花丘蔵小編

声が届くからこそ願うこと


 長い時を経てもまだ形になっている物には心が宿る。人はそれをつくも神と呼ぶ。

 少なくとも、白蛇はそういうものだと教えられた。他でもない、人間に。


「おーい、にょろ、お前達は物を食べられるのか?」

『にょろじゃなくて白蛇だよ。白蛇は食べなくても大丈夫』

「あー、そうじゃなくて、さ」


 白蛇にこっそり話しかけてくるのは商人だという胡散臭い男。彼は斜め上を見上げながら頬を掻いた。商人にしては身嗜みが雑で物に対する扱いもちょっと雑。しかも、たまに白蛇の根付を落としたりもする。

 よりによって、こんな人間に教わってしまったことは一生の不覚。つくも神は半永久的に存在するのだから未来永劫ついて回るのだろう。この悔しさというか、残念な気持ちが。


「おーい、にょろ、聞いているのか?」

『なに? にょろじゃなくて白蛇だよ』

「そうか。それよりホレ、これは食べられるのかって聞いているんだ」


 差し出されたのは団子の串。白蛇はそれを見て少し考えた。食べられるか、食べられないか。それは白蛇にも分からなかった。


『分からない』

「じゃあ、食べてみろ」


 むに、と差し出されて白蛇は少しだけかじった。ちょっと串の先が刺さって痛かったけど、団子はほんのり甘い。つくも神は食べ物を食べられる。食べ物は神の理。これ真理。


「美味かったみたいだな。花飛んでいるぜ」

『はっ、一多呂いちたろごときに見られるとは不覚っ』

「お前、たまに俺に失礼だよな」


 そんなこんなでそれなりに楽しく過ごしていた江戸の初め頃。白蛇はとうとう、今まで目を逸らしてきたものに向き合わなくてはならなくなってしまった。

 すなわち、白蛇を質に出した武家の家族がいないひとりぼっちであるという事実と。


「にょろ、最近元気ないな」

『放っておいてよ。一多呂』

「いつもの反論がこないとは……にょろ、病気か何かなのかっ!? 何かしてやれること、あるか?」

『うるさいよ、一多呂。白蛇は別に病気じゃない。ただ、ちょっと、さみしいだけ』


 ぽつりと本音を漏らしてみれば、商人の男はあ~ともう~ともつかない声を出して頭を掻く。


「にょろが前の持ち主のことを大切に思っているのは俺だって分かっているさ。大切にされてもいたんだろう」

『うん……屏風さんに刀さん、鎧さんもいたの。だけど、白蛇が話せるようになる前に別れちゃったから。それに、次の持ち主を大切にしなきゃ』

「屏風に刀、鎧ねぇ。ま、にょろはつくも神ってやつなんだからこれからいくらでも時間があるわけだ。いつかはまたにょろの家族と会えるんじゃねぇの」

『会えるかな?』

「会えるだろ。そもそも、会いたいと願うことが罪ってわけでもねぇし。願っていればいつか叶うだろ。ってか、にょろの次の持ち主ってつまりは俺のこと。俺を大切にしてくれるんなら俺もにょろを大切にするぜ? 新しい家族となろうや」


 その言葉に白蛇は思わず目が潤んでしまったのは一多呂にも秘密のこと。

 その後、一多呂はしれっと白蛇の家族を集めてくれたりしたけど、その頃には一番の家族は彼だった。でも、それは彼自身には伝えていない。

 白蛇はこれからも花丘一多呂の家族であり、彼の子孫を見守っていく所存である。これが白蛇の根付の重い愛なのだ。



          Fin.

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