4 オールドア会議
オールドア会議。この日の夜は会議室にオールドアの社員が集まった。
「今日来られたのはこのメンバーだけか」
社長がその場にいるメンバーの顔を順繰りに見て言った。最奥に座るのは社長である渡世守、その斜め右側に帰ってきたばかりの山無樹、その隣に紅松薫、社長の斜め左側は空席で、その隣に来留芽が座っている。
「細兄は少しやっておかなくてはならないことがあるから遅れて来るって」
「巴は今日泊まり込みっす」
ここにいない面々の事情を知る来留芽と薫がそれぞれの遅刻もしくは欠席の理由を報告した。
「細がいつ帰ってくるか分からないから先に始めてしまおうか。まずは樹。私の父との修行はどうだった?」
樹は守の父であり、来留芽の祖父である渡世守屋に捕獲されて彼の所有する山へ修行へと連れ出されてしまったのだ。それが確か正月のことだった。それから三ヶ月は修行漬けだったはずだ。生存報告は月に一度届いた手紙もしくは祖父の夢渡りの術によるもののみだった。
「いや~、ほんと大変だったよ~。もう厳しいのなんの。来留芽には話したけどね、あの礼儀にうるさい人が挨拶することなく修行だと言って僕を滝壺に放り込んだからね~。何か焦っているようだったけど、どうしたんだろうね」
「まぁ、あの人も相当生きているから焦りの一つくらいあるだろう。もっとも、そう簡単にくたばるような父ではないと思うが」
なかなか厳しい物言いをする社長。当然彼も既に守屋が監督する修行を受けている。恨み辛みがその胸の内に
「私や巴姉は頑として誘わないお祖父様は不公平だよね」
「いやいや待て、お嬢。あの爺さんの修行は女にはきついどころじゃないぜ。“不公平”じゃなくて“区別”しているんだよ」
「そうそう。薫の言う通りだよ。それに男に課す修行もそれぞれ少しずつ難易度が調整されているはずだよ~」
少し思うところを零したら二人から否定の言葉が飛んできた。しかし、来留芽は祖父には助けられてばかりで修行に連れ出して貰ったり稽古をつけてもらったりといったことは全くない。耐えられない、と判断されたのだろうか。
――それはそれで悔しい
「しかし、父は来留芽に優しいからな。頼めば今必要な修行を考えてくれるはずだ。樹、何かつかんだものはあったのか?」
「ん~、夢渡りの術は任意で使えるようになったよ。それと、必要になるだろうからって守屋さんから預かってきた文書が二つほど。これとこれね」
そうして出してきた文書二つは来留芽の手に渡ることになった。二つとも夜桜の鬼に関連したものだ。そちらを主に担当しているのは来留芽と細なので来留芽が受け取るのは当然と言えば当然である。
「樹兄も動ければ動いてもらいたいんだけど」
「ああ、別に良いよ~」
実に軽い返事が返ってきた。しかし、これでも優秀なのだ。
樹の持ち味は見たもの、聞いたものの完全再現および完全記憶である。実は、渡世の夢渡りの術も“裏あるある”で血筋の力が強く出る。渡世家の血を引いていないと使えないはずだったのだ。しかし、樹はそれを使えた。渡世家の血など引いていないというのに。
ともかく、樹がいれば対応できる幅も広くなるのである。
「まぁ、そう言ってくれるのは分かっていたけど。この二つの内容はもう暗記したの?」
「当然!」
その返答に来留芽はふぅ……と息を吐いた。完全記憶持ちはこれだから羨ましい。学生からすれば喉から手が出るほど欲しい能力だろう。
「じゃあ、後で細兄にも読んでもらうから」
来留芽はこの会議前に文書の一つを読んでいたりする。樹のように完全記憶はできていないが、概要は理解していた。
「ところで、来留芽は学園に通ってみてどう?」
樹は正月からいなかったので来留芽がどのように高校生活を過ごしているのか知らない。可愛がっている妹分が学校で不自由していないかは彼にとって重要事項だった。
「大丈夫。細兄から護符を借りているから前ほど学校へ行くことを忌避する気持ちはないし」
そう言った来留芽の脳裏には思い出したくない記憶が蘇っていた。
