夜桜小話
花丘一樹の春の定例
「一樹お兄ちゃん、聞いているのですか?」
「はいはい、聞いていますよ」
「これだけじゃ足りないのです」
何が足りないのかというと、それは、部活への勧誘状の数であった。
今日は入学してから最初の休日だ。まだ正式に部活に入っているわけではない一樹は普通に休みを満喫するつもりだった。従姉妹が突撃訪問してくるまでは。その騒々しい訪問に苦笑しながらも取っておいた紙の束を取り出す。この流れは、正直に言えば慣れていた。
一樹の従姉妹は
「高等部の主要な部活がないのですよ!」
「う~ん、主要と言われても……一応、それでも全体の三分の一くらいにはなると思いますよ?」
「こ、これで三分の一……高等部の部活は混沌と化しているという噂は確かなようです」
戦いたようにそう呟く加奈子は次の瞬間には胸を張って自慢げにしてみせた。
「でも、全体の三分の一ということは、全体の二分の一の部活から勧誘された加奈子には負けているのです!」
「勝ち負けはないと思いますけどね」
少女の小さな自己主張は一樹の言葉によってぷちりと潰されてしまう。確かに、彼女が主張した全体の二分の一の部活から勧誘されたというものはそれだけ期待されていると解釈すれば自慢できるのかもしれない。しかし、学校の部活の勧誘といえば割と見境ないものだ。通りすがりにさらっとチラシを押し付けてくる人もいるのだから。
「一樹お兄ちゃんはノリが悪いですねぇ。まぁ、それはもとから分かっていたので良いのです。それよりも、恒例の内容確認ですよ! 私の分もなのです!」
「加奈子は好きですねぇ、それ」
溜め息交じりに一樹がそう言うと、加奈子はきらりと目を光らせた。
「このチラシには青い! 春の! 情熱が! 詰まっているのですよ! ぜひぜひ見分ししていつか参考にするのです。だから、一樹お兄ちゃんはしっかり手伝うのですよ。従姉妹の未来の活躍のためなのです」
「はいはい」
いつものことなので一樹も慣れたように紙の束を整理し始める。従姉妹が求めているのはデザイン性があるもの、奇抜なもの、心躍る文言が使われているもの、といくつかの基準がある。ほとんどに当てはまるような気がするが、前年度と同じか大して違いがないものは排除されるのだ。
「これは、さよならなのです」
「加奈子、これは去年も見た気がしますよ」
「では、さよならなのです」
そうしてふるい分けられた部活勧誘チラシは加奈子のマル秘ファイルに綴じられ保存される。時間があるときにしっかりと見返しているらしい。
毎年、この作業を行う度に彼女の闇が深まり、彼女の理想としている未来が遠ざかっているように思うのだ。
止め時を見失ってしまった一樹は今日も未来の彼女に心の中で謝りながら機嫌良く帰って行く現在の彼女を見送るのだった。
Fin.
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