3 商談っぽい何か


 花丘家の二人が去った後、来留芽と社長の守は互いに顔を見合わせて白蛇さんの話……そして花丘家の蔵について相談することにした。忠義者の鎧……もしそれが暴走しているとしたら。嫌な予感しかしないからだ。


「とりあえず、白蛇さんは可愛かった」

「……それは同感だが、現実逃避から入るのか」


 花丘家の蔵について話すというのに明後日の話題を出した来留芽を守は呆れたように見た。


「けれど、まだ依頼がうちに来るとは限らないから」

「どうせうちに来ると思うが。いくら花丘財閥といえども、裏関係のつてはうち以外に無いのだろう。そうでなければうち以外に持ち込むと匂わせるはずだ」

「そうだろうね……」


 花丘家の当主はそういった交渉事は得意そうだ。


「とりあえず、資料集めはしておいてくれ」

「了解。そういえば、人選はどうするの?」

「問題はそれだな……どうするか。来留芽は一番余裕があるだろう? つくも神を相手するのは細が最も得意なのだが、教師として忙しくしているからあれもこれもと頼むわけにはいかない。来留芽が主導するのが一番だ」

「確かにそうだけど、それより先に桜の方をどうにかしないと」


 夜桜の依頼の方が早いからそちらを先に解決しなくてはならなかった。それに、あちらではすでに被害が出ているのだ。さらに、夜桜がいつまで咲いているか分かったものではない。そういう意味でも蔵の方を後に回してしまうべきだろう。


「そうだな。だが、夜桜の方も最近は皆忙しいから上手く割り振れないな。……最悪私も出ることになるだろう」

「叔父さんがいれば大抵のことは何とかなるからね。それよりも白蛇さんの話のことだけど……鎧のつくも神は性格的に忠誠心の高いものが多い傾向があった……っけ」

「ああ。あと喧嘩っ早い、も付けておけ。主がいれば鎧は大人しくなるのだが、現代に昔の殿様のような人はいないからな」

「やっぱり力ずくしかないか……」


 力ずくでやる場合はかなり疲れるのだ。それに、へとへとになってしまったら判断力が鈍ってちょっとしたアクシデントにも対応できなくなってしまうことがある。怪異と相対するとき、予想外の出来事というものに出くわすことがかなりある。そしてそれは大抵命が懸かっているものだ。


「そういう場合は無理してでも細を呼び戻すから心配するな。特に来留芽を一人でそういった場に放り出すことはあまりやりたくないからな……」

「私にも少しはそういった経験も必要だと思うけど」


 来留芽の場合はその体質が問題なのだが、自分では少しは制御もできているはずだと思っていた。

 来留芽の頭を守はぽんぽんと軽く叩く。


「万が一の時の危険度がなぁ」

「まぁ、ね……」


 来留芽が抱える呪・呪詛は千年以上も受け継がれてきたものだから、制御できないままだとただ人を殺すだけではなく周りも壊滅状態にしかねない。感情を爆発させなければ呪・呪詛は大人しいのだが……何が原因で表に出てくるか分かったものではないので叔父はあまり来留芽を一人で行動させない。

 しかしそれは変わるべき……変えるべきことなのだ。来留芽自身は変化に前向きであるようにしている。



 ***



 そして翌日、オールドアに花丘家の当主、栄一朗がやって来た。この時間はオールドアに詰めているのは社長である守だけだった。


「お待ちしていました、どうぞ」

「ああ。社長自らが迎えてくれるとはな」


 少し驚いたように言う栄一朗だが、社長も何か意味を込めてしたわけではない。単なる人手不足である。


「今日は社員は皆外に出ていますので」


 来留芽と細はまだ学園にいる。その他はそれぞれ外での仕事があったり、大学に行っていたりする。


「そうなのか? 昨日はやけに派手な若い男がいたが……」

「彼ももちろんこの会社の社員です。大学生なので講義の合間にはここにいます。もしや、何かしら失礼なことをしましたか」

「それについても昨日言おうと思っていた。あれは態度・言葉遣いともになっていない。ちゃんと指導しているのかと怒鳴りたくなったくらいだ」


 不愉快な体験をしたと栄一朗は腕を組んだ。


「それは申し訳ありません。叱っておきます」


 ただ、直すべきであるとは分かっていても、薫自身の防衛反応的なものでもあるため、あまり強くは言えなかったりする。

 薫にもいろいろな事情と人間不信に陥るだけの過去があるのだ。ここまで問題になったことがないのはこの会社にやって来る依頼者が総じてそういった態度を気にしない人だったこと、もしくは気にするだけの余裕が無い人ばかりだったからだろう。


