、前出るよ、青山くん」

「面倒くせぇなぁ。あー、何か案があるか? 不参加組でもいいから思いついた奴は出せ」

「もうちょっと言い方に気を付けようよ。まったく……ええと、正直、七夕に何かテーマを考えるとか難しいと思うので、近くの人と相談してください」


 確かに、七夕には定番の飾りがあるから、あえてテーマを考えると言われても思いつかない。


「何か思い浮かぶ?」

「何も」


 八重が聞いてくるが、何も思いつかない。来留芽はスパッと三音で切り捨てた。


「だよねー。って、それで終わらせちゃマズいって」

「でも、テーマって言われてもなぁ……星づくしとか?」


 グループになったとき、八重の隣になった男子がそう提案した。八重がすぐさま反応する。


「何それ」

「短冊以外の飾りは星だけとか」

「あー、なるほどね。星にした意味は?」

「何となく?」


 何か意味があった方が、他のクラスに突っ込まれたときに説明しやすいかもしれない。しかし、来留芽は何も思いつかないので黙っていた。


「だったらさ、七夕ってのは織り姫と彦星が会える特別な日だからハートづくしとかは?」


 こちらは来留芽の隣に座った男子の意見だ。


「ハートねぇ……男子はそれでいいわけ? ハートの飾りをひっさげている男子って異様な光景に見えるかもよ?」

「うわー……それ困るマジで。先輩にからかわれるって」

「……カササギは? つまりは鳥づくし」


 一つ思いついたことがある。ここまで出たものにならって“~づくし”系で。


「その心は?」

「たしか、天の川を渡れないときはカササギが橋の役割をしてくれて、二人は会うことが出来たらしい。だから……二人が会うことを祈って鳥を飾ってみればどう?」

「ほー……カササギって橋になんの?」

「いや、あのね、伝説だから。まぁでも、それ良いんじゃない?」


 と、いうことで黒板にはいくつかの候補が出ていた。


『・モノクロ

 ・キャラクター

 ・星づくし

 ・ハートづくし

 ・カササギづくし(鳥づくし)

 ・いっそクリスマスオーナメントを流用』


 星とハートは来留芽達の班以外から出ていた。そして、最後だけ手抜き感がある。流石に笹にクリスマスオーナメントはどうなのだろう。


「……最後の誰が?」

「青山くんだよ。それなら家にたくさんあるって」

「ああ。うちの親父が買いすぎて溢れかえってる」


 インパクトはあるだろうが、良いのだろうか。しかし、飾りを作る手間が省けて楽かもしれない。


「とりあえず、投票しようか」


 そうして挙手方式でどれがいいか投票した。そして決まったのはモノクロだった。


「えーっと、では、テーマはモノクロでいいですか? でも、モノクロって何をどうするんだっけ」

「白と黒でつくったメンコを飾り付けるんだよ」

「ああ、そうだった。日高さん、これでいいかな?」

「もちろん……あ、あと採点者を発表しておかないと……ええと、参加する人は……この名簿にある人で全員かな……?」


 皆が頷く。名簿についた○は意外と増えていた。これなら当たらずに済むかもしれない。

 面倒事を振ってくるなと念じながら来留芽は黒板前の恵美里を見る。一体どのように採点者が選ばれるのだろうか。


「ええとね……採点者は参加者名簿の……上から四分の一と四分の三の位置にいる人です! だから……沢田くんと松山さん、お願いします」

「分かった」

「えー、わたしぃ? 面倒くさいのは嫌なんだけどー」

「採点基準は……用意してあるから……点数付けるだけだよ」

「じゃあ、いっかー」

「お願いします」


 そしてクラスの笹に飾るモノクロのメンコ作りが始まった。どれだけ飾れるのかは分からないが、とりあえず一人五個は作ることになった。合計で二百個になる。


「メンコの作り方なんて知らないんだけど!」

「俺もとっくに忘れ去っているわっ」


 それ以前にメンコの遊び方を知らない人も一定数以上いそうだ。今の時代は小学生でさえ遊びはデジタル化している。


「お前ら、ネットで調べりゃいいだろ」

「……あの、一応……作り方を書いた紙を貼っておくね……」

「おお! 日高さん、気が利くね!」

「これも……実行委員としての仕事だから……」


 来留芽も折り紙を手渡されて少し固まった。折り紙は久しぶりかもしれない。もっとも、そこまで不器用ではないので失敗することはないはずだ。少なくとも、少しのズレで失敗する形代作りよりは楽だろう。


