2 白蛇さん


 会議室の時はしばし止まったような状態になった。互いにマジマジと見て固まっている。

 このとき来留芽は思った。

 オールドアの社長を初めて見てその筋の人だと思わない人はいない、と。だから花丘一樹とお爺さんが固まって……若干身構えていても不快に思うことはない。

 ――どれもこれも社長がヤクザ顔なのが悪い


「皆さん、とりあえず席についてください」


 一旦落ち着かないと話が進まない。だから少し心配だったが来留芽はお茶を淹れに向かった。会議室を去るときに一樹が少し助けを求めるような目で見ていたようだったが、黙殺させてもらう。

 ともかく、お茶だ。それも気分を落ち着かせるもの。幸い、オールドアにはそういった評判が高いお茶がたっぷりストックされている。

 社長の顔面効果を知っている社員が皆ことあるごとに買い貯めるからである。

 社長自身は自分の顔を見て怯えられても今さらだと気にしないが、こちらは気にする。性根はそこらの人よりもいいだけあって、顔で誤解されるなんてあんまりだという気持ちが強く出てしまうのである。


「……よし、今日は細兄が買ってきたものにしよう。……これなら大丈夫なはず」


 お茶は専用の棚がある。棚板の縁にシールが貼ってあり、『リラックス度(オールドア独自の基準で)』が書いてある。上から最上級、かなり、それなり、そこそこ、普通の順だ。アバウトなのは分かっている。しかし、他に示しようがないのも事実だろう。

 来留芽が手に取ったのは最上級の棚の一番手前にあったものだ。細が何かの折に買ってきたものだと記憶している。実は最高級のお茶だ。淹れ方にも気を遣う。


「花丘くんのお爺さんだから良い物を分かっているだろうし。見栄は大切」


 会議室はどうなっているだろうと思ってそっと扉を開けた。驚くほどに静まっている。


「お茶をどうぞ」

「ああ、ありがとう」


 来留芽がお茶を持ってくるまで一体何をしていたのだろうか、この大人二人は。ただ無言でいただけなのだろうか? 花丘(孫の方)が救世主を見るような目でこちらを見てくる辺り、お茶が来るまでひどい時間だったと分かる。それでも自己紹介くらいは済ませているはず。


「ああ、彼女は古戸来留芽です。ちゃんとした社員なのでこの場に同席させてもよろしいですか? ……それで、本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか」

「あの、それは僕の方から話しても良いでしょうか。発端は古戸さんと雑談していたときなのですが……」


 小野寺先輩の夢を何とかしようとしていたとき、さくっと裏のことをばらした。花丘だけは思ったよりも驚かなかったのでその理由を聞きだしたのだが、彼の家には古い者が数多くあり、曰く付きだろうと予想できるでき事がたまにあったらしい。人ではない何かがこの世に存在しているということに気付いていたそうだ。見たところ、花丘に霊能力といったものは感じない。普通の人である彼が感じるほどのモノがいる……それはとても危険だと言える。

 だから来留芽は早い内に……何事も起こっていないうちにその蔵の調査と危険な物の浄化などを行った方が良いと告げたのだ。それについては既に社長にも報告を上げている。


「ほう……裏関係の依頼でしたか。来留芽が迷惑を掛けたようですね」

「いえ、迷惑などでは……その、本当に家の蔵は危ないのでしょうか」

「それについては来留芽も言ったかと思いますが、蔵ということは骨董品などが置かれているのでしょう。百年以上前の骨董品にはたいていつくも神がつくのですが、普通の人が分かるほど存在を主張するものは滅多にありません。それがあなたにも分かるほどだということは何かが起こっているのは間違いないかと」


 可能性としては気性の激しいつくも神がいて、普通のつくも神が怯えて動いている、もしくは何らかの要因があってつくも神達が動かなくてはならない状態にあるということが考えられる。


「……家の蔵は儂の祖父の時代以前からある。そこに収められているモンも百年程度の歴史はあるだろうな。その中で、決して扱いを間違えてはいけないと言われているモンが存在している」


 少し躊躇った後お爺さんは蔵の話をしてくれた。曰く、花丘家の蔵の最奥に鎮座している鎧があり、それは決して手放してはいけないもので、もし手放したら花丘家以外も被害を受けることになる可能性があるそうだ。手入れの方法も厳しく守り、守らせるようにと言われていたという。