「そうか……ここはいろいろと訳ありの会社か。今まで儂の近くにはなかった種類のものだな」

「一般の人が関わるべき界隈ではありませんからね」


 そして社長が通したのは応接間だった。二人はそこにあったソファに腰を掛ける。


「まず、もらった呪符? とやらを使ってみた。確かに儂のこの根付にはつくも神とやらがいたようだ」

「話をすることもできたかと思いますが」

「そうだな。昔語りが好きな可愛い蛇だった。あの蛇の話を聞いて儂は蔵にあるもののリストを祖父が残しているかもしれんと思い付いた」

「それは、実際に蔵を調べるときに助かるでしょうね」

「そうだな。探してみたら無事に見つかった。……それで、すぐに取り掛かってもらえるものなのか?」


 なるほど。リストがあればこちらの手間が減るから費用も多少安くすることも可能だ。それに、手出しもしやすい。安く、早くを求めていたのか。ただ、他の仕事との兼ね合いもあるのだ。特に、これも花丘家関連だが、夜桜の方が厄介だったりする。


「あいにくですが、今すぐというわけにはいきません」

「何だと!?」


 眉間に深いシワを刻んで立ち上がる栄一朗。だが、社長も引くことはできない。


「お宅の蔵は余計な手出しをしなければもう少し猶予があります。けれど、こちらが既に請け負っているもう一つの案件は時間的な猶予もあまりないのです。桜が完全に散ってしまう前に執り行わなくてはならないので」

「桜?」


 栄一朗は疑問に思った点を単語だけで問いかけてくる。社長はここで「おや?」と思った。桜の件も場所は花丘家が関係している。そのことは彼の孫が伝えたはずだが……。一応言ってみることにした。


「この町の西に花丘家の所有する山があるでしょう。その中腹にある桜ですが……鬼女の目撃がありまして」

「何だと!? そのようなことは聞いていないが……」


 その驚き様からして本当に知らないらしい。仕方がないので説明することにした。だが、あまり詳しく話す必要は無い。そこで社長は問題の桜が花丘家の山にあること、早くに解決しないと来年も被害を受ける人が出るかもしれないことをそれとなく示した。


「なんと……管理は他に任せていたが、そんなことになっていたとは」


 話を聞き終えた栄一朗は言葉をなくしてしまった。やはり衝撃が大きかったのだろう。


「こちらとしては早い内に夜桜の方を解決してしまいたいので、蔵についてはその後になります」

「なるほどな……蔵は手出しをしない限りは大丈夫か。桜も花丘の山にあるものとは……これも先々代から完全に引き継ぐことができなかった儂が招いたことか」

「必ずしもそうとは限りませんが、現状で優先順位を付けざるを得ないのは分かっていただけましたか」

「そうだな。ああ、もしかして桜の方も花丘家から依頼すべきものだったのではないか?」


 裏の依頼は同じ怪異の解決のために複数の人が依頼に来ることがある。それを二重依頼だとか依頼の重複だとか言っているのだが、オールドアではこういう場合、二重になっていることを告げてからメリット等を提示して依頼者に判断してもらう。

 こういうとき、『言わない方がこちらは二倍に儲けられるぞ』という悪魔の囁きを毎回聞くことになる。赤字すれすれを低迷しているからこそ儲けを逃したくない気持ちが当然出てきてしまうのだ。


「その場合、依頼が重複することになるので他の依頼者と相談して折半するか、よりよい解決、アフターサービスを求めて折半せずに普通に払うか選ぶことができます。普通に払うとはいえ、花丘様は蔵のこともあるので少しお安くすることもできますが」

「しかし、後者の方は依頼人が損ではないか」

「こと裏の依頼に関してはそうとも言えません。実は、最初に提示させていただく金額は最大限に節約したものになるので、もちろん解決はするでしょうが、最良のものになるとは限らないのです。もちろん、手を抜くといったことはしない状態で、です」


 護符にしても最良の物はその原材料の産地から選び最良の技術によって作られる。それを“裏”の商品を扱う商会が入手し、さらに厳選して仕分ける。当然良い物は裏でも競争率が高くなるので値段も跳ね上がる。節約しなくて良いのならばオールドアもそのような最高級品を使って問題の解決に挑む。