――昔、といっても来留芽が中学生だった頃の話だ。
中学二年生の夏、来留芽はとある事件に巻き込まれ、その異常性を知られてしまったことがあった。
発端は単純なことだ。ある日、来留芽のクラスは全員参加で肝試しをすると言う話になる。誰が言い出したのか、それは覚えていない。
「なぁ、来週さぁ、肝試しやらねぇ? 俺の姉ちゃんがいいところを見つけてさ」
「いいね!」
「……私は行きたくない」
「でも、古戸さんだって時間はあるんだろ? 夜だし。怖いからってのはなしな!」
「こういうのは全員参加だから楽しいんだよね」
残念ながら来留芽一人が拒否してもその決定は覆らなかったのだ。それならばボイコットしてしまえばいい――来留芽もそう思ったのだが、できるだけ学校生活で人間関係の摩擦を引き起こしたくなかった。そんなイライラする状況になってしまうよりは目立たずに余計な摩擦が起きないようにした方が安全だと考えてしまったのだ。
「うっわぁ……雰囲気あるねぇ」
「だろ! 肝試しにピッタリなんだよな」
肝試しの場に選ばれたのは町外れの古びた日本家屋だった。夜であること、乏しい明かり、いかにも何か出そうな不気味さが漂うそこは……
「とりあえず、出席番号で座ったときの隣の人とペアを組めよ~」
「じゃ、よろしくね~、古戸さん。……ね、お化けとかキライ?」
「好きじゃない」
来留芽が眉をひそめてそう言うと彼女は玩具を見つけたかのように笑った。
「アハハッ、じゃあ、歩けなくなっちゃうかもね? 足手まといにならないでよ」
そこは……実は本物の幽霊屋敷だった。来留芽が恐れていたのは生徒が不用意に手を出して幽霊に狙われてしまうことだ。足手まといにならないでと言った彼女は霊感があるわけでもなかったし、単に来留芽が無様を晒すのを楽しみにしていただけだった。……そういう人ほど本物の前でマズいことをしやすく、他人に責任を転嫁して来留芽が秘密にしたいことでも吹聴して罪を軽減しようと動くのだ。
足手まといはむしろペアになった彼女の方だった。
「この屋敷の奥に台所があってな、そこにペアの数だけこのボタンを置いてきてもらった。俺の姉ちゃんにな。昼間は何も出なかったらしいが……夜はどうだろうな?」
ゴクリと唾を飲む音が聞こえてきそうなほど静まり返った中、肝試しが始められた。
くじ引きによって来留芽のペアは最後に行くことになった。何も問題が起こらなければ良いが……。
「あ~、暇だぁ……あ、鈴ちゃん、どうだったー?」
「無事クリア! タク君が頼りになってねー……」
「いいなぁ。アタシのペアは古戸さんだしー」
「「頼りにならんっ」」
「あはは、頑張れ」
勝手なことを言われていたけれど怒るほどではなかった。それよりも時間が経つにつれて妙な気配が増していくことの方が心配だった。
「次ラストー、お前ら頑張れよ。最初と最後がかなり危険なんだってさ」
「アタシを脅かして楽しい? ねぇ?」
「おおっ、ビビッてんのか」
「まさか。のんびり観光してきてあげる。行くよ、古戸さん」
ずんずんと先を行く彼女についていった。ガラガラと引き戸を開け、中に入る。
「お邪魔します」
「おじゃましまーす……って、住んでいる人いないんだから挨拶なんてどうでもいいじゃん」
挨拶は基本の礼儀だろう。それに、住人がいないわけではない。この家屋には間違いなくいる。だから余計なことをしないように、余計な手を出されないようにと気を張っていたのが功を奏したのか、幸い台所まで何もなかった。
「何だ、楽勝じゃん。あ、ボタンみっけ。……そういえば古戸さん、霊感みたいなのあるの?」
「さぁ。あるんじゃない」
「えっ、あるの……何か出そう?」
「余計なことをしなければ大丈夫」
急に怖くなったのか、ボタンを握りしめて彼女は早足に出て行こうとした。外での威勢の良い態度はなりを潜めてしまった。それも仕方が無いことだと思った。何せ、今にも何かが現れそうな不気味な空気が闇を支配し始めていたからだ。