「しかし、お祖父様。僕たちにはそのようなことを話していませんよね?」

「そうだ。儂の父がその方法を伝えずに急死したからだ。あれの手入れの方法は紙に残してもいけないモンだったらしい。あくまでも口伝で伝えるように言われていたために儂に方法が伝えられることはなかった」


 失われた手入れ方法。もしかしたら、それが原因で蔵のつくも神が騒いでいるのだろうか。


「そうですか……つくも神というのは物につく神様ですから、その手入れがきちんとされていないと怒り出すという可能性はあります。ただ……」


 一つだけ疑問に思うことがある。そのように扱いが難しいモノならば普通は一般の人に任せることはしない。危険だからだ。そういうものについて、裏では手を変え品を変え引き取ろうとする。それでも無理そうだったら気付かれないように封じるのだ。

 花丘家は昔からある家だという。それならば今までのうちで一人の霊能者も気付かなかったなどあり得ない。それとも、花丘家の先祖はにも関わっていたのだろうか。


「ただ、何と?」

「ただ、いくら財閥の家だとしてもこちら側から見て普通の人間であるあなた方にそのようなものを任せるというのはどうも不思議なことに思います。あまりにも相手のことも鎧のことも考えていない行動だ」

「それは、きちんと扱っていれば害を及ぼすモンではないからでは無いのか?」

「例えそうだとしても、その鎧は気難しすぎる。まぁ、実際に見てみないとはっきりしたことは言えませんが」


 実はオールドアの表の仕事は骨董品の売買である。部分的に裏の仕事にも関係しているのだが、社長は来留芽の父からこの会社を受け継いでからつくも神のついている骨董品の売買はとても気を遣っている。危険なモノが客に渡らないように、また危険なモノと成り果てないようにと慎重な扱いをしているのだ。

 そのような立場から見れば花丘の先祖にその問題の鎧を渡した人物はアフターケアがなっていないと言える。もっとも、それについては鎧を持ち出した人物が裏に関わっていなかった場合は仕方ないことではあるが。


「そうだ、来留芽。おそらく花丘家の蔵についてはつくも神関係だろう。少し資料を集めておいてくれ」

「あ、あのちょっと待って古戸さん」


 社長の資料を集めろという指示に従って来留芽は会議室を出ようと思ったのだが、椅子から腰を上げる前に花丘に制止された。


「申し訳ないのですが、まだ依頼すると決めたわけではないんです」

「ほう?」


 社長が訝しげに花丘を見る。しかし、そこは悪人面マジックで彼からすれば社長に凄まれたように思えただろう。可哀想に、かなり怯えている。


「理由を教えてもらえますか?」

「ええと……僕の方からは何とも……」


 花丘がチラッと見たのはお爺さんの方だった。つまり、決定権はこの人にあるということだ。


「生憎だが、話だけでは信じられん。それらしいことは言っていたが証拠はないに等しい。出任せを言って肝心の問題が解決しないのは困る」


 かなり頑固なお爺さんのようだ。ここに来たのも大方ちゃんとした商売をしているのか、霊能者というのが嘘ではないかといった疑問を解決しようと思ってのことだろう。このような手合いには出会い頭に術を使って驚かせれば一発なのだが、その機会を逸してしまった。もちろん、驚かせるのは危険なことでは無く、例えばお茶を温めるとか穏便なものだ。

 それに代わる何かをできないかと来留芽は視線をさまよわせる。すると、ちょうどお爺さんの所に面白いモノを見つけた。

 来留芽がじっと見ているとそれは「バレたっ」と言わんばかりに飛び上がるとお爺さんの膝を行ったり来たりした。白く滑らかな体、チロチロと舌を出し入れするその姿は神の使いとも言われる白蛇さんである。

 ――ちょうどいいかもしれない

 来留芽は社長とアイコンタクトを取った。


「私達が霊能者であるという証明はできるかもしれません」

「何だと?」

「その根付です」


 来留芽は白蛇さんの本体である根付を指さす。一樹とお爺さんの視線がそれに集まることになった。ただ、社長だけはちょっと視線がズレている。白蛇さんの慌てている様子を見ているからだ。彼(彼女?)はお爺さんの膝の上で鎌首をもたげこちらを見たりお爺さんや一樹を窺ったり、社長を威嚇してみたりと忙しなく動いていた。小さい姿なのでやけに可愛らしく見える。


