4 階段と怪談


 来留芽達は南校舎四階の東階段にやってきた。ここを上れば屋上である。


「さて、ここでです」

「はい……?」


 一人だけきょとんとした顔を見せている子がいた。来留芽は思わず視線を逸らして肩を震わせる。八重が“かいだん”をどちらの意味で取ったのかに気付いたからだ。七不思議巡りを始めて来留芽は久しぶりに人らしく感情を動かしている気がする。


「八重、ホラー話の方の“かいだん”」

「ああ、そっちね……って、ここ、怪談話あるの!?」


 来留芽も八重達と一緒によく屋上に行くが、その時に使っているのが目の前のこの階段である。普段何気なく使っているところに怪談が転がっていればそれは驚くだろう。


「まぁ、ここのは定番ですよ。『十三段の階段』です」



 ――これも昔の話です。とはいえ、僕としては戦後に囁かれるようになった噂だと思っているのですが。

 十三段階段の噂自体は普通に噂されているものとそう変わりはありません。屋上へ行く階段は十二段です。しかし、上ってみるとなぜか一段多い……そんな噂ですね。

 この学園においては少し怖い話も付いてきます。まぁ、そんなに長くはないですよ。


 ある日、一人の男子生徒が補習をサボって屋上へ行こうとしました。補習を受けるのに気が滅入って、ストレス発散に夕日でも見ようと思いついたからです。


「勉強なんざ、やってられるか、そうだ、夕日でも見よう」


 屋上へ向かうまでに誰かと出会うことはありませんでした。彼自身も先生に見つかってしまったら補習に連れ戻されるので周囲を警戒し、人通りの少ない場所を選んだため、その結果も尤もだと言えましょう。

 辺りは静まっており、誰もいないと分かります。


「今日は運がいい。それに、ちょうどいい時間だ」


 意気揚々と階段を上る男子生徒。一段……二段……三段……十段……十一段……十二段……そして、あるはずのない十三段。

 彼は、普段と違う足元の感触に思わず体勢を崩してしまいました。それと同時にふっ……と何かが首に掛かったのを感じ、思わず手で確認します。


「な、なんだこれ!?」


 触れないのに確かにあるナニカ。彼はそれに混乱し、崩れた体勢を戻して立ち上がり焦りながら喉の辺りを探りますが、やはりその手に触れるものはありませんでした。

 そうしているうちに彼は階段を踏み外してしまいました。体が後ろ向きに傾き、落ちる……と思いながら目を瞑ります。その瞬間に首にあったナニカの感触がフッと消えました。

 彼は驚いて目を見開きましたが、すぐに強く閉じることになりました。階段に体を削られるような衝撃と痛みに対する反射ですね。

 踊り場まで落ちて、彼の耳は放課後のを聞き取りました。それと同時に誰かの囁きも……


 ――死んじゃえば永遠に楽できたのにね……


 冗談じゃない、と彼は内心で反論しました。そして、意識が闇に沈んでしまいます。階段を落ちて、大怪我をしたからでしょう。幸い、気を失っている彼に気付いた人がすぐに病院に運び、彼は一命を取り留めました。



「そしてその後、彼は決して屋上に寄りつくことはなかったそうです。彼は後に友人にこう語りました。『首に掛かったあれは縄のようだった。俺は危うく絞首刑にされるところだったんだ』」

「うわぁ……」


 十三階段は定番七不思議なだけあってどこの学校でもよく言われている噂だ。しかし、単なる『不思議な階段』という認識ではそこまで怖くはない。怖がられるようになったのはおそらく処刑台までの階段が十三段だと知られてからだろうという説があったりする。

 だが、実に奇妙ではないか? どうして屋上へ続く階段を上るだけで絞首刑にされそうになるのか。そこで処刑が行われたわけではないだろうし、首吊り自殺するにも向かないだろう。

