3 姉兄の目的


 ――それを最初に提案したのはアタシ達ではなくて、三笠のアホボンだったわ。昔、家出中に裏警察に世話になったことがあったのだけど、その時のこと……


「俺は三笠正一だ。裏警察の最年少巡査をやってる。――お前、清水の出なんだってな? 一緒にいた双子は一色ときた。協会幹部の家の子どもがどうして野放しになっている?」


 ブラウンに染めた猫っ毛がアタシを覗き込んでいた。場所は裏警察の一室。まだ子どもだったアタシは暁と夕凪とは別れさせられたが拘束されることもなく、ジュースを出してもらっていた。


「……アタシはただの茜よ。清水は関係ないからっ!」

「おう、そりゃあ悪かったな。じゃあ、茜。どうしてお前みたいな子どもが親の庇護下にいない? お前達の様子を見る限り三日ほどは家に帰っていないな。普通の親は許さないはずだぞ?」

「普通の親なんてどこにもいないでしょ」


 三笠のアホボン評価はアタシの所まで届いていた。正直、彼にアタシ達があっさりと捕まったのが信じられなくて悔しかった。だいたい同じ年回りで随分と差があるように感じたから。だから彼の質問には絶対に答えてやらないと意地を張っていた。アタシ達の親は迎えに来もしなかったから、口を割らない限り裏警察の施設に留め置かれることになってしまったのよね。


「……はぁぁ~~、仕方が無いか。もう数日だけ裏警察ここにいろよ」


 彼はそう言うとアタシを軟禁して出て行った。酷い扱いを受けたわけではないのよ。客間っぽかったわね。そして数日後、彼がやって来て晴れやかな顔で出て行っていいと言ってくれた。


「ええと……ここだったよな。清水の姫さん、お前の容疑は晴れたから晴れて釈放だ! いや~、良かった良かった。実は霊能者による子ども誘拐事件があってな。その一味の中にお前達くらいの子どもがいることまで分かっていたんだ」

「は?」

「だから、疑われていたって訳だ。あのままだとお前達は家にも見捨てられそうだったから、悠長にしていられないと思ってスピード解決してやったぞ」


 褒めるがいいとでも言うように胸を張る彼を見てアタシは複雑な気持ちになった。


「……別に、家なんてどうでもいいのに」


 まぁ、後々よく考えてみれば子どもだてらに裏警察の巡査を出来るならアホという評価はおかしいと思ったわね。そう年の変わらない奴に自分達が捕まったことも相俟って、見えるだけが全てではないと痛感したの。

 でも、アタシ達が“家に見捨てられないように”という理由付けだけは受け入れ難かったのよね。アタシの親も暁や夕凪の親もどうしようもないほど親として失格レベルだったから。


「知っているぞ。裏警察はそういったことをかなり詳しく知っている」


 アタシの呟きにすぐさま反応してそう言ってきたの。詳しく知っているという言葉にアタシは警戒心をあらわにした。


「……どこまで知っているの」

「まぁ、当主の力、それに劣等感を抱いていること、その内に面倒事を起こしそうな性格だな。性格に限って言えば協会幹部の家の当主達はどれも似たような歪みっぷりだが。……しかし、その子ども世代がそれなりに考える奴だとまでは知らなかったな」


 そう言いながらこちらを見てくる眼差しはどこか“期待”が覗いていて。仲間を求める渇いた瞳だと思ったわ。アタシのよく知る種類の瞳だった。だから、どうしても切り捨てることは出来なくて、言葉の続きを促したのよ。


「だから、何?」


 彼は少し迷うような素振りを見せると、かぶりを振ってそれを振り払い、真剣な目でこう言ったわ。


「なぁ、一緒に協会を改革しないか?」


 協会の改革。それはあの時のアタシも何度考えたことか。年齢諸々の理由で挫折しかけていたそれに彼はアタシを……アタシ達を誘ったのよ。思わず黙り込んでいると彼は自分の憂慮する現実を語ってくれた。