 だが、なかなかそうはいかないのが世の常である。


「……まぁ、そうだろうな。仕方ない、桜の方もきっちりやってもらおう」

「分かりました。ああ、質問などがあれば言ってください。答えられるものには答えましょう」


 商談のようなものはこれで終わりだ。社長と栄一朗は雑談することにした。両者とも少しは時間に余裕があったからだ。


「ところで、渡世社長」


 フッ……と窓の外に飛ばした視線を戻し、栄一朗が口を開いた。一拍ほど沈黙し、重大なことを聞くように低くした声で尋ねてくる。


「この会社に京極の姓を持つ者がいるようだが……」

「ああ、京極細のことですね。確かにいますが」


 どうして栄一朗が細のことを気にしたのか分からなかった。ただ孫のクラスの副担任だから気にしているのとは少し違った感情で聞いていると感じたからだ。辛うじて読み取れたのは恐れ、だろうか。京極という姓にそのような感情を抱くとは……多くの経験を積んだのであろう彼は何を知っているのか。


「……話を変えるが、商人の世界には関わる際に慎重に行動しなくては手痛いしっぺ返しを受けると言われている家がある。所謂ヤクザのような家だ」


 社長は続く言葉を待って静かに目を閉じた。何を聞かれるのかおぼろげながら分かってしまったからだ。


「その家は京極家という――直球で聞かせてもらおう。この会社は京極家が背後にいるのか?」


 その問いに社長は閉じていた目を開いて答えた。


「さて……背後にいると言えるかどうか。確かに細はその京極家の息子です。しかし、この会社は京極家の力を借りて運営しているわけではありません」


 表向きは京極家との関係は一切無い。


「そうか……」

「ただ……」


 思考の海に沈もうとする栄一朗を引き留めるかのようなタイミングでそう言葉を継いだ。


「ただ?」

「……“裏”においてはこの会社とあの家は確かな繋がりがあります。あの家は昔から繋がりにおいてはとても強く、どこでどのような縁が影響してくるのか分からないおそろしさはありますね」


 その縁を繋げたのは……実は来留芽の両親だった。今、オールドアと京極家は裏においてのみ協力関係を結ぶことになっている。そういった存在がオールドアには多くある。


「なるほどな。……それで『普通の商人は京極家に逆らってはいけない』という言葉につながるのか」

「その噂を聞いたということは、貴方は相当こちら側に近い位置にいたようですね」

「ということは、儂にそのような噂を吹き込んだ奴らはそちら側に関わっていたとでも言うつもりか?」

「おそらく、京極家の手の者だったのでしょうね。彼等も商売をしていたようなので……そちらからの方が接触も容易かったのでしょう」

「ふっ……儂も若かった頃のことだからな。しかし、どのみち物騒な噂も間違っていないのだろう? 儂が口の軽い人間だったら口封じに来たはずだ」

「昔ならその可能性は高そうですね」


 今は忘却の呪などといった便利なものがある。呪符の形にして誰にでも使えるようにすることが可能になっている。しかし、昔はそのようなものはなかったので口封じ一択だっただろう。


「ふぅ……長居をしてしまったな。ほら、リストはこれだ。参考にしてくれ。それと、桜についても蔵についてもそちらが動ける日を教えてもらえればできるだけ都合の付くようにする。連絡は名刺にある番号まで頼む」

「分かりました。その時は、必ず連絡させていただきます」


 オールドアを出ると栄一朗はふと足を止めた。一樹が迎えの車の側にいたからだ。


「お祖父様」

「一樹か。どうした? ちゃんとこの会社に依頼してきたぞ」

「それは良かったです。僕は古戸さんを送りがてらこちらに」

「そうか」


 栄一朗がオールドアに依頼するか心配だったのだろうか。しかし、つくも神が存在することを知ってしまっては依頼に踏み切るのは容易かった。


「ここから家までは意外と距離があるだろう。特に用事がないならば車に乗っていけばいい」

「ありがとうございます」


 そのとき、二人の様子をオールドアからじっと見つめる影があった。黒い鴉だ。それは周りを見下ろす位置にとまって感情が浮かばぬ目で観察していた。やがて花丘家の車が見えなくなると顔を上げてどこぞへと飛んでいく。鴉には誰も気が付かなかった。


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