部活之事
1 心霊研究同好会
鳥居越学園の部活動において公式の部活は『~部』と呼ばれ、人数が多くちゃんとした顧問も付き、予算も下りるといったものである。
一方で非公式の部活というものも存在している。それらは基本的に『~同好会』という言葉が後につく。顧問は付いても生徒のブレーキ役が期待されている。こちらは予算が下りない代わりに非常に自主性のある活動ができるところが長所だろうか。
ところで、同好会の中には予算が下りていないのによく続けられるなと思えるものもある。和楽器同好会など特にそうだ。部員数は吹奏楽部とは比べ物にならない。楽器も高いのに意外と揃っている。なぜそこまでできるのか。その疑問には八重が明快に答えてくれた。
「和楽器同好会は吹奏楽の一部として予算が割り当てられているっぽいんだよ」
「ああ、そうだった。それ、もう吹奏楽部に入れればいいのに……」
「初代和楽器同好会会長の意向だって。もう伝統になっているっぽい」
実は和楽器同好会の見学に行ったとき、そのようなことを聞いていた。あくまでも和楽器は和楽器でやっていくと吹奏楽部の部長と大喧嘩した末に断固主張したという伝説が残っているそうだ。初代会長は実に頑固な存在だったらしい。
「まぁ、そんなことが私達に関係してくるとは思わないからどうでもいいよね?」
「確かにね」
「それより、心霊研だよ。初回は学園の厳選七不思議巡りだったよね?」
来留芽はいろいろ考えて結局心霊研に入ることに決めた。なぜか八重も一緒に入ることになっていたのには驚いた。
「楽しみ?」
有名どころの七不思議は問答無用で命を奪おうとするものはあまりないだろう。ベートーベンが動こうが、二宮尊徳像が歩こうが放っておいてもそこまで害はない。
「楽しみ! だって、お化けとか実在しているんでしょ? なら、七不思議もあっておかしくないじゃん。ああいうのって命に関わるものはあまりなかったと思うし」
有名どころの七不思議についてはこの学園においても同様の傾向だろう。とはいえ、楽しみにするというのはどうなのだろうかと思わなくもない。
「……私も全部を調べた訳じゃないから安全だとも言えないんだけど」
学園の七不思議に挙げられているものは確かに命に関わるようなものはないように思える。しかし、何も心配しなくていいかと言うと疑問が残る。
そのようなことを八重に言うといっそ見事なほど表情が変わった。
「ええー……命の危険、あるの?」
先程うきうきしていた時との落差が妙に面白くて来留芽は口の端を持ち上げた。しかし、あまり怯えさせるのもかわいそうだ。
「あるかもしれないし、ないかもしれない。そこは調査中。時間によって起こる異変だった可能性もあるから。まぁ、大抵の事からは守ってあげる」
「来留芽ちゃん……かっこいい!」
八重が抱きついてくる。感情表現が豊かなこの少女は来留芽があまりはっきりと感情を見せなくても楽しそうにしていてくれる。そんな八重が友達で良かったと思う。
「さて……教室に入ろうか」
今日は小野寺先輩以外にもこの同好会に所属している人がいるだろう。どんな人なのか興味がある。
「おっ、来たね、二人とも。ようこそ、心霊研究同好会へ!」
「よろしくお願いします、小野寺先輩」
先輩に誘われて入った教室の中には一人の男子生徒が座っていた。その手の本には『花子が教える女の子の秘密♡』という題名が書かれている。妙なタイトルに、八重と何とも言えない表情で顔を見合わせた。
「彼はこの同好会の会長だ。見てわかるように、ちょっと頭のおかしい本をよく読んでいる」
小野寺先輩のそのぞんざいな紹介を聞いていたのか、会長はパタンと本を閉じ、こちらを振り向いた。しかし、怒っているような様子ではない。ただ穏やかに笑っていた。
「失礼ですね、小野寺さん。今日の本は題名通りではありませんよ」
彼はそう言ってカバーを外して見せてくれる。その下には確かに先程のふざけた題名はなかった。
