3 『赤い封筒』
「ただ、この学園にいるのは譲羽芙美子の幽霊ではなくて柊文珠らしい。もしかしたら、いじめっ子への復讐に手を貸してくれるかもしれない。……とまぁ、一つ目はこんな感じだね」
小野寺先輩がそう言って、来留芽達はふぅ……と息を吐いた。この場にいた全員がその語りに飲み込まれていた。
「その……犯人っぽい女の子はどうなったんですか?」
「うーん……たぶん、普通に罪を償って生きていったのだと思うよ。詳しくは知られていないみたいなんだ。だから怪談なんてものになったのだと思うけど」
確かに、怪談は突っ込みどころが多いのが普通だ。
「なるほど……」
八重はしきりに腕を摩っている。怖かったのだろう。そんなに怖がりだと心霊研は向いていないのではないか。その調子でやっていけるのだろうかと少し心配になった。
「さて、もう一つ図書室の怪談を話そうか。でも、これも本当の話かどうかは分からなくなっているものだから。というか、本当だったらこの学園が困ったことになりそうだね」
――もう一つの図書室の怪談、それは『赤い封筒』というものだ。
いつからだったか、この学園である噂が広がった。それは、『図書室の歴史棚にある赤い封筒に悩み事を書いた紙を入れると解決してくれる。ただし、返事が書いてある紙は悩みが解決したと判断できるまで捨ててはならない。話してもならない』というものだった。噂が広まってすぐは図書室を利用する生徒が増えたが、次第にその数は落ち着いていった。噂を聞いて赤い封筒を探したが、見つからなかったのだろう。
多くの人は噂は噂だと判断した。それでもまだ、諦めずに探し続けている人がいたんだ。
「
「ごめんね、
「美知の知りたいことってあれだっけ、果てない花畑。この世のものとも思えない、非現実的な。そんなのどこにあるんだって話よね~」
「……そうかもね。でも、お父さんはそれを探していたんだもの。果てない花畑だった、俺は生きているうちにもう一度あの花畑を見るぞ。お前にも見せてやるからなって言って……。結局お父さんはその夢を叶える前に死んじゃったみたいだけど」
「で、おとーさんの夢を継ぐって?」
「ううん、流石にそんな現実的でない物のために人生を棒に振るつもりはないよ。でも、記憶喪失の私が唯一覚えていたのがそのことだから、何か意味があるのかもしれない。お父さんが言っていた花畑がこの世にあるのかどうかくらい知りたい。知ればもう少し記憶が戻るかもしれないもの」
彼女は父親の探していた果てない花畑とやらが存在するか否かを赤い封筒で問いかけようとしていたんだ。
「……ま、いいけどね。赤い封筒探しは付き合うよ。今日はどの棚?」
「じゃあ、奈央は図鑑棚をお願い」
「はいはい。見つかるといいね~」
噂では赤い封筒があるのは歴史棚だったけど、彼女達は当然そこを探していたわけだ。だけど、見つからなかったから他の棚にあるのではないかと思って別の場所を探していたそうだ。
「あ……あった」
「美知~、あったよ……って、もう一つ?」
「うん、こっちにもあった」
その日、二人が空の赤い封筒を見つけた。
「本物かなぁ? 歴史棚にあった訳じゃないから偽物かもよ、美知」
「でも、赤い封筒だから……一応書いてみようかな」
「そだね。まぁ、偽物だったら書いても何ともならないだろうし~。はい、これあげる」
「え、でもそれは奈央が見つけたものでしょ。奈央が書きなよ。悩みの一つくらいあるでしょ?」
「そりゃ、悩みはあるけどさぁ……こっちが本物でそっちが偽物だったらどうすんの」
そう、二人が見つけた封筒は本物である証拠なんてなかった。悩みを書いた手紙を入れて、返事が返ってくるかどうかで判断するしかない。
「そのときはそのとき。私の方は解決する運命にない悩みだったと思えば諦めもつくから」
「ん~、そんなものかなぁ……。でも、わざわざこんなので相談する気にもならないんだよねぇ」
それでも、二人はそれぞれの悩みを書いて赤い封筒に入れ、もとの場所に戻した。噂によれば翌日には返事が返ってくるということだ。