 来留芽としてはそこに幽霊がいる、もしくはいたとは思えない。幽霊以外の他の要因があるに違いない。


「とりあえず、上りますか。全員段数を数えてみてください」


 これで十三段を数える人が出てきたら笑えない。来留芽は念のため集中して階段の上の方を見る。少しだけこの学園の普通よりも“もや”が多い気がする。

 しかし、あれくらいならば問題ないだろう。


「一段……二段……」


 来留芽も八重の呟きを聞きながら上る。一応心の中で段数を数えておく。


「十一……十二! あぁ、良かった」


 ――……十三段


 来留芽がそう数えると同時に来留芽に危害を加えようと向かってきた何かがパチッと弾かれたのを感じ取った。やはり、幽霊ではなかったなと内心で呟く。


「全員十二段でしたか?」

「はいっ」


 他の皆はちゃんと十二段だったらしい。十三段目を数えたのは来留芽だけのようだ。のターゲットになったのが来留芽で良かったかもしれない。


「では、屋上へ向かいましょうか」


 皆が屋上へ行ったのを見てから気配を薄め、来留芽はそっと呪を飛ばして原因であろうソレを捕まえておく。夜に回収するかして滅するつもりだった。


「呪詛みたいだったな……」

「来留芽ちゃん、何かあったの?」


 八重は来留芽が離れていたのに気付いていたらしい。追いついたらこっそり尋ねてきた。まだ修行が甘かっただろうか。


「何でもない」


 十三段を数えてしまったと言ったら八重はどんな反応をしてくれるだろうか。


「あ、もしかして、十三段目があった?」

「そう。……あ」


 余計なことを考えていたからありのままを言ってしまった。慌てて口を押さえたのだが、遅かった。


「じょ、冗談だったのに……。来留芽ちゃん、大丈夫なの!?」


 他の面々の注意が向かないように小声で声を荒らげる八重。実に器用だ。

 感心している場合ではなかった。早く安心させないと今度こそ他のメンバーに気付かれてしまう。


「大丈夫だから。私には効かないモノだった」


 呪とか呪詛は来留芽の得意分野である。そもそも、来留芽が内に抱えている呪は百年モノだとか千年モノという熟成具合なので一世紀も経っていないであろうあれが来留芽を傷付けられるはずがない。可能だとすれば数多くの呪が絶妙なバランスで攻撃してきた場合だろう。それだって特殊な外的要因がなければ無理だ。少なくとも呪詛単体で来留芽を傷付けるには相当な年月を経て貯め込んだ力で先制して仕掛けないと難しいだろう。


「そっか……よかった……」


 少しこそこそ話していただけなのに来留芽と八重二人だけがだいぶ離されてしまった。そのため、急いで会長達を追いかける。


「おや、歩くのが速かったかな?」

「いえ、大丈夫です」


 少し遅れて歩いてきた来留芽達の方を振り向いて小野寺先輩が気遣ってくれた。怪しんでいる様子はないから来留芽が何かをしていたとばれてはいないはずだ。

 会長は屋上の隅にやって来て止まった。


「さて、約束通り怖くない噂をお話しましょう」



 ――鳥居越学園は怪談話の宝庫ですね。それはここ、心霊研に所属している人は嫌でも理解することになります。

 おや、まだ実感はありませんか。まぁ、それは仕方ありませんね。しかし、図書室で小野寺さんが二つ怪談を話してくれたでしょう? この学園では一つの場所に二つ以上の噂があったりするんですよ。僕も全てを知っているわけではありません。探せば探すほど怪談話は出てくる不思議がこの学園にはあります。


『鳥居越学園の七つに留まらない七不思議』


 そもそもどうしてそんなに不思議なことがこの学園で起こるのでしょうか。僕はそれが気になってここに入学しました。そして二年間調べてみて、一つ気付いたことがありました。この学園の位置です。屋上からはよく見えますね。北に大きい山があって、東と西にも、そこまで高くないけれど山があります。つまり、三方を山に囲まれているわけです。こういった場所は空気が留まりやすい。良くも悪くもです。だから、霊的な要素もこの場所に留まり、学園は怪談話の宝庫になったのだと、そう考えました。

 もっとも、それを証明することはできません。……証明しても、人間には意味がない。

 さて、屋上の話に戻りましょう。この屋上は町をよく見ることができます。それは、幽霊の方も同じなのです。浮遊霊は人には見えない道を歩くものが多いです。その道がこの屋上にかかっています。

 幽霊にとって、この学園は観光地のようなものなのでしょう。まぁ、浮遊霊程度なら精々姿を見せたり消したりして脅かすくらいしかできないでしょうが。しかし、それこそがこの屋上の怪談話、『空を行く人』の原因だそうですよ。



「会長……そんな話、今まで聞いたこともないけど、どこから持ってきた話なのかな?」


 小野寺先輩が戸惑ったように聞いている。ということは先程の話は会長が独断で選択したものだということになる。

 しかし、彼は一体どこで知ったのだろうか? 間違いなくここに霊道はある。言われないと気付かないほど見えにくかったが。なぜ、普通の人がそれを知っている? 来留芽や細でさえ分からなかったというのに……。


「……思ったより動揺しませんね」

「いや、会長、私はかなり動揺しているけどね?」


 小野寺先輩と八重は会長の言葉に動揺しているのが分かる。はっきり態度に出ているからだ。もっとも、来留芽にしても動揺していないわけではない。ただ、それが表面に出ないだけだ。