「なぁ、モノクロってテーマでもメンコだけってのはつまらなくないか?」


 黙々と作業していた昼休みに、ある男子が手を休めて話し出した。周囲も集中が切れたらしく、手を止めて雑談を始めている。


「メンコ作りに飽きた?」

「いや、俺もう終わったし。暇なわけよ。んで、さっき教えてもらったページをみると、手裏剣なんかもメンコと同じように作れるっぽい」

「だから何を言いたいの」

「メンコ以外も作らねぇ? どうよ、日高さん」

「ええと……作るだけなら……いくらでも……けど、飾れないかもしれないよ……?」

「そんときはそんときで考えればいいじゃん。俺、手裏剣作るわ」

「それ、ただ作りたいだけじゃないの?」

「否定しないぜ!」

「「あはははは」」


 《星夜祭実行委員の皆さんにお知らせします。星夜祭で使う笹が比翼館に届きました。確認をお願いします。もう一度繰り返します……》


 比翼館というのは体育館よりは小さいが一学年全員が楽に入れるだけの大きさは備えている建物のことだ。イベントの時は資材置き場のような扱いをされる。


「来留芽ちゃん、八重ちゃん、千代ちゃん、ちょっと……行ってくるね」

「おーけー。いってらっしゃい」

「恵美里さんの分も作っておきますね」

「ありがとう」


 星夜祭に向けての準備は皆楽しそうに行っていた。こうなると当日に参加できないという人は少し可哀想かもしれない。


「お前ら楽しそうで良いなぁ……当日行ければなぁ」


 案外楽しそうに折り紙を折りながらも穂坂は星夜祭に参加できないことをぼやく。


「穂坂くんは仕方が無いよねー。正直に言うと私はSTINAのライブにも行きたい」


 STINAのファンだと公言している福田が穂坂を慰めている。その言葉を聞いて穂坂が復活した。


「おお! 嬉しいなっ」

「また今度ライブ行くよ」

「ああ、盛り上げるからな!」


 調子良いな、と少し呆れながらもここまで楽しそうなら来留芽も余裕があれば行ってみたいと思っていた。



「皆さん、楽しそうですね。ですが、そろそろ授業なので作業を終わらせてください」


 昼休みは昼食の時間も含めて四十分ほどだ。しゃべっているうちにとっくにその時間が過ぎてしまったらしい。


「あ、どうせならタロちゃん先生もメンコ作りませんか?」

「メンコ? このクラスのテーマは一体何ですか」

「モノクロ、です」

「ああ、それで白黒の折り紙でしたか。まぁ、いいですよ。そんなにたくさんは作れませんが」


 教師というものは意外と忙しいのである。


「じゃあ、京極先生の分も合わせて六個分渡しておきまーす」

「……ちゃんと京極先生にもやらせましょう」


 笑顔で渡された十二枚の折り紙に先生は苦笑していた。

 そのとき、教室の扉がガラリと開いて息を上げた恵美里が入ってきた。


「お、おくれまし……た、ハァ、ハァ……遅れました、すみません」

「いえいえ。そういえば日高さんは星夜祭実行委員でしたね。笹の確認に行っていたのでしょう。授業もまだ出席を取っていなかったので大丈夫ですよ。席について息を整えなさい」

「はい」


 来留芽は口パクでお疲れとねぎらっておいた。恵美里は息を荒らげながらも笑みを返してくれる。

 そして帰りのホームルームで恵美里から笹のことを聞いた。どうやら学校が用意した笹はかなり立派な物だったらしく、二百個だろうと余裕で飾れそうだと言う。それを聞いて調子に乗ってメンコ以外の物も作っていた人達がホッと息を吐いていた。


「あ、日高さん。京極先生は忙しくてまだ作っていないらしいです。明日には持ってこさせます」

「分かりました。とりあえず……作ったものはこの袋に入れてください」


 全員昼休み中や授業の合間に作り終えていたのでそれらを全て恵美里の持つ袋に入れた。当日まで実行委員が保管するらしい。とはいえ、保管場所は生徒会室なので恵美里の手間はそうないが。


「もし……追加で作った物があったら……私のところへ持ってきてください」


 星夜祭までに生徒会室に入れるのは生徒会役員と各委員会の長、そして各クラスの星夜祭実行委員となる。当日までに紛失などが無いように管理するのだ。



 ***



 放課後になって、恵美里はクラスの皆が作ったモノクロカラーの折り紙を持って生徒会室に向かった。途中で東に会ったので一緒に行くことにする。


「爽くんのクラスは……どれくらい飾るの?」

「ん~、数えてないから分かんねぇ。二百くらいじゃないか?」

「こっちもね……それくらいなんだよ。あの笹……大きかったから……二百個くらい余裕だよね……」


 裏話として、実はあの笹は学園に生えていたものらしいというものがある。校長が張り切って選んだそうだ。立派な物を選んだのは、そちらの方が生徒の願いが天に届くかもしれないと思ったからだという。実に生徒思いの校長だ。実際、学園の七不思議についてもこれまでの校長先生は噂の段階で放置していたのに今の校長はオールドアに依頼することに積極的な姿勢を見せている。万が一生徒に何かあったら困るからというのが大きな理由だった。このことは恵美里がオールドアに所属しなければ知らなかっただろう。