「大丈夫? 歩けそう?」
「うん……大丈夫、歩けるよアタシ」
コツコツという足音がやけに大きく聞こえた気がする。それだけ中は静まり返っていた。その途中で崩れた階段の上に人影がふっと現れていた。
――幽霊だ
害意は感じられなかったので一礼して去ろうとした。しかし、来留芽の不自然な動きに気付いた彼女がそちらを向き、幽霊を目にしてしまった。
「きゃあああああああ!!!」
悲鳴を上げるとそのまま一目散に玄関まで走り、ドアを開け放ってクラスの人達がいるところまで駆けて行った。それが幽霊を怒らせてしまったようだ。害意が彼女に向かったのを感じて、来留芽も慌てて後を追う。そして玄関で振り返り一礼したが、幽霊はスッ……と来留芽を通り越してクラスの面々がいる場所に移動していた。
「うわぁーー!!」
「きゃあああああああ!!!」
そして、その場は阿鼻叫喚となった。
「くっ……、マズい」
来留芽は呟く。幽霊の心が刺激されたら、最悪、彼等は為す術もなく殺されてしまうだろう。
逃げ遅れた幾人かは腰が抜けて立てず、目を見開いて幽霊を凝視するしかできていなかった。来留芽のペアだった女の子もそのうちの一人だった。
「どっかいけ! どっかいけよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
幽霊が彼女の首に手をかけたその時、来留芽が間に合い、彼等を背中にかばう。
「その手を離しなさい! 礼儀を忘れた彼女のことは謝るから」
『ア……』
それでも手を離そうとしない幽霊に来留芽も強硬策に出ることにした。呪符を取り出し、強い霊力を込めて消しにかかったのだ。
「やるしかない……縛! ……ごめん」
『アアアア……』
幽霊は身悶えると消えた。周囲からは唐突に消え去ったように見えただろう。実際は来留芽がその身に取り込んだのだ。
これで、その場は何とかなった。しかし、これ以降クラスメイトの来留芽に対する態度は大きく変わることになった。来留芽が霊能者であることを思い出す人こそ現れなかったが、水面下では肝試しが危険だと分かっていて来留芽は何もしなかったということにされて悪意を持って囁かれることになってしまったのだ。
そしてそれは人の負の心として学校に蔓延し、日常まで怪異が起こるようになってしまったのである。当然それを知ってさらに恐怖といった気持ちが強くなり負の心が濃くなっていく……という風に悪循環となってしまったのだ。
「中学の時ほど酷いことにはならないと思う。とりあえず、私が異端だと知ってしまった人はいるけど……」
利用できる、と判断された。その言葉は飲み込んで来留芽はゆっくり目を閉じる。
「ふぅん、そうか~。裏に生きている以上、人間関係は慎重にね」
「分かってる」
樹達が過保護になるくらいあのときの来留芽は精神的にまいってしまっていた。覚悟は決めていたと思っていたが、考えが甘かったのだ。
「来留芽のことはいいとして……学園の怪異についてはどうなっているんだ?」
「文芸部の怪談についてはたぶん解決した」
「たぶん?」
“たぶん”と付けたのは噂と実態が違いすぎるからだ。もう少し注意して調べる必要があるかもしれない。
「再調査が必要かも」
「そうか……助力が必要なら遠慮なく言うように」
その時、会議室の扉が開いて細が入ってきた。
「あ、おかえり細~」
「……樹か。守屋さんの修行を耐えきったのか?」
目を丸くしてそう言うのは、樹が修行から逃げてきたことを疑っているからだろうか。細も当然守屋の修行を知っているし経験もしている。その厳しさとともに。
「逃げてきたわけじゃないよ~」
「細、おかえり。席に着くと良い。ちょうど本題に入ろうと思っていたところだ」
「ただいま帰りました、社長。タイミングは良かったみたいですね」
本題は夜桜の件と花丘家の蔵の件の二つだ。
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