「俺は、今の協会はとてもマズい状況にあるのではないかと思っている。自らの力を見せつけることを愉しんでいる当主、力が強い故に他者との関係を顧みない当主、逆に力が弱い故に何かに取り憑かれたかのように力を求める当主……人格的にも最悪の人種が霊能者のトップを名乗っている。俺も三笠の家だが、父は家で自分よりも強い存在に怯えている……怯えすぎている。こんな人達が協会のトップにいられては元々の役割が果たせないだろう?」


 協会の役割は日陰にいるしかない霊能者の保護および相互補助へと仕向けることよね。今もそうだけど、トップがそれをやる気概がないから協会のその役割は形骸化してしまっている。その現状を憂いていたの。

 それからアタシ達はその話に乗って実働部隊として動いて味方を増やし、勢力を拡大する日々に邁進することになったわ。妖界へ行ったりしたのはそのついで。あやかしの中でアタシ達に力を貸してくれる存在はいないか調べに行ったのね。

 ま、その話はまた今度時間があったらするわ。話を戻すけれど、今回アタシ達が戻ってきて、あまつさえ義妹や弟に頼ろうとしたのは清水家の清流紋の確保のためよ。人手がいるの。様々な場面に対応できる人が必要になってくる。



 茜の話を聞いて巴は思った。様々な場面に対応できる人材が必要だというならば巴を呼び出すことにした理由も分かる。巴は一族内でもかなり自由度の高い術を使える巫女だ。その柔軟性を茜は求めていたのだろう。


「……あたし自身は茜姉様の力になることはやぶさかではない、かな。だけど、清流紋の在処は? 見当くらいはつけているんだよね?」

「清水家の土地の奥にあるらしいの」

「『ああ、あそこか……』」


 巴と透の、納得したと同時にうんざりしたような声がそろう。茜達も気持ちは分かるとでも言うように頷いている。

 墓場と言いつつも実際にお墓として運用しているわけではない。清水家で言われている通称が“墓場”なのだ。もちろん、曰く付きかつギミックに溢れた場所である。それに引っ掛かった侵入者達にとっては紛うことなき墓場だったのだろうが。


「あの屋敷に隠されているらしいという文書をすみれお祖母様の遺品から見つけ出したのよ」

『すみれお祖母様の遺品? では、茜姉様は一度清水家に戻っていたのか?』

「いや、戻ったとバレないように侵入した、が正解だな。まぁ、誰にも見つからないルートは知っているだろう?」


 子ども時代にやんちゃした名残だろう。あのころは祖父母にバレない程度に屋敷をおもちゃにしていた。そしてその課程で天井裏や軒下に繋がる抜け道を造っていた。それが今も見つかっていないままだったということだ。


「それで、あの屋敷の一体どこに隠してあるかは……」

「それについてはっきりとは書いていなかったわ。でも、無色家の巫の妹御があそこに住んでいて、そこに在処のヒントがあるらしいの」

「でも、あの屋敷はかなり広くて探すとなると大変だよね」

『最近は僕もあそこには行っていないからなぁ……。あまりにも面倒くさくて探索を諦めた』


 土地を贅沢に使って建てられたという屋敷である。妹御以降の住人の趣味もあって、どこの忍者屋敷かと思うほどギミックに溢れている。もちろん、その中には霊能者故に進める場所もある。


「だから、人手を募っているんだ。信頼できる人手を」

「うーん……オールドアの皆にも参加してもらおうか?」


 そう提案してみる。彼等なら信頼できる。全員力が強いし、柔軟性もある。


「そうしてくれると助かるわ。出来れば明日には動きたいのだけど……」

「あたしはちょうど休みだね」


 他のメンバーについては良く分からない。個人で受けている依頼もあるかもしれないからだ。


『ところで、オールドアの面々に清流筆紋のことを知られても大丈夫なのかな?』

「うーん……あれは聞いている限りでは一時的なブーストにしかならないよね? あとは、巫女系統の力の増幅くらいかな。使える人もあまりいないし。それだとオールドアの面々は欲しがらないよ」