奈央という名前の少女が翌日、赤い封筒を確認した。
「どれどれ……返事が来ているね。『近いうちに悩みは解決します。それまで一週間ほど待っていてください』? どういうこっちゃ」
彼女は、自分の方が本物だったか……と少しだけ罪悪感を抱いたが、噂に言われている通り、その事を話してはいけないので美知にはしばらく話さないでいることにした。
一方、美知という名前の少女も赤い封筒の返答を確認した。
「わぁ! 返事来てる……こっちが本物だったんだ。『あなたの悩みを解決するために一週間後、迎えにいきます。ロープとレターセットを用意していてください。部屋の中にいてくれて結構です』? この二つに何の関係があるんだろ」
彼女は自分の方が本物だったと喜んだ。噂に言われている通り、赤い封筒の返答については誰にも話さないでいた。少しばかり奈央とすれ違う日々を送ることになったが、向こうも自分に配慮してくれているのだろうと考えた。彼女の気遣いを感じ、頬を緩ませずにはいられなかった。
そして一週間後、その日はちょうど土曜日だった。奈央は美知のことを思う。無事に『果てない花畑』を見ているのだろうか、と。このときの奈央は知ることはなかったが、美知の部屋は何の物音もしていなかったらしい。
奈央にとって珍しく静かな休日を過ごしたその翌日の日曜日。彼女は赤い封筒について、美知と話をしようとその部屋を訪れた。
「美知~?」
扉をノックするが、返答はない。まだ寝ているのだろうか、と思って扉を開けようとしたが、鍵がかかっていて開かない。これはまだ寝ているな、と判断してそのときは自分の部屋に戻った。
「おかしい……」
しかし、昼食の時間になっても美知が奈央の部屋に来ることはなかった。彼女の性格なら起きてすぐくらいに赤い封筒の話をしに来るはずだった。何の反応もないその状況はおかしいと判断した。そこで、彼女は美知に何かがあったのではないかと思い、寮母さんに頼んで鍵を借りた。
「風邪で臥せっているとかだったらあたしに教えておくれよ」
「はい。そのときは呼びにいきます」
「じゃあ、ちょっと仕事に戻るよ」
ただ美知の様子を見るだけなので寮母さんには仕事に戻ってもらった。
奈央は美知の部屋に入る。……そして
「え……」
彼女が見たものは
「……う、うそ……」
床から離れている足と、その首にかかっているロープ……
「いやああぁぁぁあ!!」
そのあと、寮は大変な騒ぎになった。そりゃ、生徒の一人が自殺していればそうなるだろうね。それに、美知が自殺するとは誰も思わなかった。両親がいないという境遇だが、孤児院でも普通に面倒見のいいお姉さんをしていたという。それに、これから自殺する人が授業の予習復習をきっちりやるだろうか? 事件性もあって余計に騒ぎは大きくなっていた。
「奈央ちゃん、美知ちゃんの死がショックだろうが、あそこにあなた宛の手紙があったそうだよ」
「寮母さん……ありがとう、ございます」
「気落ちするなとは言わないけれどね……ちゃんと浮上するんだよ」
奈央は美知からの手紙を読もうとする。おそらくその手紙は彼女が死ぬ前に書いたものだから少しだけ読むのが怖かったが、震える手で封筒を開く。
『奈央へ
急に死んじゃってごめん。奈央は私が記憶喪失だったことは知っているよね。あの赤い封筒は私の過去まで知っていたよ。お父さんが言っていた「果てなき花畑」とは何だったのか、どうして死んだのか。私が疑問に思っていたことを全て教えてくれた。
お父さんは自殺だったんだって。お母さんはお父さんによって殺されていたんだって。あの人たちは心中していたんだって。私も、死ぬ一歩手前だったんだって。そりゃ記憶喪失にもなるよね。
でも、思い出したよ、全て
私の悩みに返答してくれた人によれば、果てない花畑は正しく死の先の風景なんだって。でも、私はそれがあるかどうかを聞いただけだったから本来なら見ることは叶わなかったんだけど……奈央が私のために悩み事として書いてくれたから見れることになったんだ。赤い封筒の主が私を連れていってくれるんだって。
