愛綴蛇足

新嘗神無から、返歌


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 拝啓 静谷光久様

 私は静谷光久さんからとても温かく、そして優しい夢を見させていただきました。あなたはとても仕事が好きで、いつも楽しそうに話してくれましたね。あなたと話していて私も歌詞を考える楽しさを知りました。生きる喜びと未来への期待を知りました。もっとあなたとの時間を共有してあなたが笑顔で語ってくれる仕事の話、お気に入りのグループの話、尊敬している作詞者の話を知りたかったと思います。

 ですが、いつまでもそうして失った物にすがりつき、あるはずのない未来を考えるのは私にとっても良くない事ですよね。私を気遣うあなたからのメッセージをしっかり受け取りました。それについて、私に届けてくれたSTINAの方々と、名も無き少女には感謝を。最後に穏やかな時間を過ごせて、少しだけ心に余裕が出来た気がします。


 あの日からもうどれほど経ったでしょうか。私はもう退院出来るまで回復しました。お医者様からもそう頻繁に通院する必要はないだろうと太鼓判を押してもらいました。でも、今、一般社会へ踏み出そうとする私は少しだけその勇気が持てずにいます。体が弱かったことによるハンデがどこまで来るのか不安です。光久さんがいれば二人三脚で頑張れたかもしれないと思ってしまいます。くじけそうになりますが、そう思うたびに必ずあの『君を、未来へ』を聴いています。そして、背中を押してもらっています。


 あなたを忘れることは出来ませんが、それでも私はあなたが願ったとおり、幸せを探したいと思います。あなたがいることの次の幸せを。けれど、その前にあの歌の返歌を捧げます。二枚目の手紙に載せておきますね。



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『365日 愛を伝えるよ』


   変わらない白い世界 つまらないと呟いた

   「僕はそこに彩りを加えよう」

   見えない声の イタズラ

   白いキャンバスに


   夏だよ! 窓の外に緑の夏

   ガンバレ 会えなくても言葉が届いた

   どんぐりで作られたミステリーサークル

   もとはスマイルだと何故か分かった

   同じ大きさの雪うさぎふたつ

   あなたとわたしかな


   365日僕は愛を伝えると

   その約束がここに生きていた



   久しぶりに顔を合わせ あなたは言った

   「僕は君に歌を贈るよ」

   結婚するまで 秘密だって

   笑っていた


   春にはともに過ごし愛を深め

   わたしを好きになってくれてありがとう

   交換日記に小さく書いた

   ぽつりぽつりと愛を返す

   ジューンブライドにあこがれた

   わたしのために駆け回る


   あなたにわたしは愛を伝えるよ

   幸せの日々をわたしは忘れない



   約束の日が迫って でも世界が落ちて

   一人暗闇でうずくまる

   最愛を失い 閉じこもった

   黒い世界に


   どうして! ただそれだけを叫ぶ

   ガンバレ どこからか聞こえる声は届かない

   一生の誓いを待っていたわたしは

   一つの知らせでバラバラに割れた

   それでも灯った希望の光に

   聞こえたあなたの言葉


   315日のあなたの愛はここにある

   約束の歌にわたしは救われた


   わたしのカケラを拾い繋げた

   あなたの優しい願いが

   わたしを未来へ導く

   あなたの全てにありがとう

   わたしはまた歩くよ

   いつかあなたと語り合うことを楽しみに……



 あなたが手がけた本気の歌詞からすれば私が考えたものは拙いでしょう。でも、これが今の私の素直な気持ちなんです。今、あなたに向けて書きたかった。あなたと一緒にいたからこんな風に歌詞を書けたのだと思います。あなたのせいなんですよ? 責任を取って欲しいくらいです。

 あなたのことは忘れません。決して忘れられないでしょう。あなたとの時間は私の宝物です。遠い未来で怒らないでくださいね。


 最後に、こんな私を愛してくれてありがとうございました。


                                敬具


――――――――――――――――――



 ***



 静谷神無は前にしたためた手紙を墓前に置き、手を合わせる。あの日からもうずいぶんと経っていた。もう過去に囚われているつもりはないが、光久を忘れることは出来ない。だから、ここに来る覚悟をなかなか決められなかった。


「STINAの活躍も目覚ましいですよ。みっちゃんも、わたしも好きだったあのグループは今もみっちゃんの歌詞を歌ってくれています。嬉しいですね」


 そう言ってすっと立ち上がった。あまり長居は出来ないのだ。


「また来ます。みっちゃんは『女一人でこんな所まで』と言いそうですが、置いていったあなたが悪いんですからね? 文句は聞きません」


 ふふっと笑うと神無は踵を返して霊園を去った。もう深い絶望から抜け出せずにいる暗い表情はなくなっていた。前を向き、未来へと歩き始めた姿がそこにある。


 コツコツコツと坂を下りていく音がする。その道の反対側には若い青年達が霊園に向かって歩いていた。誰かのお参りに来たのだろう。

 少し距離があったから神無は気が付かなかった。向こうを歩いていた青年の一人がバッと神無の方を向いて凝視していたことを。そして、彼等がSTINAのメンバーだったことも。


「……未来へと、背中を押せたなら良かったよ」


 温かな響きを持ったその呟きは、ただ空に溶けて消えていった。

 その言葉を神無が聞くことはなかったが、それで良いのだ。彼女のための奇跡は確かに届いたのだから。



          Fin.


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