 巫女系統の力を増幅することで大幅なパワーアップが見込めるのは巴の他には日高親子くらいだ。しかし、彼女達は力に貪欲な性質はないので心配は要らないはずだった。


『オールドアの社長はどうなんだ? 前に万能すぎて気持ち悪いと言っていたけど、万能ならば少しでも力を求めるのではないか?』

「それは大丈夫。社長の場合はそんなブースターなんて要らないほど力があるから。今更追加で力なんて要らないって。現状であの人は最強と言ってもいい」

『確かにそうかもしれないな』


 透の懸念は巴がキッパリと否定した。聞いた透もその言葉に同意する。


「へぇ……巴がそこまで言うとは」

「頼もしいが、敵になられたら困るな」


 巴が自分達に嘘をつくとは思っていないのでオールドアの社長最強説も信憑性が出てくる。双子は思わず顔を引き攣らせていた。

 巴自身は社長について敵対さえしなければただの温厚なヤクザ顔の小父さんだから、そう心配する必要は無いのではないかと思う。……それにしても、“温厚”と“ヤクザ顔”が両立しているのは凄まじい違和感だ。


「それじゃあ、皆にも助力を頼んでこようか。茜姉様、兄様方、一階の会議室へ案内するよ」


 今日いるメンバーに話すとなると、巴の相談室では些か手狭で椅子も足りない。



 ***



 まず階下の会議室に三人を通して、それから巴は社員用ラウンジに顔を出した。最初に目に入ったのは社長以外がテーブルを囲んでいる光景。よく見れば来留芽・恵美里・細・薫が樹を囲んでいる形だ。


「何してんの、樹」

「あれ、もう話が終わったの? 巴。ほら、巴も見る? ラテアート傑作~!」


 じゃじゃ~んと自分で効果音を口に出してこちらに見せてきたコップには確かに細かく描かれたラテアートがあった。どうしてその絵柄にしたのか、どこでその絵柄を知ったのか疑問に思ったが。

 それは見事な絵だった。左斜め上から下へ流れる川。右斜め上にはまるでそれを描いているかのように一本の筆がある。どうやって描いたのだろう。

 ……しかもそれはどう見ても“清流筆紋”だった。


 巴は思わず目を擦って二度見する。ラテアートはとても難しい。だからここまで細かく描ける樹は賞賛に値するかもしれない。だが、素直にそうできない。


「……これをどこで知った、樹。返答によっては……」


 ぐわしっと樹の頭を掴み詰問する。ここまでタイムリーな絵柄を出されて動揺せずにはいられなかったのだ。


「イタタタタッ! と、巴、加減して~~っ」

「だから、一体どこで、これを知ったっ!」


 緩める気はなかった。樹が敵方……この場合は紫波家に通じている可能性があったからだ。茜達の妨げになられては困る。

 そこを止める者がいた。


「巴姉、ストップ」


 来留芽が巴の服の端をちょいちょいと引っ張って注意を引く。だから少しだけ込める力が緩んだ。


「助かった、来留芽~!」


 それに気付いて樹が安堵の声を上げる。

 助かるつもりでいるのか、この男は。巴はイラッとしたので先程よりも力を込め直す。そのまま来留芽に理由を聞くことにした。少しBGMがうるさいが、良しとしよう。


「で、一体どうして止める?」

「樹兄は有罪レベルのことをやらかしているけど、傍観していた限りでは軽罪の範囲で済んでいると思う。樹兄がやったのは盗聴とそれによって得た情報で件の紋章に見覚えがあると言ってラテアートで再現してみただけ」


 ……どちらかと言えば、有罪ギルティだろう。

 紫波側についているわけではなさそうだが、盗聴は許しがたい。というか、先のうめ婆様の件で巴の部屋に仕掛けられていた盗聴器は軒並み燃やしたはずだったのだが、いつの間にか新しい物が仕掛けてられていたらしい。


「どこで見たとかちゃんと言うから~!」


 それならば、納得がいくまで教えてもらうとしよう。とりあえず、茜達を待たせているので樹は引きずっていくことに決めた。手に力を込めて。盗聴の罰だ、甘んじて受けるがいい。


「茜姉様達の前でじっくり教えてもらうよ。皆も話を聞きに来てもらえるね?」

「うん……」「……ああ」「わ、分かりました」


 細は眉を片方上げただけだったが、来留芽、薫、恵美里の三人からは少しだけ引いた返答が返ってきた。巴が目だけ笑っていない“満面の笑み”という、怒りが通り越しているのがよく分かる顔になっていたからである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る