果てなき花畑を見に行くね。向こうでお父さんと喧嘩してやる。どうして私を一人残したのって。私が生きていたのは最後の最後でお父さんが躊躇ったからだって話だから。私さ、ずっと寂しかったんだ。妹や弟はたくさんいても、両親がいなかったから。
奈央は怒るかな。でも、ちょうど今全ての準備が整っちゃった。ごめんね、バイバイ』
それは遺書のようなものだったそうだ。しかし、妙な部分が散見された。両親について思い出したとしても、それは殺されかけた記憶のはず。そういう場合、たいていは死ぬことを恐れるようになるのではないか。どうして自殺を決意できたのだろうか。それに、最後の部分も不自然ではないか。『ちょうど今全ての準備が整っちゃった』……まるで、自殺用のロープの準備を自分以外の何者かが行っているようではないか。言葉をそういう風に取れないだろうか。
もう一度封筒を探ると、カサリと紙の感触があった。それは美知が愛用していたメモ用紙で、走り書きがあった。
『ごめん、しぬかも。赤いふうとう、ユーレイ。きをつけて!』
切羽詰まった様子が分かる文字だった。それを見て、奈央は美知に何が起こったのか理解した。赤い封筒は幽霊の仕業で、悩み事を解決するとき、もしくはした後、幽霊に仲間入りしまうのだろう。
ふと目を上げると目の前の机の上に赤い封筒が置かれていた。中には美知の字で『奈央も一緒に行こうよ』と書かれた紙があった。
「美知はそんなこと言わないよ。こんな分かりきった罠に引っ掛かるつもりはない。私は長生きしてやる。美知の分までねっ!」
奈央は紙をもとのように畳んで封筒に戻すとそれごと細かく破いてしまった。
「こんなに危険だと分かっていれば探さなかったのに……美知……」
それからは赤い封筒の話は聞かなくなった。図書室に現れることもなくなったそうだよ。
……もしかしたら、美知という子は図書室の幽霊をも死の世界へと連れていったのかもしれない。
小野寺先輩が話し終わり、その場に沈黙が落ちる。幽霊に関わって死んでしまった例の話だからだ。
「どうだったかな? 会長に負けない語りだっただろう?」
その場の重い空気を払拭するかのように小野寺先輩は軽い口調でそう言う。
来留芽はそれに乗ってさらっと疑問を口にした。
「話に引き込まれました。先輩、赤い封筒は見られなくなったのにどうして話は残っているんですか?」
胡散臭い話はその特徴的な事象が見られなくなったら自然と立ち消えていくものだが……。
「教訓として残したのだと思うよ。この学園には探せばそういった話がゴロゴロしているから、興味があったら調べてみてはどうかな?」
「そうします」
そもそも、そういったものの真偽を調べるのが来留芽の仕事だ。
「ところで、この学園で先輩が気になっている怪談はありますか?」
八重が聞いた。小野寺先輩の話し中は来留芽にすがり付いていたが、少し回復したようだ。
「うーん……『
そういえば、その辺りはまだ調査していなかった。
「字面から何となく分かりますが、内容はどんなものですか?」
「ああ、文字通りだよ。沼から恨みの籠った声が聞こえてくるという噂だ。立ち入り禁止だから今は自分で確認できないことが残念だ」
……異形が関わっている可能性はある。負の心であるもやが集まって何らかの力を得たのかもしれない。
「さて、次に行きましょう。次は、南校舎の屋上です」
「うわぁ……何か、自殺者の幽霊が出そう。というか、屋上を利用できなくなりそう……」
八重が眉を八の字にして言う。情けないとは言わない。怪談を聞いてしまうとどうしても気になるのが人間だからだ。
「そう言うと思って、少し方向性が違う噂を拾ってきました」
屋上については少しだけ調べてあった。あそこは妙に浮遊霊が引っ掛かる場所だ。その原因はよく分からなかったが、おそらくは来留芽や細が分からないほど細い霊道があるのだろう。
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