「「失礼します」」

「はーい、どうぞー」


 気の抜けるような返事をしてくれたのは生徒会長だ。生徒会の仕事をしているようだが、どこかほのぼのとした空気が漂っている。


「えと……星夜祭実行委員の日高恵美里です」

「東爽太です。飾りを預かってもらいに来ました」

「はいはい。一年の担当は……確か、麓郷先輩だったっけ」


 対応に出てきてくれたのは二組の斉藤さいとう涼子りょうこという子だった。彼女は恵美里と東の二人を見るとにっこりと可愛らしく笑った。そして、振り返って一人の先輩の方を向く。


「そうだ。じゃあ、二人とも、ちょっとついて来てくれ」


 麓郷先輩は立ち上がると二人を招き、生徒会室の隣の資料室へ先導する。


「ここが星夜祭のような突発的イベントの際に使うロッカーだ。一年はこの一番端の方だ。そう、そこ」


 ロッカーは壁側から一年、二年、三年となっているらしい。


「ここの鍵は俺が持っているから、追加でここに保管したい分が出てきたら言ってくれ。もし俺が捕まらなかったら、当日の金曜日の昼休みは開けておくから、そのときに忘れずに持ってこい。それ以降は特別な事情が無い限りは追加はなしだ」

「「分かりました」」

「えーと、一年一組と一年二組な。よし、確かに預かった。何かあったら遠慮無く相談しろよ」

「「はい!」」


 星夜祭まであと数日。正直、相談しなくてはならないほどの“何か”があったら困る。だから、そんなことが起こらないように祈っておく。でも、何となくその“何か”があったら来留芽や恵美里が動かざるを得ないのだろうなぁと思った。


「じゃあ帰ろうか、エミ」

「……うん」


 二人は仲睦まじく夕暮れを歩いて行った。



 ***



 ほとんどの生徒が下校し、比較的遅くまで活動している生徒会室にも夜闇が忍び寄ってきていた。そこにカチャン……と鍵が回る音がする。場所は生徒会室だった。

 音を立てずに扉が開く。そして影が入り込んだ。


「……」


 そのまま少し部屋の机を探る様子を見せたあと、影は資料室の方へ向かう。カチャリと鍵を開ける音がし、資料室に入っていく。

 資料は本棚やロッカーの中に置かれている。影が向かったのはその中でも最近になって使われ始めた鍵付きのものだった。


「……」


 少し考え込むようにした後、影は一つの鍵を取り出した。

 カチャリ……

 三度目の鍵の音が聞こえてくる。そして影は迷わず一つの袋を取り出した。それを持ったまま鍵を閉め直し、何事も無かったかのように生徒会室を去っていく。


「先生、助かりました。鍵返しますね」

「おー、忘れ物はちゃんと見つけたんだな。もう遅いから気を付けて帰れよ」

「はい。でも、うちは近いので何も起こりませんよ~」

「はははっ。そうか。でも、夜だから本当に気を付けるんだぞ」

「分かりました!」


 その姿を見送ってから、鍵を返してもらった生徒会顧問の先生に細が近寄り、聞く。


「今の子は?」

「ああ、一年二組の斉藤涼子だよ。生徒会役員で、今日は忘れ物をしたとかなんとか」

「そうですか」

「まぁ、本人が言う通り、家が近いからこれくらい暗くても大丈夫だろうな」

「まぁ、はい、そうですね」

「お前も残るのはほどほどにしとけよ~」

「はい。お疲れ様でした」


 そして、誰にも聞かれないようにして細は呟いた。


「やけにもやをまとっていたな……念のため式神を潜り込ませておくか」


 ちょうど学校から出るところだったらしいその姿に向けて細は簡単な式神を送り込む。霊的な異常があれば教えてくれるはずだ。


「それにしても生徒会室に忘れ物ね……単純にそれだけの理由で行ったとは考えにくい。一体何をしてきたんだか」


 星夜祭でその澱みが晴れれば良いと思う。しかし、あれほどもやをまとうならその日を待たずに厄介ごとを引き起こすかもしれない。


「注意してやらないとな……」


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