「「羅生門……?」」
意外な題名が目に入って思わず呟く。題名通りではない、とは文字通りの意味だったのだ。
「僕の趣味はホラー小説や伝説を集めることと明治の文豪の小説を読むことですから」
「もっとも、カバー通りのふざけた本まで持っているそうだけどね」
「あれはなかなか衝撃的な作品でした」
題名からして衝撃的だろう。内容もしかり、だ。
「一応学校の七不思議関連の内容でしたよ。それはともかく、小野寺さん。新入生はこの二人だけですか?」
「いや、あと一人いるらしいけど」
そのとき、心霊研のドアが開く音がした。来留芽達はそちらに視線を向ける。
「……遅れました」
「いや、そんなに待ってはいないよ。ようこそ、心霊研へ」
ぼそぼそ話す彼は長い前髪で片目を隠し、うつむきがちで暗い印象を持つ。また、歩いても上半身があまり動いていないからか幽霊のようだ。
その様子を見て八重が思わず呟く。
「……何か、すごく“らしい”人が来たねー……」
確かに彼は一番この同好会のイメージ通りの姿と言えるかもしれない。
「さて! 全員揃ったところで、まずは自己紹介しましょうか。僕はこの同好会の会長をしている
「私は二年の小野寺椿だ。副会長をしている。私がここに入ったのは単にホラーが好きだからだね。二年は実は私以外にもいるんだが、幽霊部員になっている」
「ぴゃっ!」
“幽霊部員”の部分で八重が妙な悲鳴を上げた。来留芽は思わず吹き出しかけて堪えたのだが、息が変になって咳き込む。
「や、八重……その悲鳴は女の子としてどうかと思う」
「ごめん、怖がらせたかな? 幽霊部員というのはあくまでも比喩だから」
「わ、分かっていますよもう……」
一人動揺してしまったのが恥ずかしかったのか、八重は机に突っ伏した。
その様子を横目に見ながら来留芽は自己紹介をする。
「ええと、私は一年の古戸来留芽です。ここに入ったのは学園の七つに留まらない七不思議に興味があったから」
そして、少し表情を緩ませて八重を促した。
「八重、自己紹介」
「う~……。常磐八重です。来留芽ちゃんと同じクラスです。ここに入ると決めたのは世の中には不思議なことがあると知ったからです」
その八重の言葉に会長が反応した。前のめりになって乗り出すと獲物を見付けた獣のような目で八重を見つめる。
「不思議なことがあると知った? 君はそういった不思議なことに遭遇したことがあるのですか?」
その食いつきに来留芽は少し焦った。八重が関わったのは本物だからだ。あまり追及されても困る。
「あ、ええと……」
しまった、という顔をこちらに向けてくる。本当に、あれは迂闊な発言だった。
ハァ、と気付かれないように溜め息を吐いて来留芽は誤魔化しにかかる。
「八重の親友が不思議な体験をしたんです。嘘をつく子じゃないので本当だろうと判断したらしいです」
話を合わせるようにという意思を込めて八重を睨む。八重はこくこくと頷いて「その通りだ」というように意思表示する。
これで誤魔化されてくれたのか、会長は頷いて納得したように見えたが瞳の奥にはまだ隠しきれない好奇心が輝いていた。
「へぇ。なるほどねぇ」
「心霊研らしい話題だね。それで、最後に君も自己紹介してくれるかい」
あまり突っ込まれても困るだろうと気を回してくれたのか、小野寺先輩は自己紹介の流れに戻してくれた。
「……
「外見に合わない名前だね。あ、ごめん、悪口というわけではないよ」
「いえ……よく言われますから」
「でも、心霊研ってやっぱり面白そうだよね。私も初めに来て同じ理由で入部を考えたよ。ね、来留芽ちゃん……どうしたの? 難しい顔して」
「何でも無い」
実は北野が自己紹介したとき、一瞬だけだが強い妖気を感じたのだ。……その源は間違いなく彼だった。来留芽は眉をひそめてそちらを見るが、今はもう妖気など欠片も感じられない。人であるはずの彼が何故妖気を持っているのか?