「ああ、小野寺さんは普通の人だと分かっているので大丈夫です。後で説明しますから。それよりも、僕が気になっているのは一年の二人ですよ。北野さん、古戸さん?」


 何かを探るような視線を向けてくる会長。悪意がこもっているわけではないので単に疑問を解決しようとしているだけだろう。しかし、居心地は悪くなる。


「……何か気になるような行動をしていましたか」


 北野が問いかける。どことなく不機嫌な感じがする。


「そうですね……まず、二人とも一般の人にしては怪談話を怖がっていませんね。まぁ、それは僕の話し方が甘かったと考えれば不思議ではありませんが。しかし、北野さん……」


 会長は北野を追及しようとしたのだろうが、少し躊躇う素振りを見せた。チラッと見たのは小野寺先輩と八重だ。その行動に来留芽は一つの予想を立て、流れを見守ることにした。

 北野はどこか不機嫌なまま会長を促す。


「……何か?」

「……君は、本当に人でしょうか?」

「「ええっ!?」」


 北野を人かどうか疑うということは、会長は自己紹介の時に北野から強い妖気が発されたことに気付いたということだろうか。


「僕が人ではないと? 一体何を根拠にしているのですか」

「自己紹介の時。君からは確かに妖気が感じられました。人が妖気を持つことは不可能です。つまり、君は人ではない」

「え……どういうこと?」

「小野寺さん、それと……常盤さんは少し……」


 そう言いながら会長は唇に人差し指を当てる。黙っていろというジェスチャーに二人は言葉を飲み込むしかなくなった。


「……ふふっ。流石は紫波しば家の縁者ということですか。確かに、あの時は油断していましたからね」


 人ではないということを肯定した北野。不気味な笑いを漏らしたのを見て、小野寺先輩と八重は彼から一歩引いた。会長も少し顔が強ばっている。


「お前は、何者ですか。そこの古戸さんは彼に関わっていますか?」


 その言葉には全力で否定するように首と手を勢いよく振った。誰が好き好んでこんな正体不明の存在に荷担かたんするか。


「……口では何とも言えますからね……」


 北野がこちらを巻き込もうとしている。それに気付いて来留芽は顔を険しくして向き合う。

 ――冗談じゃない。巻き込まれてたまるか


「私を巻き込まないで。あなたがあやかしだと言うなら……そして人に危害を加えるというなら私はあなたの、敵」

「ふふふ……そうですか。しかし、のことを知ってしまったからには生きて帰すことはしませんよ?」


 北野はもはや妖気を隠す気は無いようだ。その予想以上に大きい妖気に思わず硬直する。平均的な鬼よりも大きい妖気……一体これは何のあやかしだ。


「全員下がってて!!」


 来留芽は呪符を取り出す。とっさに取り出したのは拘束、結界、弱体化の三枚だった。妖気を散らして閉じ込めて拘束すればいいのか。最良のものが出てきた。


「はっ」

「わ~! ちょ、待った、タンマっ!」


 北野からやけに慌てた声が聞こえた気がしたが、止めてくれと言われてももう既に呪符を放ってしまった。

 来留芽の呪符はちゃんと仕事をしていた。呪符が捕らえていたのは北野の姿ではなく、ぼんやりとした白っぽい霧のようだった。来留芽にはそれが妖気の塊に見えた。

 一体何だろうか。

 数珠を携えて近付いていく。小野寺先輩と八重が止めろと言っているが、それは聞けない。彼女達がこちらに近付くことはないだろう。会長が必死になって止めているからだ。彼は同業者なのだろうか。それについては後で聞き出そう。今は目の前のあやかしについて集中しないと。


「お前は何者?」

「うう~……容赦ないですね、現世の術者は……。はぁ、私は監視者。鳥居越学園に集まる害意を監視し、取り除くモノです」


 ――監視者?

 そんな存在のことなど聞いたことがなかった。


「聞いている限りだと人に敵対するような存在には思えない。けど……先程までのあなたの言葉、どこまでが本気?」

「ほとんど冗談ですよ。生きて帰すことはしないとか、無理ですから。私はただ警告するためにいるのです。特に木藤黄金」

「僕ですか?」

「そう、貴方です。金の鬼の血と紫波の血を引く者。その力を悪事に使った折には私がお前を殺す剣となる……それを伝えたかった」


 鬼の血と紫波家の血を引いている……紫波家というのは裏に関係している家だから会長がこちら側の人間であることは分かった。しかし、あやかしに監視されるというところがよく分からない。

 来留芽の疑問をよそに二人は会話を続けている。


「なるほど……鬼の統率力に加えて紫波のあやかし支配力が発現した僕は貴方方の脅威となっているからですか」

「その通りです。貴方が暴走すると鳥居越学園がますます滅茶苦茶になってしまう」

「分かりました。大人しくしておきましょう。ところで、君は北野陽気としてこの学園で過ごすのですか?」

「もちろんです」


 あやかしがすぐそばで人に混じって生活しているとは、それはそれで気の休まらない日々になりそうだ。


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