「この、根付が……もしや、どのような物か分かるのか?」

「そうですね……つくも神がいるので来歴を教えてもらうことが可能です」

「それならば……貸そう」

「はい。……危害は加えないから、大丈夫」


 その来留芽の言葉につくも神はこちらに攻撃する意思がないことに気付いたのか首を傾げている。チロチロと舌を出し入れして何かに納得したように頷くと来留芽の目をまっすぐに見て言葉を待った。ずいぶんと賢いつくも神である。きっと長く人のそばにいてその思考を得たのだろう。


「白蛇さん。あなたの来歴を教えてくれる?」

『うん、悪いヒトじゃなさそうだし、教えてあげるよ! その代わり、栄一朗とお話ししたいの。あとで家に帰ってからでいいけどね』

「じゃあ、彼等のお土産に見鬼の呪符を渡すよ」

『うん! あのね、白蛇が生まれたのはね……』


 来留芽が白蛇さんから来歴を聞いているとき、一樹は突然何もいないところと話し始めた彼女を見て唖然としていた。お爺さんもどこか戸惑った様子だった。


「渡世殿。彼女はいったい……」

「来留芽はその根付のつくも神と話しているのです。好意的なつくも神は自身の来歴を話してくれますからね」

「そう、なのか……」


 かなりの時間を掛けて白蛇さんは自らの来歴を語ってくれた。その話によれば白蛇さんは元々武家にいたらしい。跡取りの成人祝いに作られたそうだ。その跡取りは立派に成長し領地を二倍以上に広めたと、そしていつも白蛇さんはその近くにいたのだと自慢げに語ってくれた。しかし、栄枯盛衰こそが世の常と言わんばかりに最初の主から三代ほど経たころ、反乱が起こりその家は負けて没落してしまったのだという。


『それでね、白蛇は言ったの。「白蛇を質に出せばとりあえずのお金は手に入るから、それで生き抜いて」って』


 言葉が通じていたかどうかは分からなかった。けれど、白蛇さんの希望通り、質に出されて主はお金を手に入れることができたという。その後どうなったかは白蛇さんも知らないらしい。それはそうだろう。


『次の持ち主はね、商人だったよ。栄一朗のお祖父さんなの。彼は白蛇が見えたみたい。あまりにも驚いてつい言い値で買ってしまったわ! って大笑いしていたなぁ。彼は白蛇の最初の主の記憶がある物を片っ端から買い集めてくれたの。屏風さんに刀さん、それと、鎧さんも』

「待って。鎧さん?」


 気になる言葉があった。鎧ということは先程話していた内容にも関係してくるかもしれない。


『うん! 一番殿とののことが好きでね。何だっけ……ちゅうぎものの筆頭だって。三代目の主の物じゃなくて、そのけらい……家来の鎧らしいけどね。それで、ええと……白蛇の友達がたくさんできたから今度はばらばらにならないように一緒にいさせてもらったの。えと……それで、確か……』


 そのお祖父さんは孫に根付を与えたらしい。白蛇さんだけ蔵の外でしばらく過ごしていたということだ。


『白蛇はね、栄一朗の成功も失敗もたくさん知っているの。少しだけ教えてあげるから栄一朗に言ってみるといいよ』

「……助かる」


 幼い口調だが、長い時を過ごしたつくも神である。来留芽の思惑もピタリと当ててきた。やはり気楽に付き合える存在ではあり得ないなと表情に苦みを走らせる。

 そうして得た情報を来留芽はお爺さんに伝えた。


「……確かに、間違っていないな。本当につくも神とやらがいるのかもしれん」

「では、お祖父様。依頼の方は……」

「そうだな。頼んでもいいが、今日は一度持ち帰るぞ。どうせ嘘だと高をくくっていたから交渉の準備も済ましておらん。流石にそれは失礼だろう」

「こちらとしては別に構いませんが」


 オールドアに相談に来た客が交渉の準備を済ませていることは滅多にない。だから別に失礼だということはないのだが、お爺さんにとっては矜持きょうじというものがあるのだろう。


「儂のわがままだ。それに、気になることもあったからな……それを確かめてからの方が両者にとって良い」

「そこまで言うのでしたら。いいでしょう。次にいらっしゃる日時を決めることはできますか?」

「明日でいいだろう。夕方四時頃は大丈夫か?」

「大丈夫です。明日、お待ちしております」


 来留芽が渡した見鬼の呪符を持って一樹とお爺さんは帰っていった。


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