あれほど強ければ普通の人も気付くかもしれないのだが、一瞬だけだったからか会長も小野寺先輩も八重も様子が変わることはなかった。
――でも、気のせいだったとは思えない
どうやら気を抜くことはできないらしい。何が起こっても対処できるように観察しておかなくては。
意識を改めた来留芽は疑惑の目をそうと気付かれないようにして北野に向けた。
「心霊が実在しているかどうかを調べるのはワクワクするものです。では、早速ですが厳選七不思議巡りに行きたいと思います」
会長が簡潔にまとめ、次の予定へと促す。いよいよ七不思議巡りだ。荷物はこの教室に置いたままでいいらしい。出発する前に小野寺先輩がこの学園の七不思議について話を聞かせてくれた。
「実は、この学園には旧校舎があって、そちらの方がたくさんの噂があるんだ。けれど生徒だけじゃ危ないからね。今日は校内で噂されているものだけにしておくことになったんだ。まずは文芸部からだ」
とはいえ、文芸部の『ヒロイン』については解決しているのだが。これは来留芽と夏目先輩しか知らないことだから、これからも変わらず七不思議の一つとして存在していくのかもしれない。
「失礼しますよ、
「うん? 黄金か。ちょうどいいな、この文芸部に伝わる怪談話を教えてもらえ」
文芸部も新入生に部の説明をしていたようだ。こちらの会長が呼び掛けて反応したその人が部長なのだろう。彼は
「では、お言葉に甘えて話すとしましょうか。文芸部の怪談は『ヒロイン』というものです――」
会長が朗々と語りだした。内容は以前に夏目先輩が話してくれたものと似たようなものだ。ただ、語り方のせいなのか、非常に聞き手の恐怖を煽る。
「――夕日の差すころ、あの木の側から見てごらんなさい。恨みの表情を浮かべた女生徒が襲いかかりながら叫んでくるでしょう。
『……お前も一緒に連れていってやる!!』」
「「ひぃっ」」
『ヒロイン』の話はこれで終わりだろう。桜宮姫の幽霊にしては話に出てくるモノは些か過激な印象を持つ。別の幽霊である可能性もなきにしもあらず、だ。
来留芽は窓の外に向けていた視線を戻す。文芸部の子達と八重はいい怯えようだった。会長も語り手として満足だろう。来留芽はもちろん、怯えてはいない。今更だからだ。不思議なことに北野もそこまで顕著な反応はしていなかった。
「黄金。お前、手加減しろよ。入部辞退されたらどうしてくれるんだ?」
「まぁまぁ、これってある意味通過儀礼だし、いいじゃないですか」
有明は本気で怒っているわけではなさそうだったが、夏目先輩が笑いながら宥めていた。
「夏目……そう言えばお前も何があったのか、明るくなったなぁ。『ヒロイン』に一番怯えていたのはお前だった気がするんだが?」
確かに、夏目先輩はつい先日まで自殺を考えるほど追い詰められていたが、今は影も感じられない。
「それについては心配させてすみませんでした。もう吹っ切ったので大丈夫です」
「そうか。……で、あれだけ語ったんだから満足だろ、黄金。とっとと他の所へ行け」
「はいはい」
「あの……」
会長は有明の言葉になおざりに返事をすると文芸部から出ていこうとしたが、先程まで悲鳴を上げていた子のうちの一人が彼の制服の裾をつかんで引き留めた。
「何でしょうか?」
「幽霊を見たというのは……その、最近もあるんですか?」
「目撃証言は去年に二つほどありましたね。どちらも似たような感じでした」
「えっ……」
「もっとも、夕方というのは見間違えなどを起こしやすいですからね」
会長がそんなやり取りをしているとき、来留芽も似たようなことを夏目先輩から確認されていた。大っぴらには言えないので小声でのやり取りだ。
「来留芽ちゃん、実際のところ、どうなの?」
「今は何も感じられません。ただ、出てくる時間が決まっているという可能性もあるのでその夕方に検証してみないと何とも言えないです」
「そっか」
――しかし、去年だけでも目撃証言が二つ……
彼等の会話を聞いて来留芽は考え込む。
目撃したというのは嘘かもしれない。しかし、噂の場所でというのが引っ掛かった。ひょっとしたら、何かあるのかもしれない。
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